テラーノベル
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波に押された砂の城のように、景色が崩れて移り変わった。
もう、これ以上これを見たくなかったが、いつまで経っても終わる気配はないらしい。もうこの思いと一緒に消えいってしまいたかった。
次には涼ちゃんの父親らしき、ひと際豪華な衣装で着飾った初老の男性と、その周りを取り囲む何人かの兵士が映し出された。言い争っているらしく、時折、兵士の怒号が聞こえてくる。
『王よ!何故わかってくださらぬのですか!?これは絶好の機会であると!我が軍をもってすれば、必ず侵略は成功します!』
『…ルウィア、…私たちは海に生かしてもらっている身なのだ。我々は神の血をひくものとして、豊かである国として、その財産を皆に分け与えるべきである。無駄に血を流す必要はない。民のことを一番に思え。』
『…どうしても分かっていただけぬのですね。』
王の返事はなかった。兵士達がなにやら小声で話し始めた。ほとんど何を言っているか分からなかったが、先ほど声を荒げていたルウィアという男が最後に言った、「スクレを呼べ」という言葉だけは聞こえてきた。
スクレ…誰だろな…
酔いそうなほどに激しく場面が切り替わり、また先ほどの涼ちゃんの部屋に帰ってきたようだった。涼ちゃんはまた机に向かっている。傍にはあの男が薄い笑みを浮かべながら立っている。
さっきまでの緊迫が嘘のようにゆっくりと時間が流れているようだった。そんな様子を見て、またくらりと震えた。
突如、こつんと窓に何か小石のようなものがぶつかる音がした。涼ちゃんは気づかなかったようで、そのまま何かの書類を見つめていたが、男は窓の外をのぞきこんだ。
ふと、ざわざわといやな感じがして思わず涼ちゃん、と口から漏れ出ていた。
涼ちゃん、涼ちゃん、お願い振り向いて…なんか分かんないけどさ、危ない気がするんだよ。お願い、お願い、涼ちゃん…!
男の方を見てぞっとした。
その顔にはさっきまでの笑みは消えてなくなっていた。
男の短刀が音もなく抜かれる。そのままゆっくりと涼ちゃんの方へ向かっていく。
おい、嘘だろ?やばいって涼ちゃん!気づけ気づけ気づけ!
「涼ちゃんっ!!」
何の奇跡か、その短刀が刺さる瞬間、まるで僕の声に反応したように涼ちゃんは振り返り、間一髪で避けた。
安堵と驚きと心配が一気に襲って、心臓の音が聞こえるほどに強く脈打っている。
涼ちゃんも驚きで、こぼれ落ちそうなほどに目を見開いている。
すぐに男の二発目の短刀が襲う。今度もギリギリ避けたが、軽く足を掠った。
じわりと布が赤く染まり、涼ちゃんの顔が痛みで軽く歪んでいる。
こんなにも強く止めたいと思っているのに、男の短刀をすり抜けた身体は、痛みどころかなんの感触もなくて、胸に鉛が詰まっているように、口惜しくて仕方がなかった。手のひらに跡を残すほどに食い込んだ爪の痛みだけが正気にさせていてくれた。
足に傷がつき、動きづらくなった涼ちゃんにまた短刀を振りかざし、今度は反対側の足に深く刺さった。
『いっ!』
涼ちゃんの口から声が漏れる。
苦しさで胸が張り裂けて、もうどうにかなってしまいそうだった。
なんで?なんでお前が…、僕の欲しかったものを全部持ったお前が…!
『…なんで?…スクレ…』
僕と同じような疑問が涼ちゃんの口から出てきた。
すくれ…スクレ、そうか、こいつのことだったのか。あいつらの仲間だったんだ。でもこいつは涼ちゃんと一緒に戦争に反対していなかったっけ?
