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アーシャを背負ったシオンは、ゆっくりとした足取りで廊下を出た。
それと同時に激しい轟音と震動に襲われた。
「……びっくりした」
まさか大型ドラゴンが落下した音だとは思わず、ただ胸を撫で下ろす。
シオンたちが閉じ込められていたのは旭では更生施設と呼ばれる場所で、コンクリート造りの武骨な建造物だ。ただ内装は単純で、道も覚えやすい。まずは出口を目指すか、天儀たちと合流することにした。
記憶を頼りに移動していると、ここで反響する呻き声を察知する。
「……もしかして氷花たちか?」
呻きに混じって叫び声すらも聞こえる。これはどういう状況なのか首を傾げた。すぐに駆け足で声の方向へと向かって行く。
声の反響から推察してこの廊下を曲がった先だ。
だが、その先で待っていたのは予想もしない光景だった。
「竜胆、彼女を抑えてくれ!」
「でも……」
「何とかする……いや、してみせる!」
狂ったように暴れまわるハルを竜胆が抑え込み、天儀が何かの薬品を投与しようとしていた。そして近くでは呻きながらも抵抗するヒムロと、彼を組み伏せる氷花の姿もある。セリカは泣きそうな表情で刀を握り、ただ狼狽えていた。
「まさか、竜人化……」
ヒムロとハルの様子から見ても明らかだった。
皮膚には竜の鱗が現れ、髪も少しずつ赤へと変色している。理性を失ったように暴れ続け、時に痛みを訴えるように涙を流していた。
天儀はシオンが現れたことにすら気づかず、必死にハルへ何かの薬品を打とうとしている。そこで気は進まないが、セリカへ近づいて問いかけた。
「どうなっている? どういう状況だ?」
「き、如月、シオン」
セリカは縋るような、そして懇願するような目をしていた。
目の前で仲間が竜人化しつつある状況だ。こんなドラゴンスレイヤーたちを、シオンは山ほど見てきた。だからシオンはまずアーシャを下ろし、床に座らせる。
そして覆面の男たちから奪った剣を抜いた。
「竜人化したら、殺すしかない」
「嫌! そんなの嫌よ!」
「それでもやるしかない。俺たちはこの方法しか持ち合わせていない」
如月シオンに与えられた役目は”竜人殺し”。
竜人化してしまったかつての仲間たちが、新たな被害を出さないよう始末する。人としての理性を失い、人を喰らう竜になる。こんなこと、本人ですら望まないはずだ。
セリカが酷く騒いだので、天儀もシオンの登場に気が付いた。
「君はシオンさんか。頼む、手伝って――」
「いえ、始末するべきです」
「え?」
天儀は呆気にとられた顔をしていた。
いとも簡単に、殺すという選択肢を提示することが信じられなかったのだ。旭でも竜人化の症例はある。しかし彼らは最後まで、介錯を望まれなかった。周囲も、もしかしたら治るかもしれないという希望に縋っていた。
「俺がやります」
「だめだ。それは僕が許さない。僕が治してみせる」
「もう手遅れなのは分かっているでしょう!」
「治療してみせる。君の仲間だろう? そう簡単に殺すなんて言わないでくれ」
ドラゴンスレイヤーとして正しいのはシオンだ。
しかし人として正しいのは天儀である。
偽善でもなんでもなく、ただ彼はヒムロとハルを助けたいと願っている。
「ねぇだめよ。だめ! まだ助かるかもしれない。だってヒムロとハルは私たちの仲間なのよ!? 見捨てられるわけがない」
セリカは懇願しつつも、刀をシオンに向けている。
だがそこに怒りはない。ただどうすればよいのか、彼女自身も分からないのだ。竜人化の症状が出た仲間は、即座に”処理”しなければならない。ドラゴンスレイヤーの座学で必ず学ぶ知識だ。だがそれを実践できるドラゴンスレイヤーが、どれほどいることだろうか。
特に命を預け、絆を結んだ仲間をどうしてその手で殺せるだろうか。
(この人も、本気なのか……)
