テラーノベル
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マネージャーが運転する車の窓の外を、見慣れた街並みが通り過ぎていく。後部座席では、先にピックアップされた若井と藤澤が、まだ少し眠たげな顔で座っていた。都内の移動とはいえ、公共交通機関を使えばすぐにファンに見つかって大騒ぎになりかねないから、こうして車で一人ずつ迎えに回るのがいつものルーティンだ。
しかし、今日はいつもと何かが違う。ハンドルを握るマネージャーの表情はどこか険しく、時折スマホを確認する様子も落ち着かない。
最後の一人、大森の家の近くに差し掛かったところで、若井がたまらず声をかけた。
「なんかあったんですか?さっきから…」
マネージャーは一瞬ためらったあと、困り果てたような声で答えた。
「…元貴と連絡がつかないんだよ」
それを聞いた若井と藤澤は、思わず顔を見合わせた。けれど、すぐに二人とも肩の力を抜く。大森の寝坊は今に始まったことではないし、制作で夜更かしをしていたのなら、むしろいつものことだと言える。
「なんだ、またいつもの寝坊でしょ」
若井はそう言って、手元のスマホに視線を戻した。藤澤も「ゆっくり待ちますか」と苦笑いしながら、SNSのチェックを始める。
しかし、大森のマンションの前に車を停めても、マネージャーの焦りは消えていなかった。
「起こしてくる。二人はここで待ってて」
そう言い残して、足早に建物の中へと消えていった。残された二人は、車内の静寂の中で、各々時間を潰しながらマネージャーが大森を連れて戻ってくるのを待つことにした。
数分が経過した頃、若井のスマホが震えた。画面を見ると、先ほど部屋へ向かったはずのマネージャーからだった。
「はい、もしもし?」
電話に出ると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し躊躇ったような声。
「……あのさ、元貴から子どもを預かってるみたいな話、事前に聞いてたりする?」
「え?」
若井の素っ頓狂な声に、隣でスマホを見ていた藤澤が顔を上げる。若井はそちらに目をやりつつも首を傾げ、会話の内容が聞こえるように電話をスピーカーモードに切り替えた。
「え、どういうことですか。子どもって」
「いや、だから、親戚の子を預かるとか、そういう予定。二人とも聞いてない?」
マネージャーの声はどこか震えていて、冗談を言っているようには聞こえない。
「いや、聞いてないですけど…涼ちゃん、なんか知ってる?」
若井に振られた藤澤も、困惑した顔で首を横に振る。
「いや…俺も心当たりないですね」
しつこいくらいに確認してくるマネージャーの様子に、二人の心の中に、寝坊とはまた違う妙な胸騒ぎが広がり始めていた。
「どういうことですか、子どもがいるんですか?部屋に」
若井は眉をひそめてスマホに問いかけた。あまりの歯切れの悪さに、ただの寝坊ではない別のトラブルに巻き込まれたんじゃないかと、不信感が募っていく。
「いや、うん…なんか知らない子どもが」
マネージャーが言いかけたその時、電話の向こうから、彼の声を遮るようにして高くて幼い声が響いた。
「だから大森元貴なんだってば!俺が!」
その声を耳にした途端、体が一瞬で石のように固まった。今、間違いなく聞き覚えのあるフレーズが、全く聞き覚えのないトーンで聞こえてきた。
「え、?」
若井の口から、独り言のような声が漏れる。隣の藤澤も目を丸くして、スマホを凝視したまま動けない。
「いや、ちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけどね」
マネージャーの、限界を超えて疲れ切ったような声が続く。
「今来てみたら、元貴の家に元貴はいなくて、自分が元貴だって言う子どもしかいないっていう……」
「いやだから俺が元貴なの!」
