テラーノベル
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次の日。朝一で叩き起こされ、眠い目を擦りながらもネストの後ろをついて歩く。
案内されたのは職員用の宿舎とは別の建物。大きさから見てもこちらが校舎のようだ。
それは白を基調とした落ち着いた佇まい。日本の一般的な四角い学校の校舎というより、お洒落な大学といった雰囲気。洋風建築がそれを強く引き立たせている。
廊下は静まり返っていて、通り過ぎる教室の窓からは、真面目に講義を聞いている生徒たちが見える。
先程鳴った鐘の音が、授業の開始を告げる合図なのだろう。
ネストは昨日と同じ教師を思わせるスーツ姿。それに引き換え、自分たちはいつもの装いである。
怪しい黒ローブのおっさんと、ギルドの制服に身を包むミア。それに、生徒たちが悲鳴を上げてしまいそうな魔獣が四匹。
合宿の引率ということで挨拶が必要なのは理解出来るが、本当に俺なんかが出て行って大丈夫なのだろうか?
ゼロではなくマイナスイメージからのスタートだ。それを一度の合宿で好感度を急上昇させるなんて、恋愛ゲームでも見たことがない。
そんなことを考えていると、ネストは一際騒がしい教室の前で足を止めた。
「じゃあ、ここで待っててね。呼んだら入って来てくれればいいから」
ネストが教室の扉を開けると同時に、静まり返る教室。扉に付いている小さな窓から、その様子をバレないように覗き込む。
そこは扇状に広がっていて、教室というより立派な講堂といった雰囲気。
疎らではあるが、生徒の数は五十人前後。生徒全てが貴族というわけではないらしいが、見た目からは判断できない。
わかる事と言えば、その中に紛れているリリーの存在感が規格外だという事だけだ。
「大丈夫か? ミア……」
「う……うん……」
ミアはガチガチに緊張している様子。自己紹介程度の軽い挨拶だけでいいと言われていたが、大丈夫だろうか?
俺はというと、特に緊張もしていない。故にブーイングでも飛んでこようものなら、生徒たちをぶん殴ってしまうかもしれないのが、唯一の懸念点とも言える。
……と、いうのは冗談だ。これは俺のイメージ回復のためのもの。王女の厚意を無下にしないためにも、多少は我慢をせねばなるまい。
とは言え、相手は貴族の家柄が多数。性格の悪そうな傲慢なクソガキ共に最初から舐められるのも癪なので、多少強気でいこうとは思っていた。
「主、呼ばれましたよ?」
「え?」
教室がデカすぎて全然聞こえなかった。窓を覗くと手招きしているネストの姿。
「よし、じゃあ行くか」
ガラリと強めに扉を開け、ぞろぞろと中へ入って行く。
俺たちの姿を見て、どよめく生徒たち。ブーイングの一つでも出ようものなら顔を覚えておいて、後でシメてやろうと生徒たちを睨みつけるも、そんな険悪なムードではなかった。
率直に言って、拍子抜けである。ベルモントの街で体験した汚物でも見るような陰湿な目つきで見下されるのだろうと本気で思っていたのだが、そんなこともなく、どちらかと言うと驚きを隠せないといった表情の者が大半を占めていた。
教壇へと登り、ネストの横へ並び立つと生徒たちへ頭を下げる。
「じゃあ、みんなに紹介するわね。知っている人もいるでしょうけど、こちらは九条。現プラチナプレート冒険者で……」
#ファンタジー
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しめさば
「うおおおおおお」「すげええええ」「きゃああああああ」
ネストの言葉を遮り、どっど湧き上がる生徒たちに圧倒される。
なぜこうなるのかは不明だが、ブーイングというよりむしろ歓迎ムードであった。
「ハイハイ! 先生とはどういう関係なんですか!?」
「従魔はどこで手に入れたんですか!?」
「今まで受けた依頼の中で一番高額だった物はなんですか!?」
そして質問攻めである。数十人から一斉に浴びせられる言葉の嵐にどうしていいのかわからず、狼狽えることしか出来ない俺。
恐らく、聖徳太子でも聞き取れない量である。
「静かに!!」
ネストが怒号の様な大声を飛ばすと、静まり返る教室内。
「九条。自己紹介を」
「ああ……」
大きく咳払いをして気を落ち着かせると、簡単な自己紹介をする。
「ご紹介に与りました。冒険者の九条です。今回は皆さんの引率を受け持つことになりました。よろしく」
「わああああ!」
そんなに盛り上がる所ではないはずだが、生徒たちは拍手喝采。正直言って戸惑いを隠せない。
「おに……。九条様の担当を務めております。コット村ギルド所属のミアです。よろしくお願いします」
またしても湧き上がる生徒たち。飛び交う言葉の嵐の中で唯一聞き取れた単語は「かわいい」くらいだが、それを言った生徒はよくわかっている。
「はいはい。静かにして! この時期だからみんな分かってると思うけど、今回の引率、ウチのクラスには冒険者の九条が付くことになりました。失礼のないように!」
「やったー!」
それに素直に喜ぶ生徒たち。この時期というのは、学期末試験のことを指す。
実戦形式の訓練が課題のようで、その年によって場所は異なるが、ギルド管理の低階層ダンジョンか、遺跡をいくつか貸し切って行われるとのことらしい。
それを利用し、今回はそのうちの一つとして俺のダンジョンに白羽の矢を立てたということのようだ。
