テラーノベル
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憂鬱と恐怖の空気が広がる校舎内で、一人の刑事は血塗れになりながらも必死に足を動かしていた。
人気の無い冷たい廊下には、無遠慮に二つの足音が鳴り響いている。後ろから馴れ馴れしく自身を呼び掛けてくる声が聞こえていたが、天乃は止まる気も振り返るつもりもなかった。子供達が他の手掛かりを調べている間に、大人であり 市民を守る刑事の自分が少しでも時間を稼がなければならない。そう思っていたのも束の間――背後から風を切る音と共に、背中に突き刺さるような鋭い痛みが走った。
「あ゙ッ?!ぐっ、ぅ……」
「はは、エイム良すぎか」
先程から追ってきていた教師の足音と 呑気な言葉が耳に届いた気がした。刑事は痛みで呻き声を出し、足元はバランスを失ってそのまま倒れてしまっていた。投げられたであろう鎌が、確実に背中に刺さっている。痛い、いや 熱いのかもしれない、あまりにも痛すぎる。吐き出したい弱音を噛み締め、硬いプライドと決心で必死に耐える。人前だから見栄を張っていたが、今までこんな危険な捜査に出向いたことは無かったし 銃を撃つのだって今日までほとんど無かった。だが、そんなのは子供達だって同じだろう。
身軽な足音が自分の真横で止まり、刑事は恐怖か怒りか はたまた痛みからか身体を強ばらせる。
「刺さった箇所が頭じゃなくて良かったねー、天乃」
近くから聞こえる他人事の様な言葉が 癪に障る。天乃は無理やり動き出そうとしたが、背中に刺さった鎌を抜かれ 再度痛みが全身を駆け巡った。皮肉にも 一時的に止血を補っていた凶器が無くなったせいで、傷口は開き 出血は止まらなくなっていた。
「うわぁ、やっぱグロ。大丈夫?痛そうだよなぁ」
自分を殺してきた張本人だというのに、心配するような言葉には矛盾しかなかった。怒鳴りつけてやりたい気持ちとは裏腹に、天乃の気管は血で濁り 言葉を発することは困難だった。ごぽ、と不快な音と共に口から血を吐き出しながら、焦点の合わない目で教師とも――狂人とも呼べる男の方に視線を上げた。
見上げた先の教師の表情は、まるで普通だった。衣服や身体に飛び散る血を無視すれば、そこら辺に居る教師そのものだろうに。その事実が余計に天乃を苛立たせた。大切な弟がこんな教師のいる学校に通っていた事にも、早くに気付けなかった自分にも、全てに嫌気がさした。
「あーまーの、もしかして喋れないの?血とか喉に突っかかってる感じ?おもろ」
「っ……ぐ、ぁ…ごほっ、……」
意味の成さない 言葉ですらない呻き声を出しながら、吐血混じりに強く咳き込む。身体の熱が急速に失われ、寒さと朦朧とする意識を感じていた。数秒後には再び死んで、小屋の中に戻っているのだろう。死んでも死にきれない状況に今更 不可思議な感覚を覚えながら、必死に喉の気管を開けようとした。
「っは、…おま、ぜってー……牢、に…ぶち込んでや、る……」
正義のヒーローとは言い切れない捨て台詞と同時に、天乃の意識は事切れた。
目の前で動かなくなった刑事は、自分にそう吐き捨てた。そんな言葉、幼馴染であり久しく会う友人の自分に言うとは なんて酷い男なのだろうと思った。
名前を呼びかけてやってもこちらを睨むだけで、最後に言葉を発したと思ったら それは呪いの言葉だった。怒り、嫌悪、恐怖、後悔 そんな馬鹿正直なドロドロの感情が籠った声。天乃の遺体は既に消え去っており、また全快してはこちらの足止めに来るのだろうと思った。
猿山は長い溜息を吐き出しながら再び鎌を手に持ち、重い腰を上げて立ち上がる。同じ状態、繰り返される惨殺、再びあの真っ直ぐな目を見る事になるであろう状況。本当に――
「刑事サン、あんた最悪だよ」
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