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「新車40台、中古車12台、保険20件、割賦20件、タイヤ20セット、エンジンオイル割引券20セット、必ず売るぞ!!」
「おー!!」
イベントは宮内の号令で始まった。
店内にいつもとは違うイベント用のポップな音楽が流れる。
展示車を外に出し、テーブル席を増設させたショールームは、いつもより狭く感じた。
イベントの目玉である屋台セットの最終点検をすますと、麻里子はそれを見上げた。
「駄菓子屋、ですか?」
隣に結城が並ぶ。
「お、正解!!」
麻里子は言いながらトレーを並べ、その中に段ボールから出した駄菓子を入れていく。
「みてみて、ほら、ヨーグルトの駄菓子あるよ。あ、こっちはきな粉棒!懐かしいね」
微笑んだ麻里子に、結城は軽くため息をついた。
「楽しそうすね」
「そりゃあね」
麻里子は得意そうに結城を見上げる。
「なぜならこの駄菓子屋を提案したのは、私なのです」
「へえ」
「見て、これ」
赤いチケットを見せる。
「5枚で1セット。このチケットと駄菓子を交換するの。ただもらうより、自分で選んで、チケットと交換する、ってのが子供は楽しいんだよね」
「ーーーー」
結城はそれを受け取ると、切れ込みに沿って互い違いに折った。
「こういうチケットをちぎるのも楽しいよね」
その手を覗き込んだ麻里子に、結城は相変わらず読めない顔をしてこちらを見下ろした。
「子供の気持ちがよくわかるんですね、麻里子さんは」
「ーーーーへ?」
「子供が好きですか?」
「ーーーー」
(え、何、この質問)
「違うか。心が子供なのか。麻里子さんは」
結城が微笑みながらチケットを麻里子に返すのと、宮内の手を打つ音が響いたのは同時だった。
「よし。店開けるぞ!あとはサポートの人に任せて。営業は商談に集中しろ」
宮内のよく通る声が、ショールームに響き渡る。
「頑張ってくださいね」結城が再度微笑む。
「結城係長~」
麻里子の返事より先に、甘い声が響く。
振り返ると、今年度から経理に入社した、坂井英梨(さかいえり)が立っていた。
「私と係長は、この駄菓子コーナー担当ですって。よろしくお願いしま~す」
「普段一緒にいるんだから、イベントぐらい別でいいのにな」
「え、ひどーい」
坂井がプリンプリンの白い頬を膨らませる。
「飽きたんだよね、正直。坂井さんといるの」
「ちょっとぉ」
外面の良い結城にしては遠慮のない毒舌が、二人の仲の良さを表している。
「ひどいと思いませーん?麻里子さん」
坂井がこちらを見上げてくる。
小柄で、顔も小さい。
下で結わえている巻いたツインテールがよく似合っている。
細い体にしては大きい胸が、ブラウスのボタンを突っ張らせている。
高いブラジャーをしているのか、形もいい。
(いや、素でいいのかもな。若いし)
ちらりと、おっぱい好きな彼氏を見上げる。
いつもこんなフェロモンむんむんな女の子と隣で仕事をして。この男は平気なのだろうか。
「ーー麻里子さん」
受付の梨央(りお)がカウンターの中で麻里子の腕を突っつく。
「いいんですかー?あれ」
言いながら、仲良さそうに駄菓子屋に並ぶ二人を睨む。
「いいも何も。仕事でしょ」
「そんなこと言ってると、若い子羊にイケメン狼、食べられちゃいますよ」
(ーーーよく言う)
結城と付き合いだしたとき、麻里子はいち早くこの女に報告した。
狙っているのがバレバレだったし、結城もこの女にはまんざらじゃないように見えたからだ。
幼稚なやり方だとは思ったが、けん制の意味を込めて、彼女に打ち明けた。
しかし彼女は麻里子より一枚も二枚も上手で、
「なーんだ。五番目に狙ってたのにー」と言ってのけた。
それからは麻里子の数少ない恋愛アドバイザーだ。
「ほらー。麻里子さんが駄菓子屋さんなんかやりたいって言わなければ、きっと今頃あの2人、駐車場係に混ざって、炎天下の中外を走り回ってたんですよ~?それでよかったのに」
大人二人が入るには少しきつそうな屋台の中で、子供たちを迎えている二人を眺める。
「そんな汚い目で見ちゃダメよ。ほら、子供たち、嬉しそうでしょ!」
お客さんの子供が数人、チケットを手に、駄菓子を選んでいる。
「ほら、楽しそうじゃない。やってよかった!ね!」
自分に言い聞かせるように言う。
「まあ、そうですけどー」
梨央は二つの手で自分のピアスを弄りながら結城を見た。
「結城さんって、結婚願望とかないんですか」
核心をつく質問に、麻里子は自分の唾液でむせりそうになった。
「なんで?」
「え、なんか、子供好きなイメージないなあって思って」
(ーーー確かに)
子供に向けて笑顔を見せてはいるものの、それは入社当時にしきりに振りまいていた作り笑顔と同じに見える。
「子供好きじゃないと、なかなか、難しいですよね」
「———何が?」
「え、結婚に踏み切るの」
言いながら、梨央は自分の言葉がどんなに麻里子にダメージを与えるか考えずにペラペラ話し出した。
「だって、今の世の中、『嫁を連れてこい』って親にせっつかれることもないじゃないですかー。
加えて『自分が養ってやらなきゃ』って思うほど、麻里子さん給料悪くないし?むしろ経理より営業のがいいでしょ?
そのうえ、結城さん、一人暮らし長いじゃないですか。炊事洗濯、大抵のこと、できるし」
(ーーー確かに)
麻里子は思わず頷いた。
「そのうえ子供好きじゃなかったら。結婚する理由、ないじゃないですか」
「結婚する、理由―――?」
「そうですよ。だって、一緒にいたいだけなんだったら今のままでいいし。セックスしたいならそれこそ今のままでもできるし?
束縛されないで、好きな時間に起きて、好きな時間に寝て、好きなことできる今の方が、断然気楽でしょうし。
結婚するメリット、結城さんになくないですか?」
「—————」
「梨央ちゃん、ごめん、入金お願い!」
課長になった大貫が受け皿を持ってレジに走ってきた。
「はいー」
麻里子は一人になり、小さくため息をついた。
今年で30になった。結城は28になった。
当然、意識しないわけではない、その2文字。
でも普段はすれ違いが多すぎて、せっかく一緒にいられる時間を気まずいものにしたくなくて、麻里子からその話題に触れたことはなかった。
でも結城は、本当のところ、どう思っているのだろう。
「ねえねえ、お兄さんとお姉さん」
駄菓子屋に群がっていた5歳くらいの男の子が二人を見上げた。
「二人って恋人?」
「………え~?」
坂井が嬉しそうに結城を見上げる。
「違うよ、どうして?」
結城が坂井とは目を合わせずに男の子を覗き込む。
「だってお似合いなんだもん」
坂井がまた嬉しそうに結城を見つめる。その顔を見ながら結城も仕方なく苦笑を返す。
(駄菓子屋なんて)
麻里子は手の中に持ったままだったチケットを握りしめた。
(しなきゃよかった)