全学年を一つのダンジョンに集結させるのは無理なので、いくつかのグループに分けての合宿からの試験、という流れで開催される。
「ありがとう九条。戻ってくれて構わないわ」
「ああ、わかった」
「ええー。九条さん帰っちゃうんですかー?」
俺が背を向けると、不満そうに意見する生徒が一人。それに続く生徒たちに、ネストは溜息をついた。
「プラチナプレート冒険者っていうのは、あなた達が思っているほど暇じゃないの。顔を見れただけでも十分でしょ? ねえ九条?」
「いや、暇だが?」
「……は?」
打ち合わせと違う答えが返ってきたネストは、何か信じられない物でも見ているような目で俺を見ていた。
本来はここで退出し、部屋に戻って授業の終了を待つという手筈であったのだが、なんというか場の雰囲気は思ったほど悪くなく、むしろ居心地は良い。
それにネストの行う魔術の座学というのも気になってはいた。
良い機会だから、突発的にその様子を拝聴させていただこうと思った訳だ。
そんな俺にササッと近づき、耳元で囁くネスト。
「ちょっと! 打ち合わせと違うじゃない! 終わったらすぐ戻るから部屋で待ってってよ!」
「ネストさんがどんな授業をするのか気になったので、見学させてもらおうと思いまして。席も空いてそうですし」
「なっ……」
ちょっとした仕返しだ。こうなる事がわかっているなら最初から言ってくれれば良かったのだ。いらぬ心配をしてしまったではないか。
場の雰囲気は正反対。睨みつけてしまった生徒達には謝りたいと思うくらいだ。
「先生、わたくしの隣の席が空いていますよ?」
そこに皆の視線が集中する。クスクスと微笑みながら声を上げたのは他でもない王女のリリー。
「王女様!?」
リリーも、もちろん九条の挨拶が終わればすぐに退室することは知っていた。だが、面白そうだと思ったのだろう。リリーは急遽、俺へと寝返ったのだ。
流石のネストもそれには逆らえない。
「じ……じゃあ、九条は王女様の隣へ……(後で覚えてなさいよ……)」
最後の呟きは聞こえなかったことにしたが、ネストの表情からは少々の憤りと気恥ずかしさが滲み出ていた。
小さく手を振るリリーの隣へ腰掛け、その隣にミアを座らせる。従魔たちは大きすぎるので出入口の扉の前で丸くなってもらった。
正直言って異質だ。十代の少年少女の中に一人だけおっさんが混じっている。
周りの視線が少々くすぐったくはあるものの、スイッチを切り替えたネストは真面目に授業を進める。
それは、俺が思っていたイメージとは少し違っていた。
魔法書で魔法を覚え、それを使うといった単純なものではなく、より現実的で難しめな内容である。
魔法を使うための精神力の重要さ。魔力の量が多ければいいというものじゃない。効率的な魔力配分。それを決めるのが精神力であり、そのために常に集中力を高めておかねばならないなどなど……。
適性があれば魔法を使えて当たり前。それをただ使うだけではなく、応用し発展させていくことに重きを置いているといった内容だ。
その話は、俺がダンジョンでバルザックから教わった内容と若干似ていた。
それを感心するように聞いていると、次々と回ってくる小さく折り畳まれたメモ用紙。
隣のリリーから手渡され、そこには俺に対する質問が書かれていた。
学生時代にクラスの女子が同じようなことをやっていた事を思い出し、懐かしさを覚えると、ふと笑みがこぼれる。
俺のことより授業を聞いたらどうかと思ってしまうのは、俺が年を食ったからだろうか。
中身はくだらない質問ばかり。朝食はパン派か米派ですか? に始まり、コット村をホームにしている理由や、従魔たちの名前など様々だが、その中に一つだけ目を引く質問があった。
『同じプラチナプレートの冒険者だったのに、なんでノルディックさんを殺したんですか?』
随分と攻めた質問だなと思ったのが、素直な感想だ。
相手は中学生から高校生程度の子供。気分を害するほどじゃないが、恐らくはその理由で責められると思っていたので、それほどの衝撃はなかった。
さすがに、これにはどう返していいのか悩んだ。誰がこの質問を書いたのかは不明だが、その解答は恐らく生徒たち全員に広まるだろう。
となれば、無難に真実を書くのが正解だろうか……。
そこでふと気が付いた。俺のことを良く思っていない者たちは真実を知っているのだろうかと……。
ノルディックを殺したのは間違いない。それが自分の印象を悪くしているのは百も承知だ。
なぜ、ここの生徒たちが俺に対して友好的なのかは後でネストを問い詰めるとしても、その落差には若干の違和感を感じていた。
『大切な人を守るのに理由がいるのか?』
我ながらにキザったらしい答えだとは思ったが、別に格好をつけたわけじゃない。ミアの名を出すのに躊躇いを感じたためだ。
それに、大切な人とぼかした方が、より自分の立場に置き換えてイメージしやすいだろうと思ってのことである。
肉親、恋人、友人。それは何であれ構わない。自分の力で助けることが出来るなら、手を差し伸べるのに理由はいらない。
少なくとも俺はそう考えているからだ。
授業が終わると、生徒たちとは特に会話もすることなくネストに早々に連れ出され、次の授業がある教室へと移動する。
ネストの曇り顔を見て、勝手なことをして怒っているのだろうと思っていたが、それは少し違っていた。
「九条。次のクラスは覚悟してね……」
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