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紫 苑 。( 元 あ や 。)
紫 苑 。( 元 あ や 。)
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#文ストBEAST
太宰治の「人間失格」のオマージュ、です。
色んな軸の太宰さんのお話です。書いた自分もよくわかってないですが、雰囲気だけでも楽しんでもらえれば。
はしがき
私は、その男の写真を四葉、見たことがある。
一葉は、三人の男が並んで写っている写真である。
中央に立つ男は無精髭を生やし、どこか穏やかな目をしている。
特別に何かを主張するわけでもなく、ただそこに存在しているだけで場の均衡を保っているような、不思議な静けさを持っていた。
その右側に、右目を包帯で隠し、黒いスーツを着た男が立っている。
左端には、眼鏡をかけた男が、わずかに肩の力を抜いた姿勢で並んでいる。
三人とも、煙草は手にしていない。
ただ、並んでいるだけである。
それだけの写真であるはずなのに、私はどうしてもそこから目を離すことが出来なかった。
右の男――包帯の男は、はっきりと笑っている。
それはあまりにも自然で、作られたものでは決してないと断言できるほどに柔らかく、それでいて不用意なほど無防備でもある笑みだった。
その笑みを見た時、私は妙な感覚に襲われた。
安心に似ているが、確実に不安へと連なっている感覚であり、この均衡は長くは保たれないのではないかという、理由の定まらない予感を伴っていた。
この男は、この瞬間にしか存在できないのではないか。
そう思ったのである。
二葉目の写真の男も同一人物である。
今度は一人で映っている。
顔に包帯はなく、砂色の外套を羽織り、椅子に腰掛け、足を組み、視線をわずかに逸らしながら、やはり笑っている。
その姿は、あまりにも整っていた。
姿勢も、構図も、光の当たり方すら、すべてが過不足なく配置され、どこにも揺らぎや破綻といったものが見当たらない。
つまり、それは“完成している”のである。
だが、その完成は私にとって耐え難いものであった。
一葉目に確かに存在していたはずの、あのわずかな不安定さ、均衡を保ちながらも崩壊を予期させる揺らぎが、ここには一切存在しない。
代わりにあるのは、崩れる余地すら許されない閉じた構造だけである。
私はこのとき、ほとんど確信に近い形で理解した。
――これは本物ではない。
本物を知っているからこそ分かる、精巧に模倣された別の何かである。
三葉目。
左目を包帯で隠し、赤い長い布を首に巻いた男が、広く開いた空の中に存在している。
地面は見えない。足場もない。
ただ、その身体だけが、空間の中に正確に配置されている。
落ちているように見える。
しかし、それは最初の認識に過ぎず、しばらく視線を留めているうちに、その解釈は静かに崩れていく。
これは落下ではない。
むしろ、選び取られた終点へと、寸分の狂いもなく到達しつつある運動であり、過程ではなく結果そのものに近い。
その顔は、笑っている。
一葉目の柔らかさはすでに失われ、二葉目の均質な完成とも異なり、もっと単純で、もっと純粋で、それゆえに取り返しのつかない確定を帯びた表情であった。
私はこの写真を見た時、ようやく理解した。
これは終わりではない。
――完了である。
そして、四葉目。
この写真について、私は説明することができない。
見ているはずなのに、言葉にしようとした瞬間に形が崩れ、記述として定着することを拒む。
だが、それでも一つだけ、逃れようのない事実がある。
この写真の男は、こちらを見つめている。
第一の手記
中也という人間は、極めて単純な構造をしていた。
強い異能と、明確な感情と、裏表のない反応が、そのまま外に現れる。
思考は存在するが、それは行動を歪めるためのものではなく、むしろ感情を裏付ける方に働く。
だからこそ、扱いやすい。
私は彼に対して、命令という形式をほとんど必要としなかった。
ほんのわずかに言葉の順序を整え、選択肢の並び方を変えてやるだけで、彼はそれを自らの意思として受け取り、そのまま行動へと移行する。
そこには抵抗も疑念も確かに存在する。
だが、それらは最終的に行動を止めるほどの強度を持たない。
彼は云われるがまま動き、その結果だけが、現実として残る。
彼はそれを嫌悪していた。
自分が操作されている可能性を理解していたからだ。
それでもなお、私から離れるという選択を取らなかった。
離れなかったのか、離れられなかったのか、あるいはその区別自体が無意味であったのかは、私には判断できない。
ただ、結果として云えることは一つだけである。
彼は常にこちらの傍に居た。
それだけで、十分であるとでも云うように。
――犬という言葉は、構造として正確である。
第二の手記
私は、一度だけ例外を持ったことがある。
酒場で酒を飲みながら、他愛もない話をする男。
人を殺さないと決め、その決定を誰に誇るでもなく、ただ同然のものとして受け入れている彼の名を、織田作之助という。
彼の言葉は、私のそれとは根本的に性質が異なっていた。
相手を動かすためのものではない。
操作する意図を持たないまま、それでも成立してしまう。
それは私にとって理解の及ばない領域だった。
私は言葉によって他者を動かすことでしか、自分の位置を確定することができない。
だが彼は、誰も動かさない。動かす必要がない。
だから彼の前では、私の言葉は役割を失う。
削がれずに残り、処理されないまま、そこに留まる。
その状態を、私は最後まで適切に扱うことができなかった。
ただ一つ分かっていたのは、一葉目の写真において私が見せていたあの笑みが、本物であったのだとすれば、それは間違いなく彼の存在によって成立していたということである。
第三の手記
私は、最初から終わりまでを完璧に計画していた。
それは選択ではなく、構造としての必然に近い。
物事を最も無駄なく完了させるためには、不要な要素を順に削り、最終的に残ったものを処理する以外に方法はない。
関係の整理。例外の排除。感情の削除。
順に従って進めていけば、最後に残るのは自分自身だけになる。
そこまで到達すれば、あとはそれを消すだけでいい。
三葉目の私は、その地点にいる。
あれ以上でも、あれ以下でもない。
ただ一つ、想定から外れた要素があるとすれば
――中也である。
彼は消えない。
物理的な意味ではなく、構造として残る。
関係としてではなく、干渉として残る。
声として、残り続ける。
その存在は、最終工程に、わずかな歪みを生じさせる。
あとがき
私は、この記録を書き終えた。
すべてはここで完結するはずであった。
机の上には、四葉の写真が並んでいる。
順序も意味も、すべて整理されている。
だが、四葉目の写真だけが、処理できない。
裏返しても、視界から外しても、閉じても、消えない。
私はそれを、もう一度見つめる。
そこには、赤を纏った一人の男が写っている。
こちらを見つめていた。
その瞬間、唐突に理解する。
これは、観察ではない。
――観測されているのだ。他ならぬ、私が。
「――手前は」
声がする。紙の中から、こちらへ向けて。
「どこまで他人の話のつもりで読んでた?」
逃げ場はない。
「違ェだろ」
低く、押し込めるような声音が響く。
「…それは太宰、手前の話だ」
その瞬間、机の上に、もう一枚写真が現れる。
五葉目。
そこには、この文章を読んでいる“あなた”が、確かに写っていた。
視線が合う。外せない。
そして、すぐ隣で、もう一度声がする。
「――なァ、まだ終わってねェだろ」
コメント
1件
うわ、すごかった…。「人間失格」の空気を持ちながら、完全にあやさん自身の文体で書き換えた感じがぞくぞくしました。特に一葉目の写真に写る「この瞬間にしか存在できない」みたいな感覚、すごく好きです。読み終わった後に五葉目が現れて「まだ終わってねェだろ」って…完全にこっちが観測されてる気分になりました。続きが気になります。