またしても背後から元気な叫び声が聞こえてくる。どうやら電話の向こうでは、マネージャーと謎の子どもが押し問答を繰り広げているらしい。
「なんだかもうこんがらがってきた……。とにかく、二人とも上がってきてくれる?」
マネージャーの弱り切った言葉を最後に、プツンと通話が切れた。車内に残された若井と藤澤は、どちらからともなく顔を見合わせる。
「…え、どういうこと?元貴はいなくて知らない子どもがいるってこと?」
「うん、そういうことだよね…でもちょっと元貴に声似てなかった?」
一体何が起きているのか、自分たちの目で確かめるしかない。急いで大森の部屋まで行き、開いていたドアをすり抜けてリビングへ駆け込む。
そこにいたのは、オーバーサイズの黒いTシャツに完全に埋もれてしまっている、三歳か四歳くらいの小さな男の子だった。首元から肩にかけて服がずるりと落ちて、袖からは指先すら見えない。けれど、その服の隙間から覗く顔を見た瞬間、二人は息を呑んだ。
「……元貴?」
若井が呆然と名前を呼ぶと、ソファの上に立ち上がってマネージャーとやり合っていた子どもが、勢いよくこちらを振り向いた。
「あ!ねえ、俺が元貴なの!分かんない!?マネージャーは全然信じてくれないし…」
そう言って勢いよくソファーから飛び降り、服を両手で持ち上げながら駆け寄ってくる。むくれたように膨らんだ頬は、幼児特有の柔らかそうで瑞々しい弾力に満ちている。大きな瞳が潤んでいて、怒っているはずなのに、どこか小動物のような愛くるしさが溢れ出していた。
「え、嘘でしょ…ほんとに元貴なの?」
藤澤がふらふらと近寄り、その小さな体の前に膝をつく。身長は藤澤の腰にも満たないほど低くなり、見上げる首の角度が急だ。子供はぷいっと横を向くと、短くてむちむちとした腕を一生懸命に組もうとした。けれど、服の布が余りすぎていて、うまく組めずにジタバタしている。
「本当だって、朝起きたらこうなってたんだよ。声は出しにくいし、足は短いし……」
一生懸命に説明する声は、鈴を転がすように高くて甘い。けれど、その顔つきは大人の大森元貴の面影がある上に、表情筋の動かし方も間違いなく彼らが知る大森元貴そのものだった。むくれたように、クルッと振り向き、ソファーに座り直そうとする。両手で踏ん張り一生懸命登ろうとしているが、諦めたのか床に胡座をかいて座った。足が短くて組めていないが。
「……え、マジで元貴なの?」
若井がおそるおそる、その真っ白で少し赤みを帯びた頬に指先で触れてみる。すると元貴は「わっ、冷た!」と首をすくめ、若井の手を小さな、まるでもみじのような手でペシッと叩いた。その仕草一つをとっても、動きがどこかたどたどしく、一生懸命に動いているのが伝わってきて、見ていて妙な保護欲を掻き立てられる。
「本物だ……。元貴じゃん。本人じゃん。」
若井が確信を込めて呟くと、子供の元貴はさらに頬を膨らませて、身を乗り出した。
「だからさっきからそう言ってんじゃん!」
説得に疲れたのか、足を伸ばすと、ぶかぶかのズボンの裾から小さな裸足がチラチラと見える。そのあまりの可愛らしさに、二人は目が離せなくなっていた。しかし、あまりに早い展開に追いつけていない大人が一人。
「え、嘘だろ二人とも信じてんの?」
マネージャーは一人、頭を抱えて、信じられないものを見るような目で三人を見つめている。無理もない。現実にこんなことが起きるなんて、漫画やアニメの世界の話だ。
「だって、どこからどう見ても元貴だし」
「うん、本人だもん完全に。疑いようがないよ」
二人が迷いなく断言すると、マネージャーは「はぁ……」と深く長い、今日一番のため息をついた。
「とりあえず車に乗ろう…。その子も、連れてきて」
相変わらず認めてはいないようだけれど、このまま放っておくわけにもいかない。マネージャーは投げ出すように言って、先に部屋を出ていった。
「はーい」
藤澤が膝に手をついて立ち上がり、若井も「よし、行くか」と玄関の方へ向き直った、その時だった。
――ドタン!!
