ベッド横に置いてあるローテーブルの上に置かれた薄紫色のクリアホルダー二つ。それを前に正座して項垂れる私と、それを見つめる四人。あれ、なんか似たようなことを昨日した気がするな?すっごいデジャブ。
「さぁ、これについて説明してもらおうか」
「さっさと吐け。吐いちまった方が楽だぞ」
「なんか始まった……」
私の正面に座りゲン〇ウポーズをするパンダに、ベッドに座ってめちゃくちゃ楽しそうにしている真希ちゃん。そしてパンダの横に座り苦笑いをする乙骨くん。私の左隣に座る棘くんも心做しか少し楽しそうに見える。やめろ楽しそうにするな。こちとら見られたらヤベぇもんが一部とは言え見られて(心が)死にかけてるんだぞ。
「で、これは?」
「……昨日パンダに話した、約五十枚にわたる棘くんイラスト(アナログver)です」
「中を確認しても?」
「さっき見てたじゃん……」
「最初の数ページしか見てないから」
最初ならまだマシか…?いや、マシじゃねぇわ。一枚目のイラスト、コピー用紙の中央にデカデカと棘くん描いてあってそこに矢印引っ張って「下まつ毛可愛い」だの「色素薄めの髪色と紫がかった瞳の組み合わせ最高では?」だの「推す要素しかなくて好き」だの書いてあんだぞ。後半に行くにつれて「この表情えっちだった」とか「は?無理好き」など語彙力が低下していくけど。
「何も見なかった振りとかしないんだね…」
「一枚目から面白すぎて棘に見せたい」
「やめろ私が死ぬぞ」
「いくら〜」
「ウッソでしょ見たいのコレ!?」
ギョッとして棘くんの顔を見ると、彼は眉を下げ少しばかり目を潤ませていた。そしてこてん、と首を傾げ「…おかか(ダメ)?」と聞いてくる。私がその顔に弱いことを学習しやがったな?そんな小悪魔的なところも可愛くて好きだよ!!!
「んぐっ…いや、でもだいぶ気持ち悪いこと書いてある箇所あるから…」
「明太子!」
「棘くんが大丈夫でも私が大丈夫じゃない」
「ツ〜ナ〜マ〜ヨ〜!」
「そんっな猫撫で声どこから出してるの可愛すぎる…!可愛さのあまり許可出しちゃうじゃん!!」
「お願い!」と顔の前で両手を合わせて頼み込んでくる棘くん。ひぇ…推しが可愛い。推しの可愛さに勝てるオタクいる?いないでしょ?というわけで、はい、無事に負けました。
「ちゅ、忠告はしたからね!何見ても文句言わないでよ!?」
「しゃけ〜」
「じゃあ見るかー」
そう言ってホルダーを開くパンダ。真希ちゃんと棘くんは見やすいようにかパンダと乙骨くんの後ろに移動する。
そして始まるドキドキワクワク(私にとって地獄の)イラスト鑑賞会。この後無事に生きていられるだろうか…。
▷side 乙骨
まず目に入ってきたのは紙の中心に狗巻くんが描かれ、その周りにメモ?みたいなのが大量に書かれたもの。
「壁紙見せられた時も思ったけど、お前めちゃくちゃ絵上手いな」
「色キレイ…色鉛筆?これ」
「あ、うん。色鉛筆で塗った」
パンダくんと僕がそう褒めると、彼女は少し嬉しそうな顔をして、文房具店でめちゃくちゃ発色の良い十二色色鉛筆見つけてからそれ使ってるんだー、と話す。いや十二色色鉛筆でここまでキレイな色出せるの?すごくない?
