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「もう……来ないみたい、だね」
「……あぁ」
アオイはまだ油断しないまま、倒れ伏す半魚人たちに目を走らせる。
その一体一体に丁寧に糸を走らせていく――【目撃縛】の余韻で、まだ微かに動く者も含め、すべての敵をヒロユキのときのように、きっちりと“みのむし状態”に縫い上げていく。
「これで……よし」
最後の一体に糸をかけ終え、猫耳と尻尾――【獣人化】が解除された。
その姿を見て、リュウトもレイピアをクルリと回して腰に収める。
「……さて、と」
「アオイさん?」
リュウトが首を傾げるのを見ながら、アオイはプルプルと肩を震わせた。
その瞳には、こらえきれないものがあふれかけている。
「もぉ……っ、我慢できないっ!」
次の瞬間――
「生きてて良かったよぉっ、リュウトくんんんん!!」
「わ、ちょっ、おわっ!」
バッ!と勢いよく飛びつくようにして、アオイはリュウトに思いきり抱きついた。
金髪がふわっと舞い、抱きしめられたリュウトの背中が少しのけぞる。
「うぅっ、ちょ、アオイさん!近っ……!てか胸が……!」
ぐいっ、と力いっぱい抱きしめるその衝撃で、アオイの大きな胸がぐにゅっと潰れて、完全にリュウトの胸板に押し付けられていた。
アオイは満面の笑みで、ぎゅーっとさらに力を込めた。
「っ…………」
アオイがリュウトを思いきり抱きしめているのに、リュウトはそれを止めることなく――いや、むしろその柔らかな感触に、しばし身動きを忘れていた。
……見た目だけを見れば、金髪のスタイル抜群美女が、年下の少年を嬉しそうに抱きしめているという、実に絵になる光景だ。
だが――忘れてはならない。アオイの正体は、“男”である。
「……生きてた? って?」
「うんっ! てっきり――『山亀』の時、リュウト君……死んじゃったかと思って……!」
「……何を言ってるんだ?」
「え?」
その瞬間、アオイの表情が、目に見えて凍りついた。
――そう。アオイが最後にリュウトたちを見たのは、《山亀》討伐の作戦が失敗し、巨体が崩れ落ちた瞬間。
実際には【キール】の神級魔法で仲間たちは全員無事だったのだが、それはアオイも、今のリュウトも知らなかった。
「山亀を倒した後、ちゃんと俺たち会ってるだろう? そのあと、グリード城で――」
「……なるほど」
「……なるほど?」
アオイの言葉は、どこか自嘲にも似ていた。
――そう、わかっていた。この“記憶のズレ”には、アオイ自身も思い当たる節がある。
『女神』の干渉。
「(……俺の中の【女神』が? でもどうして? 何のために……?)」
「よくわからないけど、改めて……お久しぶりです!アオイさん!」
「うんっ。久しぶりだね、リュウト君!」
ふたりはしっかりと手を握り合う。
互いの“確かさ”を感じながら、少しだけ照れたように笑い合った。
そして――空気が落ち着いたところで、アオイが切り出す。
「ところで、さっき言ってた“魔王がまだこの世界に存在する”ってやつ……あれ、どういう意味?」
「俺も、サクラ女王から聞いた話だけど……」
「?」
「アオイさん。“魔王”を倒したって言ってたよな?」
「うん……まぁ、一応」
「実は、俺も――ヒロユキも、“魔王”を倒してるんだ」
「なるほど」
「思ったより驚かない?」
「まぁね…………」
(だって僕にとっては、リュウト君も、ヒロユキも――とっくに死んでると思ってたんだもん。
今さら“魔王がまだいる”とか言われても、そりゃ、ちょっとやそっとじゃ驚かないよ……)
「……俺は最初、聞いたとき正直ビビったけどな」
リュウトが肩をすくめるように言いながら、静かに言葉を継いだ。
「けどそれで、俺たちは“次のステップ”に進んだんだ」
「次のステップ……?」
「【魔王】を、すべて討伐する__それが俺たち【勇者】に与えられた仕事だ」
「……仕事っていうより」
「……ああ。本来の“存在意義”だな」
「……うん、そうだね」
そして、リュウトは、ぐるぐる巻きになってるヌルスを指差した。
「もっとゆっくり話したいけど、そろそろアイツとも話さないとな……」
「うん。確かに、そろそろ聞いておかないとね」
アオイが手を軽く振ると、【糸』がほどけて、ヒロユキの顔だけが露出した。
「。ほう。あの数の相手を倒したか。流石は勇者だ」
「その格好で偉そうに言われてもな。笑えるだけだぞ?」
「。ふん」
「それで――その身体は、どうやって手に入れた?」
「。言うわけないだろ。馬鹿か?」
「……まあ、そうだろうなぁ」
肩を落としながらも、諦めきれずに考え込むリュウト。
「(こいつの言う通り、もしこの身体がヒロユキ本人のものだとしたら……無理に拷問すれば、ヒロユキを傷つけるだけ。でも情報がなければ、このままずっと――)」
苦悩するリュウトの横で、アオイがそっと一歩、前に出た。
「ここは任せて、リュウト君」
「……? お、おう」
「。あ?なんだ貴様」
アオイは無言のままヌルスの前に立ち、見下ろす。その表情は穏やかで、どこか寂しげな微笑みを浮かべていた。
この世の“可愛さ”と“美しさ”を混ぜ合わせて作ったような――そんな、凶悪なまでに完成された容貌。
「リュウト君、ちょっとだけ……後ろ向いててくれる?」
「あ、あぁ」
言われるままにリュウトは背を向けた。
そしてアオイは、囁くように口を開く。
「ねぇ、君から見て……僕の顔、どう見える?」
「。は?」
突然の問いに、ヌルスは一瞬目を細めるが、すぐに笑ったような声で答えた。
「。――女の顔だろうが」
その瞬間、空気が変わった。
冷たい、冷たい、まるで氷のような“怒り”が周囲に満ちていく。それは、ヌルス以外の誰にも感じ取れない、魂を直に震わせる――純粋な殺意に近い感情だった。
「。っ……!?(な、なんだこれ……身体が、いや魂が……震える……! 怖い? この俺が? 馬鹿な……ッ!)」
それでも、アオイの表情は微笑のままだった。
「うん……そうだよね」
「。……?」
「君から見たら【私』は、女にしか見えないんだろうな」
その瞬間、アオイがにこりと――あまりにも優しく、美しく――笑う。
「。ひっ……!?(こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……!!)」
ヌルスの思考が崩壊する。
恐怖に魂が軋み、脳が混乱し、自我が震える。
その耳元で、アオイが甘く囁く。
【どうしたの? まだ何もしてないのに……そんなに、怖いの?』
「。っっっっっ!!!」
そしてアオイは、ヌルスの頬にそっと触れ、囁いた。
「【魅了』」
魔法が発動した瞬間、ヌルスの全てが溶けた。抵抗の意思も、警戒も、理性も。
「僕の質問に……答えてくれるよね?」
その一言に、ヌルスはゆっくりと、縛られたまま頷いた。
「。……ああ……」
「ありがとう」
微笑むアオイの声はまるで天使のように優しかった――だが、その微笑は、魂を支配する女神そのものだった。
ヌルスは、その後、知っている全てを話した。