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焦茶色の木材で建設された巨大建築物。国民の利用頻度はさほど多くはないが、その者達にとっては欠かせない拠点だ。

 傭兵達が集うここはギルド会館。傭兵組合が運営する、彼らへの仕事斡旋場だ。

 入口から建物内へ入ると、その広さに圧倒されるかもしれない。

 だが、心配は不要だ。一見するとわかりにくいが、落ち着いて眺めればシンプルな構造に気づかされる。

 左手側には多数の椅子とテーブルが並べられている。武装した老若男女が料理にかじりついていることから、そういう場所だと一目でわかるはずだ。

 右手側が今回の目指す場所。立ち並ぶ掲示板を眺めながら進めばすぐにたどり着ける。


「あのう……」

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付の向こう側には女性が座っている。

 職員用のしゃりっとした制服。

 両サイドで束ねられた緑色の髪。

 眼鏡が似合う理由は知性的な顔立ちのおかげか。


「相談したいことが……。あ、僕は等級二のウイルです」


 実家の次はギルド会館へ。

 ウイルが帰国した理由は二つ。

 薬を届けることと、ここで協力者を探すためだ。


「相談と申されますと、依頼の発行でしょうか?」


 この女性は職員だ。傭兵の仕事とも言うべき依頼の受発注を行うための窓口を務めており、忙しくはないが決して暇でもない。


「依頼……になるのかな? 実は……」


 ウイルはミファレト荒野での出来事をかいつまんで説明する。

 巨人族と遭遇したこと。

 等級三の傭兵が手も足も出せず完敗したこと。

 その巨人の特徴と、未だ健在だということ。

 そして、すぐにでも討伐したい旨を。


「なるほど、お話は理解致しました。ウイルさんのギルドカードをご提示頂けないでしょうか? その魔物と戦闘記録を確認致します」

「お願いします」


 ギルドカード。長方形の小さなそれには神秘とも言うべき機能が盛り込まれている。

 所有者の情報。

 依頼の達成状況。

 遭遇および討伐した魔物に関する記録。

 そして、それらの照会。

 歴史的な発明だ。数ある魔道具の中でも突出して神がかっている。

 発明者は謎多き錬金術師。

 しかし、既に他界しており、彼女は伝説として語り継がれている。


「これは……。確かに、お話頂いた通り、厄介な案件ですね。私もエルディアさんのことは存じております。色々と目立つ方ですしね」


 そう言いながら、受付の職員はウイルにギルドカードを返却する。

 内容は専用の装置で読み取り済みだ。こんな小さな子供がミファレト荒野までの往復を達成したことも含め、ログは目を疑う情報の集まりだった。

 とりわけ、巨人族との遭遇および逃げ切れたことが彼女を心底驚かせる。


「僕の見立てでは、討伐には等級四の傭兵が複数人必要だと思います。エルさんは、その、実力だけなら等級四だと思いますし」

「そうですね。彼女の実績なら四であって然るべきかと予想されます。ですが……」


 言い淀む職員と次の言葉を待つ少年。建物内の喧騒が二人を包む中、状況は思わぬ方向へ進展する。


「この巨人を特異個体として認定することは難しいと思います。なぜなら、等級三の傭兵が巨人に敗れることは日常的ですので、傭兵組合としましては様子見となってしまいます」


 エルディア・リンゼーは登録上は等級三の傭兵だ。実力がその上であろうと事実こそが優先される。

 特異個体。計り知れない強さで傭兵を退けた、脅威足りえる魔物。傭兵組合にそう認定された存在には懸賞金がかけられ、その金額や強さを考慮して傭兵達は討伐に向かう。

 その様相はそれこそ多種多様だ。

 牙が異常発達した個体。

 体が大きな個体。

 甲殻の色が他と異なる個体。

 もっとも、見た目が周囲の同族と異なるだけなら危険ではない。特異個体に懸賞金がかけられる理由は、その強さが他より突出して高いためだ。

 左腕を失ってもなお、等級四相当の傭兵を破った巨人。この個体にはその資格があるように思えるが、傭兵組合は判断を先延ばしにする。エルディアの等級が三であるため、紙の上ではごく普通の出来事に過ぎないからだ。