「棘の周りに書いてあるの…褒め上手かってくらい褒めまくってるな」
「昨日の電話でも同じこと言ってたね」
「「電話?」」
真希さんの言葉にそう呟くと、事情を知らない真希さんとパンダくんが首を傾げる。そんな二人に昨日のことを掻い摘んで話すと「よくやった」とグッと親指を立てて褒められた。でも、まだ正式には付き合ってないんだよなぁ。
狗巻くんは昨日の夜、彼女に褒められまくったのを思い出したのか耳がほんのりと赤くなっていた。うん、僕の隣に狗巻くんがいるって知らなかったからすごい赤裸々に話してくれてたもんね。それを聞いてた狗巻くん、今まで見たことない顔してて新鮮だったな。
パンダくんがペラッ、とページをめくる。次に目に入ってきたのはネックウォーマーを顎下まで下げている狗巻くんのイラスト。初めて二人で任務に行った後に描いたのかな?こちらもまたメモがぎっしり。その中でも一際大きく書かれていたものが目に入る。
「呪印が大変えっち…」
「「ブフォッ」」
「読み上げるのやめろぉ!!!」
思わず口にするとパンダくんと真希さんが吹き出し、書いた張本人は耳まで真っ赤になった顔を両手で隠していた。狗巻くんは目をパチパチと瞬かせて彼女を見ていた。まぁ、そんな風に思われてるとは予想してなかったよね。電話でも呪印については触れてなかったし。さすがに言うのは躊躇われたのだろう。
「憂太…ふっ、お前……結構容赦ないな…ふふっ」
「いいぞ、もっとやれ」
「やるなよ!!!!」
「あっ、はい」
面白くて仕方ない、というようにお腹を抱えて笑う真希さんと愉悦し始めるパンダくん。楽しそうで何よりです。
皆であーだこーだ言いながらイラストを見ていくと、十二枚目辺りで目に入ってきたのは一番上に「2017.6.24」と日付か書かれたイラスト。そこには私服姿の狗巻くんや、猫と戯れる狗巻くんのイラストがいくつか描かれていた。
「あぁ、これ猫カフェ行った時のだよね?」
「今んとこ一番荒ぶってんな」
「『猫(可愛い)と棘くん(可愛い)の組み合わせ最高すぎて死んだ』。お前すぐ死ぬじゃん」
「可愛いを前にして平然としていられるわけなくない?」
「お前、棘推しなのバレてから開き直ったな?」
そりゃもう隠す必要無いし、と笑う彼女。前々から面白い人だとは思ってたけど、色々バレてからさらに面白いな。
あと、猫を抱き上げる狗巻くんのイラストの下に「猫を見る目優しすぎない?そんな顔するの?思わず隠し撮りしちゃったじゃん」って書かれてるのには突っ込んだ方がいいのだろうか。この二人、お互いのこと隠し撮りしてたのか…。似た者同士すぎでは?ちなみに猫カフェデートのイラストは三枚にわたって描かれていた。あまりにも可愛いと書かれまくっていて、それを見た狗巻くんの顔は真っ赤だった。
その後も、任務でお姫様抱っこされた時のイラスト(見た時パンダくんと真希さんが狗巻くんをからかっていた)、水族館や動物園に行った時のイラストなどを見る。いや、狗巻くんのこと好きすぎない?めちゃくちゃ褒めるじゃん。電話で話し聞いてた時も褒めてたけど、あれ以上じゃん。あの時よりも狗巻くんの顔赤いよ。もうほぼほぼりんごだよ。というか後半に行くにつれて「可愛い」「カッコいい」「尊い」「しんどい」って感想ばかりになってきてる。狗巻くんの語彙より少なくなってない?あとちょいちょい「表情がえっち」って書かれてるの誰か突っ込んで。
そして一冊目のホルダーが残り五ページほどとなった時、そのイラストは現れた。そう、クレープを食べに行った時のやつである。結論から言うと、今までで一番荒ぶってた。残り五ページ全部その日の狗巻くんのイラストで埋まってた。さっきまでの低下した語彙力は何だったのかってくらい詳しく書かれていた。
「なんかもう、盛大に惚気けられてる気分…」
パンダくんの言葉に、僕と真希さんは全力で同意した。
一冊目のクリアホルダーもいよいよ終盤に差し掛かり、残り五ページとなった。五枚とも全部クレープを食べに行った日に描いたやつである。そして今までで一番荒ぶっているやつである。
もう可愛いと思ったところ全部描いたし、帰り際の手を繋いだやつに至ってはそこだけで二枚描いたからね!だって聞いてくれよ、あの時「明太子、しゃけ(人多くなってきたね)」って言ったかと思えばさりげなく手を繋いできたんだぞ!荒ぶらないわけがない!!それで私が「棘くん、手…」って言ったらさぁ!めっっっっちゃ優しい顔で「こんぶ、おかか(はぐれないように、ね)」って!!!無理だった!!!イラストを描かずにはいられなかった!!!感想も書かずにはいられなかった!!!!!
