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「あー、くそ……。腰がいてぇ……」
仕事終わりに立ち寄ったナオミの店。カウンターに凭れ、琥珀色の液体が揺れるグラスに口を付けながら、理人が低く零した。
「あらやだ。瀬名くん、手加減してくれないの? あんなに優しそうなのに」
「……あいつの中身はドSだからな。無駄に体力があるからタチが悪い」
「とか何とか言って、満更でもないくせに」
ナオミにドンと肘で小突かれ、理人は不機嫌そうに眉根を寄せてそっぽを向いた。 だが、その耳朶が隠しきれず熱を帯びているのを、ナオミは見逃さない。
カウンターに頬杖をつき、理人の頬をちょんちょんと指で突つきながら、ナオミは感慨深そうに目を細めた。
「……でもまぁ、『ヤりたい』って言いながら飲んだくれてた時よりはずっといい顔してるわよ。あの頃のアンタときたら、誰彼構わず粉を振りまいて、ハゲ散らかしたオッサンにうっかりお持ち帰りされちゃいそうな勢いだったし」
「……それは聞き捨てならねぇな」
「お酒強いくせに、飲み過ぎるとただでさえ低い貞操観念がさらに地盤沈下するんだから。見てるこっちはヒヤヒヤもんよ」
「チッ、うっせぇ」
理人は苦虫を噛み潰したような顔で、残っていた酒を一気に煽った。
「で? 今日はなんでこんな所に一人なわけ? ラブラブなダーリンは一緒じゃないの?」
「……あいつ、指名で急な出張が入ったんだ。子会社のトラブル対応らしくてな。いつ戻れるか分からないと言っていた」
よりによって名指しで指定してくるなんて、と理人は不満げに吐息を漏らす。
「ふぅん。それで、寂しくなってアタシのとこに来ちゃった、と。随分と可愛らしいことするようになったじゃない」
「…………」
図星を突かれたのか、単に居心地が悪くなったのか。理人は何も答えず、残り少なくなったグラスを傾け中身を飲み干した。そんな彼を見て、ナオミは獲物を見つけたような笑みを浮かべる。
「あぁ、そう言えば……同窓会の返事、出してないのアンタだけだって中嶋がぼやいてたわよ。だから、一応『参加』で出しといたから」
「ブッ! げほっ、げほっ……はぁ!? てめっ、何勝手に返事してんだよ!?」
唐突な爆弾発言に、理人は盛大にむせた。
「あらやだ、汚いわね。だって、理人ってば今まで一度も参加したことないでしょう? みんなアンタに会いたがってたし、丁度いい機会じゃない」
「……余計なお世話だっての。俺は行かねーぞ」
「はいはーい。そう言うと思った。でももうグループラインの方にも出席の連絡しちゃったのよねぇ」
「なっ!? はぁ!?」
ペロッと舌を出して悪戯っぽく微笑むナオミに、理人は開いた口が塞がらなかった。
「っ、ふざけんな! なに勝手なことしてんだ」
「別にいいじゃない、たまには。……息抜きだと思って。理人がいないと寂しいのよ、アタシが」
「――――」
軽薄な態度の中に、一瞬だけ見え隠れした本音。それを敏感に感じ取った理人は、バツが悪そうに押し黙り、小さく舌打ちをした。
「……じゃあお前も行かなきゃいいだろうが」
「うーん、あの雰囲気が好きなのよ。学生時代に戻ったみたいで。でも、そこにはやっぱりアンタが居てくれないと……」
ナオミは伏せ目がちに、どこか切なげな表情を浮かべた。
「……別に、俺がいなくたって、お前ならいくらでも――」
「違うの。そうじゃないのよ。わかってるくせに……」
「…………はぁ、わかった。行くよ、行けばいいんだろ。今更欠席なんて無理だろうしな」
これ以上抵抗しても無駄だと悟ったのか、理人は投げやりな口調で、渋々と、だが確かに首を縦に振った。
「ふふ、ありがと」
理人の様子を満足げに見つめた後、ナオミは勝利の女神のように、艶やかに微笑んだ。
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