コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
爛漫
「師兄。桜を見に行きはべらざるや」
僕がそう問ひ掛くと師兄はゆっくりと口を開きき。初期の頃は棘のある言ひ方なれど今はいみじく優しき口調になりたり。いかなる師兄も僕は素敵なりと思ふ
「3月下旬より4月上旬頃が見所なるにはべり」
「他の奴と行かば良し。」
「師兄とゆかしければ誘ひたるにはべり」
僕がさる事を言ふと師兄は溜め息をつきて僕を見き
「仰せのままに」
仰せのままには師兄の口癖なり。僕はこの言葉を聞くがいと好きなり
師兄が言へばこそ好きになれしか。師兄は僕に問ひ掛けき。
「花に高価がありと思ふや」
「分からず。でも僕はありと思ふ」と僕は応えた。師兄は少し黙り僕に教へてきたり。其の言葉は何処か空洞があってぽっかり穴が空きたるやうに感じき。何かを提唱するやうに感じき
「花には高価があり。綺麗なる物程良き物。美しき物は期待出来る物なりと人々は感ず。でもそれは人が決めた事で実情、同等なる価値に過ぎぬ 」
「此の国で最も高貴なる花は菊なり。もし私が嘘を吐き桜の方が高貴なりと言ひせば、お前は信じむ。 」
「労しきは誰が何を言ふかなる。誰かが此は最も適する物なりと言はば皆納得せむ。何ともふつつかで天真爛漫なり」
桜の木を見ながら師兄は言ひき。師兄は何を頭を浮かべながら物事を言ひたるや、未だいはけなき僕には理解出来ざりき。僕がうんともすんとも言えないでいると師兄は続けてこう綴る
「希望を与へきとすれども美しき花はやがて枯れてしまふ。」
「人とも何とも浮雲朝露なり。手に取らざらばと思ひぬ」
汪渕は無心になりて応えた。何も考えずにただ無邪気に応えた
「師兄はそう考へはべるが、僕は其こそ人生といふ物なれと思ひはべり」
「……いかなる風に」
「手に取らば分かる事はここらはべり。例えば中身が見えぬ巻物。其を開かばもしかしせば何も書いてゐざるやも知れずし、もしかしせば素敵なる物かも知れず」
「人によりて高貴なりと思ふもは違ひて良きにはべり。師兄の思ふ高貴は何にはべるや」
「誰かに実感して貰ふのみが其の実なりとは思ひては駄目にはべりよ」
汪渕は師兄に指を指して少し微笑んなり。其を見し師兄はただ黙る事しか出来ざりき
「師兄は後悔しているかもしれはべらざるが、手に取りしかば今があるならざりはべるや。人生とはさるもんにはべり」
「手に取る取らないならず。その後の行動次第にはべり。」
汪渕は傍にありし丸太に乗り師兄を見下ろしき。ビュンッと風は吹ゐたりて師兄の綺麗なる漢服はゆらゆらと揺れたりき
「師兄は少し過ちしのみにはべらむ。次は上手くやりはべらむ」
「もう人を失わずに済むやうに。此の私、師兄の徒弟 汪渕が心を込めてご奉仕仕りはべらむ」
手を伸ばす汪渕を見て師兄は心に揺らぐ物がありき。人とはふつつかで残酷なる物なり。失ふくらいならば最初より手を付けざらばと何度も考へ後悔したりき。でも人といふは此方がいくらいみじき事を考へ、手を付けずに居ると言ふを近寄ってくる物なり。心を閉ざすれども何とかして空けようとしてく。さる彼らに心を開きぬ。何度も閉じれども英雄が心を開きてく。無邪気に笑ひかけ私を誘ひてく。私が思ふ高貴といふは徒弟、いや汪渕。お前自身なり。私がお前をお前が私を手に取りしかば今があり。人生とはさる物、手に取る取らないならず。その後の行動次第。さる綺麗事なりとすれども私には響く物がありき
「上手くやりてくるな」
「仰せのままに」
誰かが言ひしなり。美しき物は遠くにあれば綺麗なる物。確かなりさうなるやも知れざるが、私はそうとは思へざりき。近くに居るよりこそ綺麗と思ふなれ。近くにゐばゐる程綺麗なりと確信出来る。会へて良かりきと思ふならざるや。私にとりて高貴なるものとは汪渕なり。汪渕こそが生きていく道しるべさ。この其の実はいつまでも変はらじ。其なるをいかで私はかかるにも落ちぶれてゐるや。
