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「あ、いえ。店員が少ないので、あまり幅広くできないんです。なので、今はお得意様を数軒だけ配達させていただいてます……」
「なるほどね。俺はまだお得意様にはなれてないか」
えっ、いや……
榊社長が配達してほしいと言ったら『杏』のみんなが一斉に手を挙げるだろう。
きっと、あんこさんも榊社長のことを気にいってるから喜んでくれるに違いないけど……
「『杏』の店長さんに聞いてもらえるか? 毎週月曜日の昼頃に。無理ならお得意様になれるまで通うからと」
「お得意様になれるまで通う」、その言葉はなぜか私をキュンとさせた。
この人は、あんこさんのパンが大好きなのかも知れない。
「わかりました、聞いてみます。次回、お店に来られた時にお返事させていただきますね」
「返事は直接くれないか? 番号は……」
榊社長は、名刺を取り出して裏に何か書こうとした。
「あの、この前名刺をいただいのでわかります」
そう言ったのにまだ書いている。
「あれは会社の電話。この番号はプライベート」
えっ、プ、プライベート!?
そ、そんな大切な番号を私なんかが聞いてもいいの?
「あと、配達は雫に頼みたい」
そう言いながら、榊社長は名刺を差し出した。
「えっ? 私ですか?」
「ああ。君にお願いしたい」
「すみません。全部あんこさ……いや、店長に聞いてみないと何とも言えないので……」
「ああ、返事待ってるから」
「は、はい……」
「じゃあ、また」
そう言って、榊社長は目の前のその素敵なマンションに入っていった。
ここに……住んでるんだ。
私は名刺を手にしたまま、視線をかなり上にあげた。
「す、すごく立派……」
私なんかには到底住めない豪華なマンション。
あの人、ここに1人で暮らしてるの?
雑誌の記事……彼女いないとか本当なのかな?
実は恋人がいて一緒に暮らしてるとか、いたとしても、いないっていう場合もあるだろうし。
お金持ちの世界って全然わからないし、私なんかに理解できるわけもない。
ルックスはもちろん素敵だけど、私には手の届かない遠い人にしか思えないよ。
とりあえず、私は店に行ってみた。
すぐにパンの配達のことをあんこさんに話したら、考える間もなく即OKだった。
すでにあの人は「お得意様」だからって。
それに、なんか嬉しそうだった。
あんこさんの笑顔を見てたら、注文が入ったのは良かったと思うけど、でも、配達に行くのが私っていうのがちょっと引っかかってる。
どうしてほとんど話したこともない私なんかに?
私なんかがあんなイケメンに関っていいの?
いろんなことが全く整理できていない状態で、こんな思いを誰かに話したら、きっとめんどくさい女だと言われるのがオチだろう。