「……」
「……」
広い浴場の中で、きゅ、と固まる2人。
「暑くない?」
「暑くねェ」
まだ背合わせとか隣同士ならわかる、わかるよ? でも何この体勢⁉︎拷問⁉︎
太宰はぶくぶくと沈みながら冷静に考える。何故自分は護衛相手と向かい合わせになって見つめ合いながら風呂に入っているのかと。
「…なァ」
「やっぱり狭いよね僕あっち行く」
待ってました、と言わんばかりに反応すると、首を振られる。
「…狭さの話題じゃなかったのだね…はは…」
脱衣所まで連れて行って扉を閉め、先に支度しろと言えば中也は従ってくれた。そして時間差で太宰が支度をし終えると中也に自分の前を指名されたのだ。確かに端っこまで行けばお互いがあまり見えないし、護衛という論点では従わない選択肢はない。そう思って了承したが、こんなに見られるとは。
「(…なになに、ウィッグズレてる⁉︎なんでこっち見てるの⁉︎)」
水面で反射した自分の姿を 見る。大丈夫、見た目は完璧なはずだ。だから尚更怖い。なんでこんなに見てるのかと。
「…まじで男なンだな」
「…そうですけど何か」
何処見て行ってンだ此奴、と頭の中で思ったが心にしまっておく。取り敢えずそれが言いたいことなのかな、と相手の顔を見返す。
いや駄目だまだこっち見てる。
「…髪洗わねェの?」
「…そんなこと聞く?」
「嫌、気になって…」
「別に汚くないし、護衛上そんなことできないでしょ」
正直に言えばウイッグが取れるからなンだけどね。
「ふ~ん…、触ってみてもいいか?」
「…何を?」
「髪」
後ろ髪だけがウィッグと思ってるらしい彼は、何処か興味津々な瞳を向けてくる。さっきまでは不機嫌だった癖に、そう心の内で呟きながら、ど~ぞ、と背を向ける。
「あンまり触らないでよね、つけるの大変なんだから 」
「へいへい」
さらさらと手櫛をしているのが背後の雰囲気からわかった。ちゃんと櫛を通して置いたから、絡まってるところなんてある訳ないのにな。
「…すげェさらさらだ。やっぱ作り物っぽいな」
「…まァ、そうだもん」
「……誰かと風呂入ンの久しぶりなんだわ」
相変わらず手櫛をしながら中也はポツリと溢した。何故急にそんな話をするのかと後ろをチラリと見ると、何処か寂しげな表情を浮かべていた。
「…さっきは不機嫌になっちまって悪かったな。」
「ううん、別にいいよ」
「そりゃ良かった。」
「……中也はさ、寂しいの?」
さり気無く聞いてみる。興味はないと言ったら嘘になるけど、少しは中原中也についての情報を聞き出さなければ、任務上成果を上げられないから、敢えて仕事気分でそう聞く。
「…そりゃ、寂しいだろ」
「そうなの?」
「だって周りには大人しかいなくて、外にも出られねェんだぜ?暇だしつまらねェし。」
少し自分と似たような考え方の彼に少し親近感を覚えた。
「でも手前が来てくれてよかったわ」
「…なんで?」
「初めは無愛想な奴だと思ったが、意外に話しやすいし、何より歳が近ェ」
言われてみればそうだな、と頷く。
「なァ、これを気に、何か話さねェか?」
「…例えば?」
「自分の話とか」
年相応の無邪気な笑みを浮かべる彼に、断れなくなってしまう。それに、歳が近い子と話すのは久しぶりだ。そう言った欲を仕事のため、と名づけて了承した。
「ンじゃあまず手前からな」
「は?ここは言い出しっぺからでしょ」
「俺はさっき言ったからな、親のこと」
何それずる…、と睨みつけたが中也は気に求めず、視線で促した。
「…話すといっても、質問がないと困るよ」
元々話下手なのに、と思わずつぶやく。
「ン~、そうかァ?じゃあ質問、手前のその包帯はなンだ?」
無遠慮に指を刺され、何処か歯痒く感じる。
「…怪我」
「やっぱ護衛のか?」
「…うん…、いや、違う」
仕事柄、自分の情報はどんなにつまらないでも貴重な弱みになる。だから肯定して情報を隠そうと思った。しかし彼には別に言っても問題ないだろう、不意にそう判断して否定し直した。
「人からつけられた傷ではあるんだけど、護衛ではない、よ」
「…護衛以外でンな怪我すンだな…」
「身体に包帯巻いてるのは、ただ、傷が見えちゃぐろいでしょ?」
中也が表情を曇らせたので、笑ってそう付け加えて笑ったが、とくに変わらなかった。
「じゃ、じゃあ次、僕が質問する番ね」
「…おう」
「中也は、過去の護衛と比べて僕をどう思う?」
「護衛を殺したの?」遠回しにそう聞くために敢えてそう言った。すると予想通り中也から動揺した雰囲気が感じられた。表情を確認するべく向き直る。中也の手にあった後ろ髪がさらりとこぼれ落ちて肩に乗っかった。
「…それ、は…」
「やっぱり僕の方が優秀かなぁ?」
「……そう、かもな」
茶々を入れたせいで本人の口から何も聞けなかったが、動揺したということは少なくともアレが関係する。そう確信した。
「はい、次中也の番」
「…悪ぃ、もう上がるわ」
「…わかった、僕も空いたら出るね」
にこりと見送る。こんなに動揺するってことは、精神的にショックな出来事だった、ということ。森さん曰く、中也が全員殺しているのではないか、とのこと。話してみたらやっぱり思った、17歳のこの少年には到底無理だ、と。でも、中也がやってる。だから、あの説が一番濃い。
「…荒覇吐…ねェ…」
お湯が冷めて、湯気が少なくなった。ぱしゃぱしゃと指先で水を弄びながら笑う。
「これ終わったら、幹部になるのも早いなぁ…」
彼がいた場所をうっとりと見つめる。彼の正体を暴くことができれば、僕は絶対的な安全地帯を手に入れることができる。生きやすい、明るい世界が見られる。
太宰は、嬉々としながら、冷え切った浴場から上がったのであった。
プロフィール更新
太宰治(18)
幹部になるために潜入捜査。自分の見た目が嫌いで、それを覆い隠すウイッグ、カラコンを身に纏う良い機会でもある、ということで今回の任務を引き受けた。
中原中也(17)
特に変更なし
だす時間帯とか全然考えてないよ……泣
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