男の顔に薄い笑みが浮かぶ。
『なぜ?、単純なことですよ。我々は今から戦争を起こす。』
涼ちゃんが息をのむ音が聞こえた。
『あなたの父上に仲間が直接話をつけに行きましたが…上手くいかなかったと合図が来ましたので、作戦通りあなたを人質として連れていきます。そうしたら王も兵を動かしてくれるでしょう。俺たちが勝手に動かせたらよかったんですが、あれはどうも、ポセイドンの血が濃い王の命令しか聞かないらしい。』
『っだめ、…そんなのだめだよ、スクレ、』
『なぜですか?あの軍隊があれば、確実に勝利できるのに?あなたは豊かさが欲しくないのか?』
『…もう十分だよ。誰も飢えに苦しまないし、町を歩いていく人たち皆が笑顔だ。僕らはもう十分に海と神様からいただいてる。海に血を流しちゃいけない。欲に溺れてはいけない。じゃなきゃ、すぐにこの国は滅びるよ。』
『はは、また神の話ですか。くだらない。あなたも王も聡明な方なのに…神が絡むと途端に臆病になる。そんなものに縛られていては強い国などできるはずもない。
…おい、連れていけ。』
スクレが部屋の外に声をかけると数人の男たちがぞろぞろと入ってきた。
『…最初から全部、嘘だったんだね。』
『すべてはこの日のため。王には忠誠を、あなたには愛を。あなたたちが簡単に騙されてくれたおかげで、こんなにも上手くいくとはね。』
静けさが部屋を満たす中、涼ちゃんの頬をゆっくりと、一滴の涙が落ちていった。
じわり、と景色が溶けて、また王の部屋へと帰ってきた。涼ちゃんとスクレを見て、王の取り乱す声が聞こえてくる。
『王よ、どうか兵を動かしてください。リョウカ様が傷ついていくのを見たいですか?』
『…貴様、…』
『…父上、僕のことはいいです。絶対に動かしてはなりません。』
重く、長い沈黙が流れる。王に向けて、全員の鋭い視線が突き刺さる中、ゆっくりと王が口を開いた。その顔は苦しさに歪んでいる。
『…兵を、動かすことはあってはならぬ…』
『…おい、犯せ。』
男たちの手が乱雑に涼ちゃんを暴いていく。涼ちゃんの目が凍り付き、恐怖で顔をひきつらせた。
おい、やめろ、やめろよ、頼むから、やめてくれ…
視界がぼやけて上手く見えない。いや、もう見たくない。頭をがんがんと殴られるよう衝撃で、息がうまく吸えなかった。
『おい、目玉もくりぬいとけ。その後指と手足も落とせ。』
『…ルウィア…貴様、そこまで堕ちたか…!』
『どうしますか、王よ。今ならまだ間に合いますが…』
涼ちゃんの痛々しいほどに苦しい声が、広い部屋に響き渡る。手下の手が顔に伸びていく。
『…っ…すまない、リョウカ…
…わかった、…兵を、動かそう…。』
『おい、止めろ。王、その言葉、偽りありませんね。』
『ああ、…』
『なら今ここで侵攻を始めさせてください。』
王が震えた手を上げる。その瞳には諦めと深い悲しみに包まれていた。
その瞬間、地が揺れ悲鳴のような音が響いた。
男たちが歓声とともに外へと飛び出していく。開いた扉から見たものは、
ーーまるで地獄のようだった。
海から無数の人のような形をした、緑の苔に覆われたものが行進を続けている。あんなのが、人間に攻め込んでいけば…。想像しただけでもぞっとする。
『おお!これは凄まじい…!想像以上だ。』
男たちが軍隊を取り囲み喜びの声を上げる中、王は涼ちゃんのほうへ駆け寄ろうとした。それをルウィアというやつが刀を抜いて制止した。
『変な動きはしないでいただきたい。あの軍が無事にたどり着くまではここにいてもらいましょう。』
『心配せずとも一度動き出した兵は二度と止まらん。儂が死んでもだ。ああ…終わりだ。じきに神の裁きが下るだろう…。』
すっかり魂の抜けたような王の瞳には、先ほどまでのような蒼い輝きは失われ、濁った色をしている。涼ちゃんの瞳もそうなっていた。
『そうですか。ならば、もう用済みですね。』
ルウィアはそう言うと、刀を持ち替え、涼ちゃんに向かって突き立てようとした、その時、
突然明かりを消したように空が暗くなった。
吹き飛ばされそうなほどに地面が揺れ、塔が崩れ、人々の悲鳴が響く。
『な、何が…!』
国全体に深海の底から響く、低い咆哮のような音が響き渡った。
思わず誰もが耳を塞いだ。海が怒っている、風が叫んでいる、大地が裂けていく。
神殿の天井が崩れ、すぐに涼ちゃんの姿が見えなくなってしまう。すぐに海のほうから大量の水が押し寄せてきた。
海が都市を飲み込み、光が消え、人々の声がひとつ、またひとつと消えていく。
色鮮やかだった町が、絵の具で塗りつぶした様に黒い濁流に覆われて、何もかもが消えていく。
これが神からの罰なのか。欲に溺れて奪い取ることを選んでしまった人間への報いか。
アトランティスは、神の悲しみと怒りに沈められたんだ。
まさに地獄のような景色を見下ろしながら、最後に見た涼ちゃんの、
瞬きすらせず、ただ涙が流れ落ちていきながら、ありとあらゆる希望がすべて滑り落ちてしまったような、底のない真夜中の闇に突き落とされてしまったような顔が、いつまでも脳裏に焼き付いて、のこぎりのように心に歯を立てていた。
雨が、降り続いている。
フォロワー70人突破!!
大感謝ですっありがとうございます😭🥰
コメント
1件
苦しいシーンすぎて、唸りながら書いてました😢次の話でやっと現代のアトランティスに帰ってくる予定です、元貴くんは涼ちゃんにどんな想いを伝えるのか…ぜひお楽しみに☺️ ゼンジンめちゃくちゃ楽しかったです!ペンライト振りすぎて手首痛めました!