テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
うわ、めっちゃ良かった…!雅の不器用な優しさが刺さりすぎる。「一生に一度だしいいじゃん」ってサラッと言うとこ、照れ隠しでテレビ見るとこ、全部ツンデレの極みでしょ。フォトスタジオのやりとりも、あのエルボーも含めて最高の夫婦漫才だわ。最後の「許した」で一発で心変わりする夏帆の気持ち、めっちゃ分かる。格好良さは反則だよな🔥
ある休日の朝。今日は少しだけ早く起きて、溜まっていた家事を手際よく片付けることにした。
最近は金曜の夜更かしが祟って昼過ぎまで泥のように眠るのがお決まりだったけれど、昨夜は早めにベッドに入ったおかげで身体が軽い。仕事の忙しさが一段落した今、ようやく自分が人間らしく生きるための体力を取り戻せた気がする。
一方、夜型の”奴”は相変わらずで、いまだに寝室でぐっすりと夢の中にいる。
私と雅の生活リズムがズレているのは今に始まったことじゃない。今更気にすることでもないけれど、こんな風に天気のいい土曜日は、ふと「一緒に出かけたいかも」なんて思ってしまうこともある。
一人で歩く街は味気ないけれど、稼ぎ時である土曜日に彼を連れ回すほど、私も鬼ではない。
そう考えながら、リビングに掃除機をかけていると、寝室のドアが開く音がした。ふと視線を向けると、珍しく早起きした雅がノロノロと姿を現し、そのままソファへ倒れ込むように身を投げ出した。
「珍しく早いのね」
掃除機のスイッチを切ると、急に静まり返った部屋に私の声が響く。
「別に、気分」
今更知ってるわよ、あんたが気分屋な事くらい。なんて言葉は喉元で止まって引っ込んだ。
この男は本当猫みたいな人間で、気まぐれで面倒臭い。
「あ、来週の土日空けといてくんね?」
「は? 何で?」
「来週休み取ったから、写真撮りに行こ。もうフォトスタジオも予約した」
思考が停止し、唖然とした
今、この男なんて言った?
写真? スタジオ? 休み……?
雅の口から最も遠い場所にあるはずの単語が並び、困惑を通り越して笑いが込み上げてくる。だけど、ここで吹き出せば間違いなく不機嫌になり、面倒が怒るのは目に見えていた。
必死に笑いを堪え、問いかける。
「え、待って。どういう事?」
「結婚した記念写真?土曜日は衣装選んだり打ち合わせでそのまま最短で日曜日に撮ってくれるって」
普通そんな話とんとん拍子で行かないでしょと、そんなツッコミも出なくなる程驚いたし、あんなにタキシードなんてだるいとか言ってたのに?と考えて、ついに笑みがこぼれてしまう。
相変わらず素直じゃないというか、なんというか。
写真を撮りに行こうと相談もできない不器用さが、いかにもこの男らしい。
「何笑ってんだよ」
不機嫌な雅に尚更少し笑ってしまいそうになる。
「ねぇ、何の心変わりなの?」
「別に。一生に一度だしいいじゃん」
雅は投げ出すように言うと、逃げるようにテレビのリモコンを押した。意味もなく流れ始めたバラエティ番組に視線を固定し、こちらを頑なに見ようとしない。
この男は本当に素直じゃないから、その行為が何となく照れ隠しなのも分かってしまった。
本当におかしいと感じるのに、こういう所が愛おしい。
「そこまでしてくれるって思ってなかった。嬉しい」
「別に夏帆の為じゃねぇよ」
「何なの、ツンデレ?」
「誰がツンデレだよ、あほ」
呆れた様に笑っては、その後少しふといつもの表情に戻ってからは「本当に、俺がそうしたかっただけ」とだけ呟いて、またテレビの方を向いてしまう。
そのなぜの部分を聞きたいのに、きっと雅は答えてくれない。
迎えた土曜日、フォトスタジオの衣装合わせにて。
─────パシャパシャパシャパシャパシャパシャ
小気味よい連写音が、フィッティングルームの前に鳴り響いている。
スマホを構えてシャッターを切り続ける私。その隣で、スタジオ担当の女性スタッフが、引きつったような苦笑いを浮かべていた。
レンズの先には、もう何度目かわからない着替えに心底うんざりした顔の雅がいた。