「そ、そうです、か……。でしたら、僕の方で対応したいと思います」


 ウイルはうなだれながらも立ち止まらない。

 この作戦は初めから他力本願だ。エルディアですら敵わなかった隻腕の巨人を、誰かに倒してもらう。

 その手段として、特異個体に指定してもらい、懸賞金に喰いついた実力者に同行するつもりでいた。

 だが、その方法が絶たれた以上、別の手段を模索する。

 つまりは、自ら勧誘する。

 エルディア以上の強者を。

 そして、一人ではなく複数人を。


「ご存じだったら教えて欲しいのですが、等級四の人達って今日ここにいますか?」

「え~と、確か……」


 泥臭いやり方だ。

 しかし、手段は問わない。

 本当ならば、ウイル自身で倒したい。もっとも、そんなわがままは許されないと重々承知している。

 夢みたいな話だが、時間をかけさえすれば、いつかは可能かもしれない。

 何年も鍛錬し、傭兵として場数を踏めば、現時点のエルディアよりも強くなれるかもしれない。

 現実は非情ゆえ、届かない可能性は十分ある。

 それどころか、道半ばで死んでしまうかもしれない。

 どこかの誰かに例の巨人が討伐されてもおかしくはない。

 なんにせよ、結果は不鮮明だ。


(すぐにでも殺したい……)


 これこそが、ウイルの最たる願望だ。

 エルディアを瀕死に追いやった巨人の存命を、一秒足りとも許すことは出来ない。

 つまりは、怒っている。

 恨んでいる。

 だからこそ、一刻も早く倒すために少年は足早に歩く。

 到着だ。

 職員から教えられたテーブル。そこには三人の男女が食後の時間をゆるりと過ごしている。

 漂う匂いは残り香だけではない。別の場所では何人かの傭兵が昼食の最中だ。

 食事の音と談笑があわさるのだから、ここが静かなはずがない。

 喧騒の中を、小さな言葉が走る。


「あの、すみません」

「うん?」


 突然の来訪者に、最も長身の男が反応する。


(子供、貧困街の孤児か? いや、違うな)


 その姿はあまりにみすぼらしい。家も両親も失い、道端で飢えに苦しみながら生活しているような不衛生さだ。体の汚れ具合や痛んだ衣服がそうだと証明している。

 だが、違う。

 この男は即座に見抜く。

 左腰には短剣があり、なにより少年の眼光が死んではいない。それどころか野心すら抱いており、その力強さはまさしく傭兵のそれだ。


「皆さんが等級四だとお聞きしました。そ、それで、お願いしたいことが……」

「それって依頼ってことか? しかも直接? まぁ、内容と金次第……か? なぁ、ディーシェ」


 ウイルの発言を受け、別の男が顔をしかめながら返答する。


「そうだな。君は……、君も傭兵?」

「あ、はい、そうです。ウイル・ヴィエン、等級は二です」


 ディーシェと呼ばれた長身の傭兵。年齢は二十代半ばと言ったところか。落ち着きを払った物腰はまさしく年相応だ。

 金色の髪は長く、顎付近まで伸びており、前髪は左右に分けられている。

 瞳の色は青。端正な顔立ちにはやさしさと意思の強さが感じ取れる。

 真っ白な重鎧。

 青色の盾。

 白金の片手剣。

 そのどれもが一流の証だ。

 この時点でウイルは察する。彼らは本物だ、と。

 なぜなら、装備品の総額が千万イールを優に超えている。金持ちですら躊躇する金額だ。

 単なる成金ではない。優秀かつ、それに似合った金の稼ぎ方を知っている傭兵だ。

 エルディアとは方向性の異なる強者であることは間違いない。

 行き当たりばったりでは生きていない。

 三人という強みを活かして活動している。

 ウイルは一瞬で推察してみせるも、その全てが正解だ。


「傭兵が傭兵に仕事を依頼だぁ? はぁ、面倒そうだぜ」

「も~、すぐ愚痴る。私はトュッテ、よろしくニャン」


 残りの二人は対照的だ。

 男の髪はオレンジ色。短く、さっぱりとしている。その態度はふてぶてしく、やる気のなさを隠そうともしない。

 一方の女は笑顔を振りまく。薄緑色のショートヘアは小顔と合致しており、人懐っこい表情は同姓異性問わず惹きつけるだろう。


「あ、よろしくお願いします。依頼の前に一つお尋ねしてもよろしいでしょうか? 皆さんは、単独で巨人族を倒せると思うのですが、相手の数が三体だったら、どうでしょうか?」

