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◻︎賞味期限
気持ちいい風だねぇ」
「そうだねぇ」
開け放した秘密基地の窓からは、ひんやりした風が入ってきた。
季節が少し進んで、風のにおいも変わった気がして深呼吸する。
「そういえばね、このまえ、美和子に手伝ってもらったでしょ?結衣ちゃんが連れ帰りたいと言ってたおばあちゃんの一時帰宅」
「あー、元気にしてるのかな?」
「うん。あれから娘さんがね、家から犬のぬいぐるみと青い毛布を持ってきてくれたらしいの。そしたらね、たまにあった徘徊がなくなったみたいだよ」
「そうか、よかったね」
あの日、静江が抱きしめていたぬいぐるみと、鶴の絵があった青い毛布を思い出した。
お気に入りだったものがそばにあることで、夜も安心して寝ることができるのだろう。
「私だったら…」
「ん?」
「私だったら、何を持って施設に入るかな?スマホかな?」
「あのね、美和子。施設にお世話になる頃にはスマホなんて使えなくなってるかもよ」
「えーっ!そんなの面白くないじゃん!」
「じゃあ、そうならないようにしっかり使えるようにしないとね。いまだに、スクショの仕方を私に訊いてるようじゃダメだと思うよ」
その頃にはもうきっと、雪平さんとのやり取りもなくなっているのだろうなぁとぼんやり想像した。
「ねぇ、礼子、まだまだ私たちの賞味期限は切れてないよね?」
「うん、まだ味があると思う。これからは上手い具合に燻されて深い味が出てくるかもよ」
「え?燻製的な?」
「そ、だからまだまだよろしくね、美和子」
「うん、こちらこそね」
空は青く晴れ渡り、これからの人生も楽しいことがある予感がする。
いつか終わりが来た時に
『あー、楽しかった!』
そう言えるように、しっかりちゃっかり生きていこうと決めた。
おしまい。