そのことがイラストの下に事細かに書いてあるのを見てパンダが呟く。
「なんかもう、盛大に惚気られてる気分…」
その言葉に真希ちゃんと乙骨くんが全力で同意していた。えっ、私は棘くんとのお出掛けの感想や尊いと思った部分を書き出しているだけなんだが??惚気けたつもりないんだが???
え?え?と首を傾げていると、パンダ達三人に「マジか」って顔をされた。なんだよ!!
「棘に対する好意が込められすぎててある意味呪物」
「特級レベル」
「五条先生でも手に負えない気がする」
クリアホルダーを閉じ、イラストを見た感想を呟くパンダ。それに続くように感想を言う真希ちゃんと乙骨くん。パンダが言うある意味呪物ってのには同意するけど真希ちゃんの特級レベルって何。そこまで酷くはない…はず。
肝心の棘くんはこれを見てどう思ったのだろうか、とそちらを見ると必死にスマホを弄っていた。えっ。
棘くんの隣にいた真希ちゃんがそーっと画面を覗き込んだ後なぜか吹き出したし。いや、なになになに?
「よし!」と言わんばかりにドヤ顔をした棘くんがスマホから顔を上げると同時に、私のスマホから通知音が鳴る。送り主はさっきまでスマホを弄っていた棘くん。あ、もしかして感想送ってきた感じ?
アプリを開き、棘くんとのトークを開くと、そこに送られてきていたのは超長い文章。長すぎて「続きを見る」が表示されてんだけど。どんだけ長いの。「続きを見る」をタップして全文を見る。要約すると私の容姿を褒める文から始まり、私のどこが好きなのかとか○○に出掛けた時のあんな表情が可愛かったやこんな行動が可愛かった、といったことが長々と綴られていた。仕返しか?仕返しだろ。随分と可愛い仕返しだな。推しが世界一可愛い。
予想外の反応に思わず顔が赤くなる。嬉しさから口角が上がりそうになるのを手で隠していると、棘くんから再びメッセージが送られてきた。先程とは違い、シンプルなもの。
《俺の事そんなに好きなの?》
「ねぇもう本っ当にそういうとこ!!!そうだよ好きだよ!!!!」
私を見て勝ち誇ったような顔をする棘くん(可愛い)に、尊さのあまり天を仰ぐ私。それを見て乙骨くんが呟いた。
「なんでこれでまだ付き合ってないの????」
乙骨くんの呟きに、真希ちゃんとパンダが目を見開いて驚く。
「はぁ!?昨日憂太のおかげで両想い確定したんじゃねぇのかよ!」
「それでまだ付き合ってないとかマジかお前ら!!」
あぁ、うん。そういえばまだお付き合いしてないですね。好きとは言われたし私も今になって言ったけど。少女漫画でよく見る「付き合ってください!」みたいなのは言ってないな。
はぁ〜、とめちゃくちゃデカい溜息をつくと共に頭を抱える真希ちゃんとパンダ。いや、ごめんて。本当は今日言うつもりだったんだよ。ただまぁ、お部屋紹介に予定外のイラスト鑑賞会と色々あって言うタイミング見つけられなかっただけで。
あはは〜、と苦笑いをして頬をかくと、手をパンッと叩いて乙骨くんが言う。
「じゃ僕らはそろそろお暇しようか」
「ん…あぁ、そうだな。私ら三人・・・・は自分の部屋に戻るとするか」
「そうするか。長居して悪かったな」
それだけ言ってさっさと部屋から出ていく三人。その場に取り残された私と棘くんの間に沈黙が流れる。
これあれだな?二人きりにしてやるからさっさと付き合えよと。そういうことだな?
