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#ローファンタジー
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15-1◆花と少女と遠い記憶◆
花を見て微笑む少女。その光景を見た瞬間。
俺の脳裏で、忘れていたはずの遠い記憶の扉が、音を立てて開いた。
―6年前―小学校の教室。 俺とことりは、小学校でもクラスメートだった。
学期の初め、クラスの目標を発表する時間。 彼女はか細い、しかし凛とした声で言ったのだ。
「みんなで植えたアサガオが咲くところを見たいです」と。
そのささやかな願いは、日々の喧騒の中にすぐに忘れ去られた。
クラスの誰もがアサガオのことなど気にも留めなくなった頃。
俺は見た。誰よりも早く登校し
一人でその忘れられた鉢植えに、水をやり続ける白瀬 ことりのその後ろ姿を。
(そうだ)
俺は胸の奥が締め付けられるのを感じていた。
(お前は昔からそうだった。誰にも気づかない場所で、
たった一人で世界を守ろうとする不器用で、誠にあまりにも優しい人間だった)
それから俺自身も、こっそりと定期的にアサガオに水をやるようになったのだ。
15-2◆観測不能の優しい時間◆
俺の意識は、再び西日が差し込む高校の図書室へと引き戻された。
目の前には、あの夏の日と同じ顔で微笑む少女がいる。
(なぜだ)
俺は衝動的に、彼女のその笑顔の本質を知りたくなった。
あの穏やかな表情の奥底に隠された、本当の感情データを。
俺は意識を集中させ、右目のデバイスの焦点を再度、合わせる。
(もう一度、観測してみよう)
【対象捕捉:白瀬ことり】
【解析中】
その文字が表示された瞬間。 キィィンと再び脳を焼くような金属音。
視界が激しいノイズで塗りつぶされ、システムが明確な拒絶反応を示す。
【エラー:侵入禁止】
【警告:対象は、聖域属性を保有】
(聖域属性どういう意味だ?)
その馬鹿げた単語を目にした瞬間。 俺は、その意味を何となく理解した。
そうだ。俺のこの力は、人の嘘と欲望と憎悪を観測するための呪われた眼だ。
戦場で敵を見つけ出し、その弱点を暴くための武器だ。
だがこの図書室と白瀬ことりには何があるというんだ?
彼女には分析すべき嘘も欲望も何一つ存在しない。
ただ穏やかで優しく、誠に清らかな時間が流れているだけだ。
俺のこの呪われた力はこの聖域の前ではあまりにも無力だ。
この特殊能力は平和な世界では必要ないんだ。俺はそう解釈した。
俺は初めて自分の能力の絶対的な「限界」を知った。
そして同時に思い知らされた。 俺があの教室という戦場で手に入れたこの力と引き換えに、
学園序列へ参戦したことによって、
この穏やかで美しい世界を永遠に失ってしまったという、どうしようもない事実を。
15-3◆観測者の新しい渇望◆
俺はもう彼女を観測することをやめた。
これ以上はこの聖域への冒涜だ。
そして何より俺のこの醜い眼が映し出すデータなど、あの優しい時間の前では何一つ意味などないのだから。
俺は音もなくその場を離れた。
きしむ床を踏まないよう慎重に彼女たちの聖域を乱さないよう、
静かに。古い図書室の扉を完全に閉じる。カチャリと小さな音がした。
(スクールカースト!ヒエラルキーだと?)
(久条、三好、烏丸)
(どうでもいい。実にどうでもいいことだ)
俺の頭の中を占めていた盤上のゲームが色褪せていく。
そして代わりに脳裏に焼き付いて離れない光景。
あの図書室の西日。一輪の花。
そして俺が忘れていた少女の穏やかな笑顔。
俺は、固く拳を握りしめた。
(いつか、必ずあの聖域に俺も入る)
(そして彼女ともう一度、正面から言葉を交わす)
それはもはやスクールカーストを生き抜くためではない。
ただ俺自身の魂のために。
俺が失ってしまった何かを取り戻すための新しい、誠にあまりにも遠い目標が生まれた瞬間だった。
俺は歩き出す。 廊下の向こうには夕闇に沈む校舎と強固なヒエラルキーが待っているだろう。
だが今の俺にはもう、迷いなど微塵もなかった。
この学園にはびこるくだらないヒエラルキー、 俺が頂点にたち、全てぶっ壊してやる!