「それはつまり、一対三。もしくは三対九ってことかな?」

「そ、そうです……」


 不躾な質問だ。最初の一手としてはお世辞にもスマートとは言えない。

 それでもそうする理由は、この件がそれほどに物騒な内容だからだ。

 率直に、言い繕うことはせず、本質を問い、回答を待つ。


「巨人を九体~? 多すぎだろ、こいつ馬鹿か。ってか、本当に傭兵かぁ?」

「例え話でしょ~。三人がかりで九体……、まぁ、うん……」

「問題ない。もちろん、一対三でも」


 白鎧の傭兵は断言する。根拠も自信もあるのだと、初対面のウイルでさえ感じ取ることが出来た。

 ゆえに、面食らう。隻腕の巨人を倒せそうな実力者があっさりと見つかったことと、その上彼らは三人組のようだ。

 この世界は広い。そう実感しつつも、欲が沸き上がる。

 この好機を逃したくはない、と。


「……で、依頼ってどんなだ? あと、金も用意出来てるんだろうな?」

「あ、その……、巨人を、ものすごく強い巨人の討伐を、お願いしたいです。お金……、払える報酬は五万イールしかなくて。それでも大丈夫でしょうか?」


 五十万イールから始まったウイルの所持金は、度重なる旅の果てに随分と減ってしまった。

 武器。

 調理道具。

 マジックランプ。

 地図。

 衣服。

 拭き取りシートを筆頭とした消耗品。

 食べ物。

 そういった物を買い続けていれば、懐は冷え込む一方だ。

 傭兵にはなれたが、まだ一イールも稼げてはいない。

 ゆえに減って当然、増えるはずがない。


「相手は普通じゃない巨人、と。そのための前置きか。そいつはどこにいるのかな?」

「ミファレト荒野です」


 長身の男がやさしく問うも、少年の返答がもう一人の男を笑わせる。


「ぷっ、おいおい! そんなところに巨人族はいねーよ。ミイ荒野あたりの間違いだろ?」

「も~、最後まで話は聞く!」

「いてっ! テーブルの下で蹴るなよ……」


 ミイ荒野。巨人族に支配された遠方の大地。人間が王国を建国したように、巨人達はその地に砦を建て、戦争に備えている。


「ミファレト荒野か……。二つ、訊いてもいいかい?」

「いやいや、それ以前だぜ? 五万イールってのは、なしだ。却下だろ、こんな話」


 橙色の短髪を押さえながら、傭兵は吐き捨てるように言い切る。

 訪れた沈黙は誰も否定出来ないからだ。その提示額は相場を完全に無視している。全財産であろうとなかろうと関係ない。決して飲めない金額だ。

 等級四は、傭兵の中では最上位だ。制度上は等級八まで存在するも、等級五から上はおおよそ不可能な領域であり、それを裏付けるようにこの百年間で至った者はいない。

 ゆえに、傭兵の等級は四までと言われており、眼前の三人はそういった者達だ。

 彼らを何日間拘束するかはわからないが、たったの五万イールで雇おうとしているのだから、あまりに手前勝手な話と言える。