背後でかなり大きな音が響く。二人が慌てて振り向くと、そこには綺麗に両手を前に伸ばしたまま、派手に顔から転んでいる元貴の姿があった。
「…元貴!?大丈夫!?」
二人は弾かれたように駆け寄る。元貴は痛みに耐えるようにムチッとした両手で床を押し、その場にぺたんと座り込んだ。
「いった……。服踏んだ、動きづらすぎるわこれ」
どうやら歩き出そうとして、自分の引きずっていたズボンの裾を思い切り踏んでしまったらしい。強がってはいるけれど、その大きな瞳には心なしか涙が浮かんでいる。それを見て、若井と藤澤は顔を見合わせた。そして申し訳なさそうに呟いた。
「…ごめん見てなくて」
「痛かったよね、」
急にしょんぼりしだした二人を見て、元貴が不審そうに眉をひそめる。
「いいよ別に、転んだだけだし」
小さく呟いた固い声に、若井がひょいと腰を落として元貴の顔を覗き込んだ。
「…抱っこする?」
突然の提案に、元貴の動きが止まる。「え……」と小さく声を漏らし、彼は下を向いて指先をモジモジさせ始めた。
「だって動きづらいんでしょ?また転んじゃうよ。今日は時間もないんだしさ」
若井が冷静に諭すと、元貴は視線を泳がせながら、自分の大人としてのプライドと、物理的な不自由さの間で激しく葛藤している様子だ。その仕草がいちいち子供らしくて、若井は思わず少し笑ってしまった。
「大丈夫、ちょっとだけだから」
若井はそう言って、両脇にサッと両手を差し込んだ。そのまま軽々と持ち上げて、自分の体に寄せる。片方の腕でお尻を支え、もう片方の手で背中をホールドした。
「…なんでお前そんなに慣れてんの」
若井の首にしがみつく形になった元貴が、頬を赤くしながら、どこか不服そうにボヤく。
「えー、ありがと」
「褒めてない」
にやけた顔の若井の胸を小さい手のひらが叩く。本人は強めに叩いているつもりなのだろうが、全く痛くない。抱き上げたその重みは驚くほど軽くて、石鹸の清潔な匂いがふわっと鼻をくすぐった。サラサラの髪が首元に当たる。
「よし、じゃあ行こっか。マネージャーから『どこにいるの』ってLINEきた」
藤澤がスマホをポケットにしまいながら、先導するように歩き出す。若井は腕の中の元貴が落ちないようにしっかり抱き直し、不思議な高揚感を感じながら部屋を後にした。
三人は車に乗り込み、収録現場へと走り出した。運転席のマネージャーは、片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で必死にスタッフへ電話をしている。どうやら移動の合間に、代わりの子供服を大急ぎで用意させているみたいだ。
車内では、後部座席に座った若井と藤澤の視線が、真ん中に座る小さな元貴に釘付けになっていた。二人とも、さっきから元貴にメロメロなのが隠しきれていない。
特に若井は、飽きもせずじーっと元貴の横顔を観察し続けていた。視線に気づいた元貴が、むにゅっとした頬を動かして口を開く。
「……なに」
「いや、元貴ってちっちゃい頃から顔変わんないんだね」
しみじみと噛み締めるように言うと、元貴はふん、と鼻を鳴らして若井を上目遣いで睨んだ。
「いや変わるでしょ」
言い返す言葉とは裏腹に、その表情はあどけなさ全開だ。大人の姿と全く変わらない少し尖った形の唇が、幼児サイズになるとこれ以上なく愛くるしい。透き通るような白い肌も、指を通せば零れ落ちそうなほどサラサラな髪も、大人の元貴の面影を色濃く残している。
「……見すぎ」
元貴は若井をちらっと見たあと、なんだか気恥ずかしくなったのか、不貞腐れたようにギュッと目をつぶってしまった。
「あ、寝ちゃうかな」
藤澤が横から優しく声をかけると、元貴は目をつぶったまま「寝ない。……眩しいだけ」と小さな声で反論する。けれど、座席に深く沈み込んだその体は、自分でも気づかないうちに心地よさに負け始めているようだった。
「これ、現場に着いたときスタッフさんたち腰抜かすだろうな」
藤澤が楽しそうに笑うと、元貴の睫毛がぴくぴくと揺れた。本人は必死にいつもの自分を保とうとしているけれど、時折見せる無防備な仕草に、二人はもう完全にノックアウトされている。若井はもう一度こっそり元貴の頬をつついた。
………………………
lulu.公開されましたねー!!
2時間待ってて良かったです(* ˊ꒳ˋ*)
コメント
4件
こういうの好きで待ってました🫶✨
幼児化!!嬉しいです!!大森さん可愛い♡