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柔太朗side
数日後
スマホの画面に、仁人からのメッセージが表示されていた。
『今日、放課後少しだけ時間ある?
舜太のことで話したい』
しばらく、画面を見つめたまま動かなかった。
(……来た)
指先が、ほんの少しだけ強くスマホを握る。
仁人が動くタイミングは、なんとなく分かっていた。
あのまま引くだけで終わるタイプじゃない。
ちゃんと終わらせようとする。
——だから、面倒なんだよ。
「じゅう、なに見とるん?」
隣から覗き込んでくる声に、反射的に画面を伏せた。
「なんでもない」
「えー気になるやん」
舜太が笑いながら、軽く肩をぶつけてくる。
いつも通りの距離
無防備な接触
「なあ、今日さ」
「ん?」
「放課後 ちょっと付き合ってくれへん?」
(……タイミング最悪)
一瞬だけ思考が止まる。
目の前の舜太と、さっきのメッセージが頭の中で重なる。
仁人はきっと今日、話すつもりだ。
逃げずに
終わらせるために。
(それは困る)
「どうしたん、無理?」
不安そうに覗き込んでくる顔に、小さく首を振った。
「いや、いいよ」
「ほんま?助かるわ」
ぱっと明るくなる表情。
それだけで十分だった。
——選ぶまでもない。
「どこ行くの」
「ちょっと歩こかな思って」
「いいね」
軽く頷きながら、ポケットの中でスマホを握る。
未読のままのメッセージ。
(……どうする)
答えはもう出ていた。
画面を開く。
短く打ち込む。
『ごめん
今日ちょっと無理』
一瞬だけ、送信ボタンの上で指が止まる。
(……これくらい)
(別に、大したことじゃない)
押す。
送信完了の表示が出る。
それだけ
たった、それだけで
——ひとつ、可能性を潰した。
「じゅう?」
「ん?」
「なんか考え事?」
「別に」
スマホをしまって、何でもない顔で笑う。
「早く行こ」
「お、おう」
舜太が少しだけ不思議そうにしながらも、隣に並ぶ。
その距離は、やっぱり近い。
歩き出すと、自然と肩が触れる。
「なあじゅう」
「なに」
「俺さ」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「やっぱちゃんと、じんちゃんに言った方がええんかな」
——来た
「……どうかな」
わざと、曖昧に返す。
「でもさ、このままやとモヤモヤするやん」
「それはそうだね」
「やんなあ…」
舜太は少し俯いて、息を吐いた。
「でも、もし迷惑やったらって思うとさ」
「……」
「嫌われるん怖いし」
その言葉にほんの少しだけ目を細める
(怖い、ね)
「だったら」
自然なトーンで言う
「無理に言わなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「吉田さん、今距離置いてるんでしょ」
「うん」
「その状態で踏み込むの、逆効果かもよ」
ほんの少しの正しさを混ぜる
完全な嘘じゃない
「……そっか」
舜太はゆっくり頷く。
「そういう考えもあるんやな」
(ほら)
簡単に傾く
「じゅうはどう思う?」
——その質問に一瞬だけ息が詰まる。
でも、すぐに整える
「俺?」
「うん」
少しだけ、視線を逸らしてから
「……今のままでいいと思う」
静かに言う。
「無理しなくていいよ」
優しく
いつも通りに
「……そっか」
舜太は、どこか安心したように笑った。
「やっぱじゅうに聞いてよかったわ」
その言葉が、胸の奥に落ちる
重く
ゆっくりと。
(……うん)
(それでいい)
歩きながらふと空を見上げる
夕焼けが少しずつ色を変えていた。
ポケットの中でスマホが震える。
きっと仁人からの返信。
でも取り出さなかった。
「柔太朗?」
「ん?」
「やっぱ、なんでもない」
舜太が少し照れたように笑う。
「ありがと」
その言葉に笑い返す。
「どういたしまして」
これでいい。
仁人はちゃんと話そうとしていた
逃げずに、向き合おうとしていた
でもそれは
(舜太のためにならない)
そう、自分に言い聞かせる。
(俺は、ちゃんと考えてる)
(誰よりも)
(ずっと)
ポケットの中の振動が止まる。
静かになった世界
(これが、正しい)
(これは——)
舜太の横顔をちらりと見る。
無防備で、何も知らない顔。
「じゅーうー」
後ろから名前を呼ばれて、足を止める。
振り返るまでもなく、誰か分かる。
「なに」
「今日一緒帰らん?」
やっぱり。
「別にいいけど」
「ほんま?よかった」
ぱっと顔が明るくなる。
——最近、これが増えた。
“たまたま”じゃない誘い。
前までは、仁人の話をするための口実だったのに。
「今日部活は?」
「サボった」
「は?」
