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放課後の教室。部活前のわずかな時間。
クラスメイトが次々と部活やバイトへ向かい、静まり返った空間に、窓を叩く冬の風の音だけが響いている。
工くんは自分の机に突っ伏したまま、さっきからピクリとも動かない。
「……工くん。いつまで寝たふりしてるの?」
私は隣の席から、彼のツンツンした髪を指先で軽く突っついた。
「……寝てない。……精神統一をしているんだ」
「えー。精神統一なら、目を開けて私のこと見てよ。昨日、あんなにかっこよく『俺の隣だ!』って言ってくれたのに」
「っ、……それを言うな!!」
工くんがバッと顔を上げた。その顔は、朝からずっと赤いままだ。
彼は私の視線を避けるように、窓の外を見つめながら、消え入るような声で呟いた。
「……お前、……瀬見さんから聞いたんだろ。俺が、部室で悩んでたって……」
「うん。聞いたよ。……嫌われたかな、って。……工くん、本気でそう思ってたの?」
私が身を乗り出して顔を覗き込むと、工くんは逃げるように椅子を少し引いた。
でも、その手は机の端をぎゅっと握りしめている。
「……当たり前だろ! お前、いつも余裕そうだし……俺が、あんな……『察しろ』なんて、わけのわからないこと言って……バカにされたと思ったんだ」
「……バカになんて、してないよ」
私は声を落として、彼の握りしめた手に、自分の手をそっと重ねた。
冷たい空気の中で、彼の手のひらだけが、驚くほど熱い。
「……びっくりしただけ。工くんが、あんなに真っ直ぐ……私のこと、特別だって言ってくれたから」
「…………っ、……特別、なんて、言ってない……っ」
「言ったも同然だよ。『好きじゃなきゃ言わない』って、言ったでしょ?」
工くんはついに観念したように、顔を覆って大きく溜息をついた。
それから、指の間から私をじっと見つめて、掠れた声で囁いた。
「……お前は。……前原は、どうなんだよ」
「え?」
「俺をからかって、赤くなるのを見て……それだけで、満足なのか? ……俺のことは、……嫌いじゃ、ないのか?」
真っ直ぐな、エースの問いかけ。
いつもは私が攻める側なのに、不意に投げられた「本気」の質問に、今度は私の喉がキュッと詰まった。
「……嫌いな人を、毎日こんなに、隣で見守ったりしないよ」
「…………っ、……あー、もう!!」
工くんは再び机に突っ伏した。
でも、今度は私の手を振り払わずに、逆に指先をぎゅっと、壊れそうなほど強く握り返してきた。
「……察しろって、言っただろ。……もう、言わせるな。……恥ずかしくて、死ぬ……っ」
「ふふ。……工くんの負けだね」
「……うるさい。……うぅま、まだ終わってないからな……っ」
繋いだ手のひらから伝わる、激しい鼓動。
「答え」はもう出ているのに、あえてそれを言葉にしない、もどかしくて甘い放課後の時間、。
放課後の教室。オレンジ色の夕日が差し込み、二人の影を長く、濃く床に落としている。
工くんはさっきから、机を指先でトントンと叩きながら、何かを必死に堪えるような顔をしていた。
「……ねえ、工くん。そんなに難しい顔してどうしたの? またバレーの反省会?」
私はわざと顔を近づけて、彼の横顔を覗き込む。
いつもなら「なっ、前原! 近いぞ!」と跳ね上がるはずの彼が、今日は動かない。ただ、握りしめた拳が微かに震えている。
「……前原。お前はさ。……いつもそうやって、俺が赤くなるのを見て、面白いのか?」
「え? うん。世界で一番面白いよ。工くん、反応がいいんだもん」
私はクスクス笑いながら、彼のツンツンした髪に指先で触れた。
「ほら、今日も前髪、完璧だね」
その瞬間。
工くんがバッと私の手首を掴んだ。
いつもよりずっと強い力。そして、彼の手のひらから伝わってくる、火傷しそうなほどの熱。
「……っ、工くん?」
「……お前は、……俺がどんな気持ちで、お前の隣にいるか……考えたこと、あるのか?」
工くんが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、からかわれて困っている時の「チョロい工くん」じゃなかった。
鋭くて、真っ直ぐで。コートの上で獲物を狙う、猛禽類のようなエースの目。