タキシードは白、黒、ワインレッド、紺、グレー…、用意された全色を試してもらった。悔しいことに、どれも似合いすぎていて選べない。
ちなみに先ほど試着した袴姿も、語彙力が消え失せるほどに卒倒モノだった。
私はすぅっと深く息を吸い込み、恐る恐るスタッフへ向き直る。
「あの……、お金はいくらでも出すので全衣装着させてくれませんか?」
「あほか! そんな恥ずかしいお願いすんな!ぼけ!」
あほの次はボケと来た。口が悪い。
「奥様的に洋か和、どちらがお気に入りですか?」
スタッフが優しくフォローしてくれたが、私は苦悶の表情を浮かべるしかない。
「くッ……、お恥ずかしながらどっちも選べません」
「本当に恥ずかしい女だな、てめぇはよ」
雅は毒づきながら、紺のジャケットを脱いでハンガーにかけた。ベスト姿になったその背中さえ、格好いいとときめけてしまえる。
今日だけは何を言われようが、何をされようが許せる。
「てか、余計な事言って手間かけんな。夏帆の衣装合わせの時間無くなんぞ」
「いいわよ。あんたが主役だもの」
「花嫁より目立つ新郎は普通いねぇんだよ」
雅は呆れたように吐き捨てると、スタッフさんに「夏帆の衣装が決まってから決めます」と手短に告げ、着替え室へ戻っていった。
まるで魔法が解けたような気分だ。いつまでもあの王子様スタイルでいてほしいなんて言ったら、彼はまた眉間に皺を寄せて「この面食いバカが」と言ってくるのだと思う。
雅は私の衣装選びに付き合ってくれているが、当の私はどうにも気乗りしない。
自分のサイズに合うドレスを眺めては、できるだけ露出を抑えたデザインがいいか、なんて消極的なことばかり考えてしまう。
これといった憧れがあるわけでもなく、真っ白な衣装の群れを前に唸っていると、雅が呆れたように声を漏らした。
「……お前本当、おしゃれ好きなのにそんな興味無くす?」
「もうドレスの方が完成され過ぎてて私の方が劣りそうよね」
「そんな事ねぇと思うけど」
雅は無造作に一着のAラインドレスを手に取ると、私の背後に立った。鏡越しに、私の身体の前にドレスを合わせてくる。耳元に触れるか触れないかの距離まで顔を寄せ、彼は低く、甘い声を落とした。
「ほら、綺麗じゃん。なんだって似合うよ、お前スタイル良いんだから」
鏡の中の雅は、これ以上ないほど優しい眼差しを私に向けている。それを見ていたスタッフの女性は「まあ……!」と両手で口元を覆って、感動に目を潤ませていた。
確かに、これだけ見れば”妻に百点満点の回答をくれる理想の夫”に見えるだろうけれど……。
「あ、胸は盛った方が良いんじゃね?それか育乳しとく?」
撮影当日、目立つ所に傷がつかないよう、私は奴が衣装で隠れるみぞおちを狙って鋭いエルボーを叩き込んだ。
スタッフさんの感動を秒で粉砕し、雅は情けない声を漏らして悶絶する。
クズとカスは死ななきゃ直らない。
翌日。私たちはフォトスタジオに到着し、それぞれ別室で着付けとメイクを済ませた。
結局、あのみぞおちエルボー以来、家でも移動中の車内でも一言も口をきいていない。
あの後、険悪な空気のまま無理やり四着の衣装を決めた。一着目は色打掛、二着目はウェディングドレス、三着目にカクテルドレスを着て、最後はラフなリンクコーデ。
あれほど楽しみにしていたはずなのに、今はもうドレスなんて一着も着たくないほどに気持ちが萎えきっている。すべては、あの男のデリカシー皆無な発言のせい。
絶対に、今日一日は口をきいてあげない。
地獄のような空気で撮影して、後悔すればいい。
本気でそう思っていた。スタジオの襖が開く、その瞬間までは。
先に準備を終えていた雅が、ゆっくりとこちらを振り返る。黒の羽織袴。いつもは無造作に下ろしている前髪が艶やかにアップされ、端正な顔立ちがこれでもかと強調されていた。
「まだ不貞腐れてんの?」
雅が低く、呆れたような声を出す。その切れ長の瞳と視線がぶつかった瞬間、私の脳内会議は一秒で解散した。
「許した」
「は?」
その格好良さは反則だって何回言ったらわかるのか。
まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800