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夢汰🌩️

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伊波ライは、いつものように林檎を売っていた。
「おいしい林檎はいりませんかー?」
声は変わらない。笑顔も変わらない。
けれど少しずつ。
伊波の輪郭が薄くなっている。
「今日は何個売れた」
小柳が聞く。
「三つ」
「少な」
「最近はそんなもんよ」
伊波は笑った。
でも、小柳は笑えなかった。
昨日まで見えていた伊波の手が、今は少し透けている。
「……痛いのか」
伊波は首を傾げる。
「何が?」
「消えること」
少し間があって。
「痛くはないよ」
「じゃあ」
「怖い」
伊波は静かに言った。
「痛みなら我慢できる」
「でも」
「何も残らないのは」
「やっぱり怖い」
その夜。
二人は林檎売りの一族が残した地下室を見つけた。
古い本。
古い記録。
そして。
一つだけ残された赤い林檎。
「……これ」
伊波の顔から笑顔が消える。
「最後の林檎」
小柳が本を読む。
そこには、呪いを終わらせる方法が書かれていた。
『最後の林檎を、最も大切な者へ与えよ』
『そうすれば林檎売りの役目は終わる』
小柳は息を吐く。
「じゃあ」
「これを使えば」
「お前は助かる」
伊波は答えなかった。
その続きを読む。
『ただし』
『林檎を食べた者は』
『林檎売りに関する全ての記憶を失う』
沈黙。
地下室に、時計の音だけが響く。
小柳は本を閉じた。
「嫌だ」
伊波が小さく言う。
「ロウ」
「嫌だ」
もう一度。
強い声だった。
「忘れるくらいなら」
「俺はこのままでいい」
伊波は驚いた顔をする。
「何言ってるの」
「お前が消える」
「それと同じだろ」
「違う」
伊波は首を振った。
「違わないよ」
「俺がいなくなる」
「ロウが俺を忘れる」
「どっちも同じ」
小柳は拳を握った。
「違う」
「何が」
「俺が忘れるのは」
「俺が選ぶことじゃない」
「でもお前が消えるのは」
「お前が諦めてるだけだ」
伊波の表情が曇る。
「……俺は」
「たくさんの人を救ってきた」
「だから」
「最後くらい」
「誰かのためになりたい」
小柳は首を振った。
「違う」
「それは優しさじゃない」
「逃げだ」
伊波の目が揺れる。
「……」
「自分がいなくなることを」
「受け入れたふりしてるだけだ」
しばらく二人とも何も言わなかった。
やがて伊波が呟く。
「ロウは」
「俺が覚えていてほしいって思ってると思う?」
小柳は答えられなかった。
「俺ね」
「本当は」
「覚えていてほしい」
「名前だけでも」
「声だけでも」
「俺がいたってことだけでも」
伊波は赤い林檎を見る。
「でも」
「そんなこと願ったら」
「誰かを苦しませる」
小柳は静かに林檎を手に取った。
「じゃあ」
「俺が決める」
「ロウ?」
「お前が決めることじゃないなら」
「俺が決める」
伊波が目を見開く。
「何を」
「お前を生かす」
「待って」
伊波が腕を掴む。
「ロウ」
「離して」
「嫌だ」
「……」
「俺は」
「お前が忘れる未来が怖い」
初めて。
伊波は弱い声を出した。
「俺がいなくなっても」
「ロウだけは覚えてる」
「そう思ってたから」
「だから耐えられた」
小柳は目を伏せる。
「じゃあ」
「俺は」
「お前がいなくなる未来を耐えろって?」
伊波は何も言えなかった。
夜明け前。
小柳は最後の林檎を持っていた。
伊波は隣にいる。
少しずつ。
透明になりながら。
「ロウ」
「何」
「ありがとう」
「まだ言うな」
「……」
「別れみたいに言うな」
伊波は少し笑った。
「ほんと」
「諦め悪いね」
「知ってる」
そして。
小柳は林檎を口にした。
赤い光が二人を包む。
伊波の身体から、光が溢れる。
呪いが消えていく。
でも同時に。
小柳の瞳から。
伊波を知る光が少しずつ消えていく。
「ロウ」
最後に。
伊波が名前を呼ぶ。
小柳はぼんやりと彼を見る。
「……誰」
「そっか」
「成功したんだ」
小柳は知らない。
目の前の少年が。
どれほど長い時間。
自分の隣にいたのか。
どれほど大切な存在だったのか。
もう思い出せない。
それでも。
胸の奥だけが。
理由もなく痛かった。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第4話、読ませていただきました。 「忘れるくらいならこのままでいい」って言う伊波のセリフ、すごく刺さりました……。自分を救うために、相手に記憶を手放させる辛さ。小柳が「俺が決める」って林檎を食べたシーン、何も言えなくなった。 最後の「誰」「成功したんだ」のやりとり、胸がぎゅっとなりました。覚えてなくても、心の奥が痛むって、そういう愛し方もあるんだな、って。 重くて、でもすごく丁寧に書かれてて、好きです。続き、気になります……🌙