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#ごほんにんには関係ありません
ナムリン
967
#独り言
「……では、投票の結果、うちのクラスの文化祭の出し物は『シンデレラ』の演劇に決定したいと思いまーす」
黒板に書かれた幾つかの演目。
ダンスだったり、クイズ大会だったり。
その一番右端に書かれていた「劇:シンデレラ」の文字をチョークで丸く囲いながら、文化祭実行委員の女子が笑いながらそう発表した。
えー、マジか、ふざけんなよーという声があちこちから上がる。
それがニヤニヤ笑い交じりなのは、まさかこれが選ばれる筈は無いだろうと、誰かがふざけて候補に入れた演目だったから。
更に悪ノリした男子のグループが一斉にこれに投票して、多数決により、このふざけた演目に決定してしまったのだ。
「シンデレラだって。やば」
「劇とか恥ずかしいんだけど」
「やりたくなーい」
隣の席の女子が、前に座る女子と話してから、
「ねぇ?大森もそう思うでしょ」
そう、同意を求めてきた。
「……。別に…」
どうでもいい。
小さな声で応えたら、「うわ、他人事」と引いたように言われ、また前の席の女子とのお喋りに戻る。
……どうでもいい。何もかも。
眼鏡を直して、はぁ、と小さくため息をつく。
教室の、一番廊下側の列、その一番後ろが自分の席。
騒がしい教室の中で、ノートに目を落としてペンを走らせる。
今日の復習と、明日の予習しとかなきゃ。
学校では、勉強さえしてればいい。
別に勉強が好きな訳じゃないけど、他にすることが無いから。
文化祭も、休もう。
去年もそうした。確かその前の年も。
親は成績さえ良ければ文句は言わないし。
体育祭も休んだ。苦手だ。
皆で力を合わせて何かをするとか。
苦手。
だからどうでもいい。
早く終わればいいのに。「学校生活」なんて。
ただ息をとめて深い湖にでも潜って、時間が過ぎるのを待っているような毎日。
「……では次にー、配役を決めたいと思いまーす」
まだざわついている教室に、司会進行をしている、文化祭実行委員の女子の声が響く。
「この役やりたいとか、立候補する人いますかー?」
「はーい!」
一人の女子が手を上げて、
「立候補じゃなくて、推薦いいですか?王子様役は、若井がいいと思いまーす!」
男子からは、おー、というどよめき。
さんせー、いーじゃん、という女子の声があちこちから。
「じゃ、若井さん、やってもらえますかー?」
実行委員の女子が呼びかけた。
教室の、一番窓側の列の、一番後ろ。
ちょうど俺の反対側の席。
窓の外をぼんやり眺めていた横顔が、ゆっくりと振り向いた。
開いた窓から入る秋の風に、髪が揺れた。
「……別に、いいけど」
少し面倒くさそうに苦笑しながら、
「ま、王子の役なんて、俺しか出来ねーもんな?」
しれっとそう続けた若井に、うるせーよ黙れお前、という男子の声とクラス中の笑い声。
やばーい、という女子のひそひそ声。
若井。…若井滉斗。
スポーツ万能のサッカー部員。
男女問わず友人が多くて、いつも人に囲まれてる。
キラキラしてて、太陽の光がよく似合う。
自分とは正反対の存在で。
まぶしくて。
まともに見つめられなくて。
……そして多分向こうは、俺の存在すら目に入ってない。
「えーじゃあ…シンデレラ役は?」
誰かが言った途端、女子の間に緊張感が走った。
やりたい
でもムリ
恥ずかしいし
ねたまれるし
他の子に嫉妬されちゃう
あたしじゃダメだよね
可愛い子じゃなきゃ
クラスで一番の、とびきり可愛い子じゃなきゃ
だって、あの「若井」の相手なんだから。
そんな葛藤が痛いほど。
教室中に。広がるように。
「シンデレラ役、誰か立候補いますか?推薦でもいいですよ」
司会の声に、
『ねぇ、やりなよ。手あげなよ』
『えーやだ、ムリだって』
『やってみれば?
若井のこと、いいなって言ってたじゃん。
チャンスじゃない?』
『えーでもぉ…若井、他の高校にすごい可愛い彼女いるって』
『関係ないじゃんそれはー』
あちこちから、女子同士のひそひそ声の会話が聞こえてくる。
「……えっと、じゃあ……ハイッ」
一人の女子が思い切って手を挙げたその瞬間。
ほぼ同時に、数人の女子の手が挙がってしまった。
「あ、何人か立候補していただけました、が……」
黒板の前に立っている文化祭実行委員の女子が、困ったように黙り込んだ。
ここから、どうやって一人に決めればいいか、分からないのだ。
多数決…は、人気投票みたいで、選ばれなかった子が可哀想だし。
女子同士で喧嘩することになってもいやだし。
教室の隅で傍観している担任の教師も、助けてくれそうにないし。
どうしよう、どうしよう。
という顔をしているのを、見かねたのか。
若井が、静かに立ち上がった。
「じゃあ、俺が決めていいすか?」
「えっ?」
司会の女子が驚いたように、
「それは…でも、皆さんそれでいいですか?」
「いいでーす」
手を挙げた女子たちが笑いながら応える。
緊張と。
自分が選ばれるかも、という少しの自信と。
あの子が選ばれちゃうかも、というドキドキと。
「……じゃあ……」
若井が、ゆっくりと教室を見回した。
「誰を選んでも、モメそうなんで。一番、モメなさそうな人で」
…一番、モメなさそうな女子?
それは誰なのかと、少し気になって。
ノートから顔を上げて若井に目をやると、何故か。
ばっちり。
しっかり、目が合った。
「……大森」
はい?と司会の女子が聞き返す。
「シンデレラ役は、大森で。お願いします」
しん、と静まり返る教室。
「…………は?」
言われた言葉の意味が、よく分からない自分。
呆然とする女子。
騒然とする男子。
それらを全て置いていくように。
終了の時間を告げるチャイムが、教室中に、鳴り響いた。
コメント
1件
うわ、これは……めちゃくちゃ気になる終わり方だった。冒頭の「どうでもいい」って冷めた空気と、ラストの「大森」って呼ばれた瞬間の静寂のギャップがすごい。特別でもない主人公が、なぜか王子に指名される——その理由が全然わからないまま終わるから、続きが気になって仕方ない。文化祭の演劇っていう日常的な舞台なのに、そこに潜む人間関係の機微とか心理戦みたいなものがもう見え隠れしてて、高校の教室で起こる小さなドラマとしてはかなり密度が濃いなって感じたよ。