思わず眉をひそめる。
「なんで」
「なんか行く気せんくて」
けろっとした顔で言う。
「じゅうおるし、ええかなって」
——それ。
「いや、よくないでしょ」
「えーなんで」
「普通に行きなよ」
軽く流すつもりで言ったのに、舜太は少しだけ口を尖らせた。
「……じゅうも最近冷たない?」
「は?」
「なんか前より、距離ある気ぃする」
思わず言葉に詰まる。
(それは、こっちの台詞でしょ)
近づいてきてるのは、どう見てもそっちなのに。
「気のせいじゃない?」
いつもと同じように返す。
でも、舜太は納得していない顔だった。
「ほんまに?」
「うん」
少しだけ視線を逸らして、歩き出す。
数秒遅れて、隣に並ぶ気配。
「……なあ」
「なに」
「俺なんかした?」
「してないって」
即答する。
それも本音だった。
舜太は何もしてない。
ただ、いつも通りで
——それだけで、十分すぎるくらいこっちを乱す。
「じゃあ、なんでやろな」
ぽつりと呟く声が、やけに近い。
(……近いんだよ)
前よりも、明らかに。
無意識に距離を詰めてくる。
腕が触れそうなくらい。
「……さあね」
適当に返すと、舜太は少しだけ黙った。
しばらく歩く。
沈黙。
でも、不思議と気まずくはない。
——舜太にとっては。
「なあ柔」
また呼ばれる。
「今日、うち来ん?」
「は?」
思わず足が止まる。
「なんで」
「なんでって」
少し照れたみたいに笑う。
「なんか、一人でおるの嫌でさ」
その一言に、胸の奥がわずかに揺れる。
(……ほら)
「別にええやん」
「……急だね」
「ええやん、たまには」
軽い調子
でも、その奥にあるものに気づいてしまう。
——依存
まだ名前もつかないくらいの、小さいもの。
でも確実に、そこにある。
「……いいよ」
気づけば、そう言っていた。
「ほんま?やった」
嬉しそうに笑う
その顔を見て、少しだけ目を細める
(簡単だな)
思ったより、ずっと。
「適当に座っとって」
「うん」
リビングのソファに腰を下ろす。
見慣れた部屋。
何度も来たことがある場所。
でも、今日は少しだけ違って見えた。
「飲みもんなにがいい?」
「なんでも」
「じゃあ適当に持ってくるわ」
キッチンに消える背中を見ながら、ふとスマホを取り出す。
通知は来ていなかった。
(……そっか)
仁人はもう連絡してこない。
一度断られたらそれ以上は踏み込まないタイプ
(ほんと優しいよね)
だから負ける。
「じゅうーほら」
戻ってきた舜太がペットボトルを投げてよこす。
「ありがと」
受け取って、軽く振る。
「なあ」
向かいに座りながら、舜太が言う。
「最近さ」
「うん」
「じゅうとおるとなんかめっちゃ落ち着く」
またそれ。
「前からでしょ」
「いや、なんか……前より?」
言葉を探すみたいに、少しだけ視線を彷徨わせる。
「前より、ないと困る感じ」
——ああ
「……そっか」
なるべく、平坦に返す。
でも、内側は少しだけ揺れていた
気づいてないだけで
「俺さ」
「じゅうおらんとたぶんやってけてへん」
軽く言ってるつもりなんだろう。
でも、その一言は重かった。
(……そう)
「仁ちゃんのこともやし」
「……」
「なんか、全部」
無防備に笑いながら言う
「じゅうにに全部話せばええかなって思っとる」
(もう、十分でしょ)
喉の奥まで出かかった言葉を、飲み込む。
まだ早い
「……大げさじゃない?」
代わりに、そう返す
「そうかなあ」
「そうだよ」
少しだけ笑う
「一人でもどうにかなるでしょ」
「いや、無理やわ」
即答だった。
「絶対無理」
「なんで」
「だって」
少しだけ、間を置いて。
「じゅうおらん生活想像できんもん」
——その言葉に心臓が強く打つ
一瞬呼吸を忘れる
欲しかった言葉、 ずっと。
「……」
何も言えずにいると、舜太は不思議そうに首を傾げた。
「柔太朗?」
「……なに」
「なんか、黙っとる」
「別に」
視線を逸らす。
「ちょっと眠いだけ」
「うそつけ」
笑いながら軽く肩を叩かれる。
その距離がやっぱり近い
(……ああ)
ゆっくりと息を吐く
(ここまで来たんだ)
邪魔者はもう踏み込んでこない
舜太はこっちに寄ってきてる、
偶然なんかじゃない。
全部積み重ねた結果
「じゅう」
「なに」
「これからも、ずーっと一緒におってな」
無邪気に言う
疑いもなく
(……うん)
心の中で静かに頷く
(そのつもりだよ)
(最初っから。)
ペットボトルを握る手に少しだけ力が入る
(ちゃんと作るから)
(逃げ道なんて、いらないくらいに)
視線を上げる。
目の前にいる、何も知らない顔。
(幸せの作り方)
(もう、間違えない)
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