客の波が引いた深夜の《Irregular Casino》。煌びやかな光は少しトーンを落とし、まるで誰かの秘密を守るかのように静けさを纏っていた。
スタッフも全員引き上げ、今フロアに残っているのは、Ifと初兎だけ。
「……さっきは、ごめんね。ちゃんと見てるつもりだったのに」
カウンター席で、Ifが優しくグラスを拭きながら言った。
「ううん、助けてくれたじゃん。……まろちゃんが来たとき、ほんと、ホッとしたんだから」
「……まろちゃん、って」
くすっと笑うIf。二人きりのときだけ許された呼び名。
初兎の小さな反抗心と、隠しきれない好意の混じったその響きに、Ifは内心嬉しさを隠せない。
「でもね、あんまり守ってばっかだと、僕、弱くなっちゃいそう」
「いいじゃん。俺の前では、甘えていいんだよ」
その言葉に、初兎は視線を逸らす。
頬にじんわりと熱がこもり、バニーの耳がぴくりと揺れた。
「……じゃあさ、言ってもいい? 甘え……じゃないけど、ちょっとだけ本音」
「もちろん」
「……まろちゃんが他の子に優しくしてると、ちょっと、胸がきゅーってなるの。僕、変だよね」
Ifはグラスを置き、ゆっくりと初兎の隣に腰を下ろす。
「変じゃない。俺だって、初兎が他の男と笑ってるの、あんまり好きじゃないよ」
「……えっ」
「初兎は、俺にとって特別だから」
その言葉に、初兎の目が見開かれ、やがてふるふると瞬きを繰り返す。
「……言ったね、そういうの。後で責任取ってもらうから」
「何してほしい?」
「……まずは、手、つないで」
そっと差し出された手を、Ifは迷わず握る。
その温度は、夜の静寂の中で何よりも確かだった。
「じゃあ、その次は?」
「ん……内緒。まろちゃんが、ちゃんと僕を好きって証明してくれるまで、教えてあげない」
「じゃあ、ずっと証明し続けなきゃだな」
「うん、それがいい」
月明かりがフロアに差し込む頃、二人の距離は、もう誰にも割り込めないものになっていた。
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