虚しくてしょうがなし。幼き私が問ひ掛けてく。何度も何度も問ひ掛けてく。鬱陶しきくらいに問ひ掛けてく。 いかなるに素敵なる人が現れたとすれども結局私は寛容師兄を忘るる事は出来ず。何度も重ね比べなむ。されど何れも此も結局は提灯に釣鐘。形は覚えたるが重さがまったく異なり比べ物にならなきならむや。人々は忘れなさいと言へど、他人に言はれ行動に移せてゐせば遅かれ早かれ忘れてゐけむ。過ごしし時間に価値がなからば勝手にお前何ぞ忘れたり。価値がありと思はば思ふ程忘るる事等出来ざるなり。今はもうよき、忘るる事が出来ざれども私はもう諦めてゐる。諦めすら出来るならば何なりって良からむ。
「師兄の為に、家の周辺に桜の木を植ゑしにはべり」
「私の為に?」
「見に来てくれはべるや」
無邪気に笑ふ汪渕が傍に居てくるる以上の幸福はなし。私にとりて支えと言ふは此の事ならむ。未だ素直になれないのかもしれず。来世では素直にならまほしと心より思ひたり。必ずと言ふ。心に誓はむ
「桜の花言葉って幾つかあるにはべりよ」
「例えば」
わざわざ私の前に来て汪渕はかむ綴った。
「精神の美。師兄にピッタリなりと思ひはべらざるや」
「……戯れたり」
笑ひながら汪渕は歩み出しき。汪渕は知ってゐむや。桜の花言葉は未だ意味が綴られてゐる。何れも此も私に似合はぬ物なるが、お前に伝ふるには丁度良き物があり
「桜の花言葉はフランス語で」
「私を忘れざりて」
例へ私が生くる為に何か犠牲にならなければならなければはあらば、私の幸福を捧げよう。何か代償として捧げが必要ならば私の身を捧げよう。神様が私の耳を失くしきとすれども目を潰されきとすれども、私は誰も憎まなし。憎む程私は愚か者ならず。ゆめ憎む事が不幸の前兆なるならず。私にとりて憎むと言ふ行為は、悲痛なる出来事なり。お前の声が聞こえざれども、お前の姿が見えざれども私はきっとお前を見つく
「師兄、何か言ひはべりしや」
「徒弟。羽目に陥る時は私が奨励する為にお前に花を捧げよう」
「何の花にはべるや」
「桔梗」
私が口を滑らせれば汪渕は其に乗っかるやうに口を滑らす。「其じゃ、桜の木の隣に桔梗も植えときはべり。必ず見に来たまへ」なんて事を言ひ汪渕は走り出しき。この先、行く手は無しと言うのにまるなるかのごとく汪渕は走り出す。汪渕を超えるる人は居なし。汪渕以上に私が求めてゐる物を丁度良き好機でくるる人はきっと居なからむ。
「徒弟。行く手はあるや」
私がそう問ひ掛くと汪渕は自信満々に「なし」と言ひ切りき。汪渕らしと私は静かに微笑んでゐき。汪渕は何処に行くか暫し悩みたりし。腕前も良くなりたり。帰れども良しと言ふが汪渕は其は望まなかりき
「師兄の行かまほき所に行きはべらむ。此の僕が永遠に御使ひ仕りはべらむ」
最初より分かりたりき。初めより汪渕の目的は、私の傍に居れるならば其で良しと。汪渕は何時迄も何時迄も私にまめで居るならむや
「徒弟。此方へ来なさい」
座り場所を見付け汪渕を呼びき。汪渕は師兄の言ふ通りに動き、師兄の隣へと座りき。汪渕は師兄に何を言はるるか内心ドキドキしたりし。さる期待を裏腹に師兄より出づる言葉は浅ましき事なりき
「徒弟。君はいみじ」
「僕がいみじ?」
思わず聞き返しにし汪渕はしまひきと言ふ表情をし口を塞いなり。師兄はさる汪渕を差し置きゆかむ話し続けた
「尽くしてくれむ」
「ただ僕は師兄の為に何かをせまほしと思ひしのみにはべり。深き意味はなく、ただ其のみ…」
汪渕がそう呟くと師兄は椅子より降り汪渕の視線の高さに合はせ、こう綴った
其も今までとは違ふめる優しき口調で汪渕に話し掛けき。
「誰かの為に何かをするは簡単なる事ならず。其をお前は軽々とこなせる。さる人は滅多に居なからむ」
師兄の言葉に汪渕はいみじく驚きたりき。
「さるお前を私はゆかしと思ふ。そう思へども過言ならじ。気の毒なりと思ふが気にせぬ方が気の毒ならむ」
「師兄…」
「お前への思ひを断ち切らないといけなしとすれども私はきっと思ひを断ち切る事はなし。なるがお前が其を望まなきならば話は変はらむ」
師兄の言葉に汪渕は無邪気に問ひ掛けき
「さるに?」
「さるになり。私にとりて至福と言ふは此の事なり。お前が幸せならば其以上は望まなし」