「……俺は、お前にからかわれるたびに、心臓がうるさくて死にそうになる。……お前が笑うたびに、頭の中が真っ白になって、バレーのこと以外考えられなくなるんだ」
「…………っ」
「……お前にとって、俺はただの『からかいがいのあるクラスメイト』かもしれないけど。……俺にとっては、お前は……っ、……」
工くんは言葉に詰まり、顔を真っ赤にしながらも、繋いだ手だけは絶対に離さなかった。
いつも攻める側だった私の余裕が、彼の「本気」の温度に、じりじりと溶かされていく。
「……工くん、……手が、痛いよ」
「……あ、……す、すまん……!」
慌てて力を緩める工くん。でも、彼は手を離さなかった。
それどころか、空いた方の手で私の肩をぐいっと引き寄せ、逃げ場をなくすように顔を近づけてきた。
「……察しろなんて、もう言わない。……俺は、白鳥沢のエースになる男だ。……自分の欲しいものくらい、……自分の言葉で、勝ち取ってみせる!!」
エースの、覚悟の宣戦布告。
からかい上手なはずの私の喉が、初めてキュッと詰まって、何も言い返せなくなった。
――そして、彼の一世一代の「直球」が放たれる。
「……憂。……俺と、付き合え!!」
夕暮れの教室。工くんが「俺と、付き合ってくれ!」と叫んだ後、静寂が訪れる。
彼はバレーのブロックを跳ぶ時よりも高く胸を張り、顔を真っ赤にしながら、私の返事を待っていた。
(……ふふ。工くん、耳の先まで真っ赤。心臓の音、こっちまで聞こえてきそう)
私はわざと、すぐに返事をせず、じーっと彼の瞳を見つめた。
一秒、二秒。時間が経つにつれ、工くんの自信に満ちた表情が、みるみるうちに不安へと変わっていく。
「……えっ、あ、……前原? 沈黙、長いぞ……。俺、何か変なこと言ったか? それとも、やっぱり『察しろ』の方が良かったか!?」
「……うーん。工くん」
私は一歩近づき、彼の制服の第2ボタンを指先でくるくると弄った。
「……『付き合って』だけじゃ、ちょっと足りないかなぁ」
「た、足りない!? なんだ、何が足りないんだ!? 跪(ひざまず)いて誓えばいいのか!? それとも、牛島さんの前で宣言すればいいのか!?」
パニックで極端な方向に走り出す工くん。私は笑いを堪えながら、さらに顔を近づけて囁く。
「……もっと、私のこと、どれくらい好きなのか……具体的に、プレゼンしてほしいな」
「ぷ、プレゼン……っ!! プレゼンだと!!」
工くんは白目を剥きそうになりながら、カバンのストラップをちぎれんばかりに握りしめた。
「……お前、本当に……っ! こんな時まで、俺をからかうのか……!」
「だって、工くんの反応が一番面白いんだもん。……で? 教えてくれないの?」
私がわざとシュンとした顔を見せると、工くんはついに限界を迎えた。
彼はぎゅっと目を閉じ、教室の壁が震えるような大声で叫んだ。
「……好きだ!! お前の、からかってくる時の悪い顔も、たまに優しく笑うところも、……全部、世界で一番好きだ!! だから、俺を……俺を一人にするな!!」
「…………っ」
あまりにも真っ直ぐで、不器用な「全部好き」という告白。
今度は私の方が、からかう余裕を完全に失って、顔が熱くなるのを感じた。
「……あはは。……工くん、合格。……もう、100点満点だよ」
「……えっ。……じゃあ、」
「……うん。いいよ。……私の方こそ、工くん以外の人をからかうなんて、考えられないもん」
私は彼の胸元にポスッと頭を預けた。
工くんは「……マジか。……本当に、いいんだな?」と、壊れ物を扱うような手つきで、私の背中に腕を回した。
「……よっしゃああああ!! 決まった!! サービスエースだ!!」
「……ふふ。……工くん、声が大きい。……あと、これ。付き合って最初のお願い」
「なんだ! 何でも言え! エースに任せろ!」
私は顔を上げて、彼の耳元でこっそり囁いた。
「……『好き』のプレゼン、明日もまた、聞かせてね?(笑)」
クスッと笑いながら言う。
「…………っ、……お前、……本当に、……鬼だぁぁ!!」
エースの絶叫が、オレンジ色の廊下に響き渡る。
からかいやすいね五色君_。 fin
見ていただきありがとうございました。
この作品ところどころ不安な点が多々ありまして、まぁ楽しんでくれたら嬉しいです~!
コメント
1件
口角が目に入りました👀