棘くんの気持ちは昨日言われたから知ってるし、私もちゃんと自分の気持ちに気付いた。付き合わない理由は無い。それに呪術師は常に死と隣り合わせの職業だ。後悔はしたくない。だから。
「棘くん」
ふぅ、と息を吐き、目の前に立つ彼の名前を呼ぶ。私が言わんとしようとしていることを察したのか、棘くんは昨日と同じセリフを言った。
「す、すじこ、ツナマヨ!」
「やーだ。今度は私から言うよ」
昨日は何て言われたのか分からなかったけど、今なら分かる。絶対「俺から言わせて」って言ってたんだろうなぁ。でも、今回は言わせないよ。
「好きだよ、棘くん。私と付き合って」
ニコッと笑って言うと、棘くんは蚊の鳴くような声で「しゃ、け…」と言った。うーん可愛い!花丸百点あげちゃう!それにしても私の発言で顔を赤く染める棘くんが見られる日が来るとは思わなかったな。だって出掛ける時も手繋いだ時も抱き締めてきた時も頭撫でてきた時も、棘くん全然照れないんだもん。すっごい余裕そうな顔してた。それなのに五条先生でも手に負えない特級呪物()見て照れるって。あんなストレートに褒められることあんまり無いのかな?ならこれからどんどん言ってやろう。
「これからよろしくね、彼氏さん?」
少し意地悪く笑ってそう言った瞬間、棘くんは膝から崩れ落ちた。
▷side 真希
さっさとくっ付いてもらうために、気を利かせてあの二人を残して私らは部屋を出る。そして各自の部屋に戻る───ことは無く、扉に耳をくっ付けて中の様子を伺う。
「聞こえるか?」
「いや…あ、今、棘の声は聞こえたな」
「『すじこ、ツナマヨ』って昨日も言ってなかったか?」
「「言ってた」」
なんだ、アイツに主導権でも握られてるのか?何を話しているのか気になるが、そこまで大きな声量で話しているわけではないのか扉越しに声は聞こえてこない。
「はぁ〜、仕方ねぇな。アイツらの報告を待つか」
盗み聞きは諦めて部屋に戻ろうかと扉から耳を離す。それと同時に私ら三人のスマホが鳴る。パンダと憂太と顔を見合せながらスマホを確認すると、以前悟が作った一年五人+悟のグループトークに彼女からメッセージが来ていた。
《なんかトドメ刺しちゃったっぽい》
その文章と共に、床に膝をつき耳まで真っ赤になった顔を隠す棘の写真が送られてきていた。
「いや何、どういうこと?」
「詳しく説明しろや」
「『説明ぷりーず』…と」
パンダがそう送るとすぐに既読が付き、再びメッセージが送られてくる。
《私から告白して付き合うことになったんだけど、ちょっとした出来心でその後に「これからよろしくね、彼氏さん?」って言ったら膝から崩れ落ちちゃって》
《ビックリして慌てて駆け寄って頬に手を添えながら顔を覗き込んだら、顔真っ赤&涙目で「高菜」って》
《たぶん「ばか」って言われた。反応が可愛すぎて花丸100点あげたい》
「うん、トドメ刺してるわ」
「『彼氏さん』でHP三分の二削られた後に『頬に手を添える』でやられたか…」
「花丸百点あげる前に狗巻くん何とかしてあげて」
トークアプリ内でまで棘推し全開な発言をする彼女。憂太の言う通り、写真撮ってグループに送る前に何とかしてやれ。ちなみにこれは棘も含めたグループなので、後でこれを見た棘が彼女のトークに「ばか!!!!」と送るであろうことが容易に想像出来る。
すると、新たにメッセージが送られてくる。また棘に何かしたのか、と思いながら見ると、送り主は彼女では無くちょうど任務を終えたのであろう悟からだった。
《は????いつの間に付き合ったの???なんでその現場に僕を呼んでくれないの?仲間外れ?泣くよ?告白現場誰か撮影してないの????》
「してるわけねぇだろバカ目隠し」
「さすがに友達の告白現場を撮影するほどゲスくはない」
「冗談とかじゃなく本気でそう思ってそうだから救いようが無い」
ボロクソに言われる担任(笑)である悟。こういうところがクズと言われる理由だろう。後でこのこと学長にチクったろ。
その後、高専に戻ってきた悟から彼らへのお祝いとして皆で高級焼肉店に連れて行ってもらった。
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