 金額だけを見れば安くはない。庶民の一か月あたりの稼ぎが二十万イール程度か。その四分の一なのだから、決して少額ではない。

 しかし、不足している。

 なぜなら、この傭兵達は三人だ。五万イールを三人で分けるのだから、巨人討伐の報奨としては少なすぎる。

 仮に往復で一週間の仕事と考えた場合、彼らは三人がかりでその程度の金額しか稼げないことになる。

 今回ばかりは、大人しく退くしかない。


「……わかりました。少しだけ、お時間をください」


 一時撤退だ。提示額が足りないとわかったのだから、ここからはなりふり構わず動く。

 もちろん、ウイルはまだ諦めない。この三人に希望を見出したのだから、食い下がるつもりだ。


「一つだけ教えてくれないか。おそらくは君が出会ったのだろう、その巨人……。どうして、すごく強い、と判断したんだい?」


 冷静に、そして淡々と、少年の後姿に語りかける。ディーシェという男はその点が引っかかっていた。等級二の傭兵には巨人族の強さが理解出来るはずもなく、強いと表現したその理由を聞かずに立ち去られたくはない。


「旅に同行してくれた、等級三の……、ううん、実力だけなら等級四のエルさんが手も足も出なくて……。しかも、いたぶるように……! だから、許せないんです! あの巨人も! 何も出来なかった自分も!」


 その刹那、三人は見逃さなかった。少年の周囲の風景がわずかに歪んだことを。

 体から湯気のようなものが出て、心綺楼のような現象を引き起こしたのか。

 それとも単なる見間違いか。

 なんにせよ、その違和感は一瞬だ。ゆえに確認することもせず、小さな後ろ姿を見つめ続ける。


(諦めない……、絶対に!)


 ウイルは歩き出す。

 現状が悔しくて仕方ない。

 誰かに頼らなければ敵討ちすら出来ない己の不甲斐なさ。

 報酬すら満足に用意出来ない経済力。

 子供だからという言い訳は通用しない世界だ。涙を流そうと、歯を食いしばろうと、何も解決してくれない。

 だから歩く。今は金を工面せねばならず、そんなことは泣きながらでも可能だ。

 小さな後ろ姿を見届け、残された三人は気まずさと共に口を開く。


「やめだやめ。最低でも十万、もしくは二十万の仕事だろ、これ」


 男の名はサキトン・スクーラー。荒々しい言動だが、仲間想いでもある。

 だからこそ、断った。

 はした金で不必要な死地に乗り込む必要などないと考えてのことだ。

 まとっている防具はハーネス鎧。青く塗装された魔物の皮を装甲代わりにして、それらをハーネスで繋ぎ留める。軽さと打たれ強さを両立しており、機動性を重視する傭兵ならこれを選べば間違いない。


「え~、あの子がかわいそうだよ~。あ、ニャン」


 彼女の名はトュッテ・ツーキャッツ。マッシュショートという髪型は、その名の通りマッシュルームのような輪郭からきている。薄い緑色の髪が顔に覆いかぶさっており、そういう意味では以前のウイルにいささか似ている。

