第9話「合鍵なんて、渡す気なかったくせに」
朝――。
昨夜、樹に看病されて眠った紗愛は、
ゆっくり目を開けた。
ソファの横には、眠そうな顔で座っている樹の姿。
「……なんで起きてんだよ……」
「紗愛が熱でうなされてたから。
寝れなかったんだよ」
心臓がきゅっと締めつけられる。
「……バカ……無理すんなよ……」
「お前が言うな」
紗愛は照れをごまかすように毛布をかぶる。
樹が立ち上がり、コップに水を入れて渡してくる。
「飲める?」
「ん……」
水を飲んだあと、樹は少し真面目な表情になった。
「……紗愛」
「なに」
樹はポケットから何かを取り出した。
銀色に光る、小さな鍵だった。
紗愛の目が一気に開く。
「……それ……なに」
「お前の家の合鍵」
「…………は?」
紗愛は一瞬で顔が真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと待て!!
なんで持ってんだよ!?
勝手に作ったのか!?」
樹は目を細めて、困ったように笑った。
「紗愛がさ。
“来ないと不機嫌になる”タイプだって、分かってるから」
「……は?」
「昨日もさ、返事なくて、
具合悪いのに誰もいなかったら嫌だろ?」
紗愛は言い返せない。
心臓が熱で溶けそうになっている。
「い、いや……別に……
不機嫌になんて……ならねぇし……」
「はい、嘘。顔に出てる」
樹は紗愛の額に手を置いて、
そっと髪を撫でる。
「それに……お前のこと、
誰よりも心配してんの、俺だから」
紗愛はたまらず顔をそむける。
「……っ……なんだよそれ……
もう……知らねぇ……」
樹は鍵を紗愛の手に握らせる。
「俺はもう渡したから。
次は……紗愛の番な?」
「……へ?」
樹は微笑む。
「俺の家の合鍵、欲しいだろ?」
紗愛の心臓が跳ねた。
「い、いや欲しくねぇし!?
な、なに赤裸々なこと言ってんだよ……!!」
「ほんとは欲しいくせに」
「うるせぇ!!」
耳は完全に真っ赤。
毛布の中でぎゅっと鍵を握っている。
樹は紗愛の隣に座り、
静かに手を重ねる。
「紗愛。
俺は……ずっとお前のそばにいるつもりだよ」
紗愛の目が揺れて、
そっと樹にもたれかかった。
「……しんどい……
でも……離れんなよ……」
「離れねぇよ。
お前が望む限りな」
紗愛は恥ずかしそうに呟いた。
「……合鍵……
返さねぇからな」
樹は微笑んで、紗愛の髪を優しく撫でた。
「返すな。
ずっと持っとけよ」
その瞬間、
2人の距離は、もう誰にも止められないほど近づいていた。
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