夏の終わり、駅前の信号待ちで、ひとつのヒマワリを見つけた。
アスファルトの割れ目。
誰にも世話されていないはずなのに、真っ直ぐに咲いていた。
高さは膝くらいしかない。
でも、しっかりと太陽の方を向いていた。
「こんなとこで、よく生きてるな」
誰に言うでもなくつぶやくと、
ヒマワリの花びらが、ひとひらだけ揺れた。
風はない。――まるで、うなずかれたようだった。
その日は仕事で、大きなミスをした帰りだった。
上司の声も、同僚の目も、自己嫌悪も全部、背中に重く乗っていた。
でも、そのヒマワリは、何も持たずに咲いていた。
翌日も、私は信号待ちで立ち止まった。
ヒマワリは、同じ場所で、昨日より少しだけ上を向いていた。
「昨日より、顔色いいな」なんて言いながら、笑ってしまった。
毎朝、会いに行くようになった。
“駅前のヒマワリ”は、私にとっての小さな救済だった。
誰にも気づかれない場所で、誰のためでもなく咲いているその姿が、
何かを失った私に、ちゃんと“まっすぐ”を教えてくれていた。
数日後、突然の豪雨があった。
帰り道、不安な気持ちで歩道をのぞいた。
ヒマワリは――倒れていた。
茎が折れ、花は泥にまみれていた。
胸が詰まって、近づいてしゃがみこんだ。
そのとき、声がした。
**「咲けたことが、もう奇跡でしょ?」**
幻聴だったのかもしれない。
でもその言葉に、心の奥がじんわりと温かくなった。
「そうか……そうだな」
私はそう返事をして、その場を離れた。
翌朝、ヒマワリの跡地には、誰かが小さな木の棒を立てていた。
花はなくても、そこに「誰かが咲いていた」という証のように。
私も仕事を辞める決心をした。
自分が咲ける場所を、もう一度探そうと思った。
歩道のヒマワリは、もういない。
けれどあの花が教えてくれた言葉は、
今も私の中で、しっかり根を張っている。
コメント
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