 杖を愛用しているのだが、防具はローブではなく鎧だ。胸部と腕を守る白い装甲。これもまた、超高級品に分類される。


「等級四を倒す巨人……か。珍しくはないけど、少し気になるな」


 この男がリーダーだ。

 ディーシェ・ダイムス。軽い金属で作られているとは言え、その鎧は決して軽量ではない。それでも悠々と座っていられる理由は、それだけの身体能力を誇るということだ。


「出張ってくる連中は雑魚ばっかだけど、砦を守ってる奴らはけっこう強いからな。そういうのがミファレト荒野に迷い込んだ。そんなところだろ? 割に合わね~、却下却下」


 ディーシェやサキトンが言う通り、巨人族を全て同列で語ることは出来ない。人間がそうであるように、巨人もその強さは千差万別だからだ。

 非力なウイル。

 屈強なエルディア。

 弱い巨人。

 強い巨人。

 つまりはそういうことだ。

 隻腕の巨人は侮ってはならない個体だった。そう結論付け、その傭兵は話を切り上げようとする。


「お仲間さんがやられちゃったって、あの子は仇を取りたいんでしょ? さくっと倒してあげようニャンよ~」

「変なところに語尾をつけるな……。だったら、なおさらあいつが自分の手で倒せばいいだろうが。なんで俺達が……」


 上目遣いのトュッテを無視して、サキトンはオレンジ色の髪をかきむしる。

 その言い分はもっともだ。ウイルのやり方は傭兵としても人間としても怯弱だろう。


「等級三の……、あぁ、思い出した。エルディア、エルさん、彼女のことか」

「お、知り合い?」


 リーダーの発言に仲間が食いつく。


「新人潰し……って言えばわかるはず」

「あ~、聞いたことあるな。確か……」

「新人を見かけたら色々手伝ってあげるけど、いつも無茶しちゃうからその子達が次から次へと傭兵を辞めてくってやつ?」


 エルディアは決して有名ではない。しかし、傭兵という世界は案外狭い。噂話はあっという間に広まってしまう。

 もっとも、エルディアの件に関しては嘘偽りない事実だ。


「ああ。一緒になったことはないけど、相当の実力を持ち合わせてる、とは聞いたことあるな。等級四っていう言い分も嘘ではないのだろう」

「だったら昇級すればいいだけだろ。まぁ、面倒だし金かかるし、やりたくないって気持ちもわからなくはないけど……」


 サキトンの言う通り、等級四への昇級試験は高難度だ。

 巨人族を一体、単身で討伐する。

 その様子を傭兵組合の職員に見てもらい、合格を証明してもらう。

 職員を同行させて狩場まで移動しなければならない上、安全を期すため軍人にもついてきてもらう。

 この時点で面倒極まるが、申し込み時に五十万イールを支払わなければならず、その出費が傭兵にはとても厳しい。

 三人なら百五十万イール。その金額は、平均的な年収の半分近くに匹敵する。

 高額だ。それでもこの三人組は等級四へ昇りつめた。

 それだけでも優秀だとわかる。等級の数字がそのまま強さに結び付くわけではないが、この三人においては十分な証明足りえる。


「さっき聞きそびれたことがあるんだが……」


 ディーシェは長い金髪を揺らしながら、背もたれに体を預ける。


「二人がかりで巨人に挑んだ。返り討ちにあって仲間はやられた。じゃあ、あの子はどうやって逃げ延びた?」

「そういえば不思議ニャン」

「仲間を見捨てて逃げ出したんだろう?」


 リーダーの発言は純粋な疑問だ。想像しにくい状況ゆえ、歴戦の傭兵であっても真実は見つけられない。


「じゃあ、彼女はその場で殺された、と」

「そうだろうよ。だから、あの坊主も必死なんだろ? 復讐ほどありきたりで分かりやすい動機なんかねーし」

「ニャンと悲しい……」


 少ない情報ではそう誤解しても不思議ではない。むしろ当然の推測だ。

 ウイルとエルディア。二人の関係および旅の動機はイレギュラーだった。事情を知らない者には傭兵二人組の単なる遠出としか映らないだろう。


「はいはい、にゃんにゃん」

「む、馬鹿にしてるニャンね」

「してる。だって、すっごい馬鹿っぽいし」

「ムキーッ! お仕置きニャン」

「いてぇ! だから蹴るなって! この野郎!」


 醜い喧嘩の勃発だ。

 その横で、リーダーは天を仰ぎながら考え込む。


(この件で傭兵組合は……、すぐには動かないか。だから、ウイル君は俺達を頼った、と。ミファレト荒野に現れたということなら、結界のおかげでこちら側には来れないはず。被害が増えることはなさそうだが……)


 それでも心配だ。飲みかけのコップを手に取り、そっと口へ運ぶ。


(王国軍が動くとも考えられない。と、なると……、その巨人は放置されるのか。場所が場所だから構わないけど、気持ちよくはないな)


 巨人族の討伐は、本来ならば軍人の仕事だ。そのための部隊が組まれており、所属する若者達は日々厳しい鍛錬に励んでいる。

 傭兵が巨人族を倒しても構わない。禁止する理由がないからだ。

 巨人は多数で動くことが多い。数人の傭兵では足止めすら不可能だろう。

 そのための軍隊が先制防衛軍であり、遠征討伐軍だ。

 大勢の軍人が足並みを揃えて戦う。数は強みであり、そういった点は傭兵には真似出来ない。


(折角だし、俺は受けてもよかったが、五万イールか……。飯代にはなるが、本気出せば夜には帰って来れ……、いや、探すのが面倒だな)


 ミファレト荒野は非常に広大だ。荒んだ大地がどこまでも続くのだが、そんな場所で魔物一体を探すとなると骨が折れる。

 この三人がどれほどの脚力を持ち合わせていようと、隻腕の巨人と出会うためには相応の時間がかかるはずだ。

 予定が立てづらい。こういった依頼はそういった面でも頭を悩ます。


(まぁ、待ってあげよう)


 髪をかき分け、ディーシェは瞳を閉じる。

 すぐ隣では子供じみた争いが今なお継続中だ。決して本気ではないがそれでも十分騒がしい。周囲の傭兵に迷惑がかかるはずだが、ここはギルド会館、喧騒は許容される。

 今は待つ。

 少し時間が欲しい。依頼主がそう言ったのだから、食後の休憩も兼ねてくつろぎ続ける。

 三十分後、頑丈な扉はその少年によって再び開かれる。

 汚れた衣服を着替えもせず、灰色の髪も本来は綺麗なのだが今は砂埃でみすぼらしい。

 鼻息が荒い理由は己を鼓舞しているだけではない。乱暴なやり方ではあったが、軍資金を積み上げられたからだ。


「お、お待たせしました!」

「うん」

「おう! 腹タプタプだぜ」

「ニャン」


 二度目の客人に三人は視線を向ける。


「十万イールを用意出来ました。ど、どうでしょうか?」


 倍額だ。

 そして、サキトンが提示した最低額に達している。


「ち、しゃーねーな。やってやるよ」

「ぷぷー、何だっけ? やめだやめ。最低でも十万、もしくは二十万の仕事だろ、これ。だっけ? ぷぷー、はっずか痛っ!」


 ガツン。テーブルの下で誰かが誰かを蹴り飛ばす。その衝撃は凄まじく、被害者は泣きべそをかきながら悶えることしか出来ない。


(ふぅ~。所持品全部売っちゃったけど、背に腹は代えられないし、うん、良しとしよう)


 足りなかった五万イール。ウイルはそれを、全ての持ち物を売却することで捻出してみせた。

 数える程度しか使っていない食器。

 新品同様の調理器具。

 未使用の衣服と下着。

 まだまだ使用可能なマジックランプ。

 旅に必須の地図。

 金に換えられそうな物は手あたり次第に売り払った。

 その結果が五万イール。

 併せて十万イール。

 ブロンズダガーとマジックバッグは手放さずに済んだのだから、傭兵としての心構えは保てている。

 端数程度の小銭も残ったが、そんなものは一瞬で消え去るだろう。


「君さえよければ、俺達はいつでも発てるよ」


 今はまだ昼過ぎ。準備に時間がかかるのなら別だが、問題ないなら進むべきだ。


「はい、お願いします」


 ウイルもそれはわかっている。体が小さく震える理由は武者震いか、恐怖を思い出してしまったからか。

 それでも立ち止まらない。傭兵を三人も雇えたのだから、これから宿敵の討伐に向かう。

 もし叶うのならば、他人に頼りたくはない。傭兵らしく、自らの手で葬り去りたい相手だ。

 残念ながら、そんなことは夢のまた夢だ。それをわかっているからこそ、今回限りの方法で戦場へ赴く。

 最後だ。

 こんな方法は二度と御免だ。

 頼ることは悪くない。しかし、頼りきってはダメだと、十二歳の子供は前回の旅で痛感した。


「行くぜ」

「出発ニャー」


 さんさんと輝く太陽に見守られながら、四人は王国を後にする。


「遠いけど、大丈夫かい?」

「は、はい!」


 この旅の果てに少年は知ることとなる。

 人間と巨人と魔女の三すくみが、それだけに終わらないことを。

 弱肉強食という仕組みには抗えないことを。

 この世界の複雑さを。

 青い空。

 緑色の平原。

 土色の大地。

 そこに立つ、四人の傭兵。

 新たな旅が始まる。

 あっという間に終わりを告げる、充実した時間が流れ出す。

線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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