天儀にとってヒムロもハルも赤の他人だ。それも旭とは全く関係のない、キサラギのドラゴンスレイヤーだ。助ける義理などありはしない。
だからこそ、セリカは期待してしまったのだろう。
ヒムロを抑え込んでいる氷花も、どこか夢を見てしまっているのだろう。
(だから俺が……やるしかないんだ)
嫌われようと、憎まれようと、やるしかない。
それが”竜人殺し”なのだから。
「神無月セリカ、武器を下げろ。竜人の処理を執行する」
「だめ! まだよ。まだなの。まだヒムロもハルも竜人化していない」
「猶更だ。完全に竜人化する前に、殺してやるのも慈悲だ。お前の決断の遅さが、どれだけ二人を苦しめると思う。奇跡はない」
「そんなことない! 願えば、手を伸ばせば、届くかもしれないじゃない!」
セリカの言葉は眩しく、シオンに重くのしかかる。あぁ、これこそが”人”なのだと思い出させてくれる。だがシオンは心を殺し、情を消し去り、何度でも言葉にしなければならない。
「奇跡は、ない……ないんだ」
思わずセリカは後ずさった。
「お前のように奇跡を信じ、俺を止めようとした奴は何人もいた。奇跡は起きなかった。それどころか完全に竜人化した奴のために、二次被害も発生した。俺は小隊ごと処理したこともある。だから俺は竜人は必ず殺すし、竜人化の兆候があっても殺す。”仲間殺し”と言われようと」
それが”竜人殺し”の重みだ。
悲しみを広げてはならない。竜人化してしまったドラゴンスレイヤーが、かつての仲間を傷つけるのは忍びない。
「『お願い。殺して。あなたを傷つけたくない』」
「え?」
「俺が最初に殺した奴が、言った言葉だ」
それが誰の言葉だったのか、氷花だけは理解した。そして酷く俯き、震える手で拳銃を取り出す。そして抑えつけているヒムロの頭に、銃口を近づけた。
気が付いた天儀が慌てて制止しようとする。
「待つんだ。僕が必ず助ける。医者として、こんなことは認められない! 認めたくない!」
「天儀さん、嬉しいです。でも私は分かっているんです。ヒムロを、ハルを、本当は殺さなきゃいけないって。それがルールだから。それが先人たちが命懸けで残してくれた知恵だから」
「ねぇやめてよ氷花。私、嫌だよ」
「ごめんねセリカ。恨んでくれてもいいよ。三〇八の隊長として、私が責任を取るべきなの」
「氷花!」
「頼む。止めてくれ!」
氷花は泣きそうになりながら、震える手で引き金を引こうとした。
本来、竜人化した隊員の処理は同隊の隊長の役目だ。しかしその責を負えない隊長がほとんどである。それでも氷花は覚悟を決めた。決めて、指に力を込めた。
「氷花!」
セリカが叫ぶ。同時に、銃声が反響する。
しかしヒムロの頭部が血の花を咲かせることはなく、ただすぐ傍の床を弾丸が抉っていた。熱を持ち、煙を出す銃弾に向かって水が滴る。
「……ごめん、やっぱり、無理」
景色が歪むほどの涙を滲ませ、氷花は嗚咽を漏らす。
覚悟など、張りぼてに過ぎなかった。いざ引き金に手をかければ、仲間との思い出が巡る。訓練をしたとき、一色に食事をしたとき、実戦演習のとき、富士から命からがら逃げ延びたとき、車で竜の追跡を振り切ったとき。全てが大切な思い出だった。
「俺がやる」
シオンが進み出ると、セリカがすぐ立ち塞がった。
また天儀も同じように進路を塞ぎ、手に持っていた薬剤のアンプルを指差す。
「あと一回でいい。僕を信じてくれ。これで最後だ。頼む。本当だ。一番強い薬が残っている」
これにはシオンの方が狼狽えてしまう。あまりにも真摯で、心からの頼みだ。情に流されてはいけないと思いつつも、あと一回くらいならばと考えてしまう。
ギュッと目を閉じ、思い悩んだ末、シオンは剣を下ろした。
するとすぐに天儀は頭を下げる。
「ありがとう」
彼はそのままヒムロのところに行き、呻り続ける彼に薬剤を投与した。正真正銘、最後の一回だ。果たしてどうなるか、氷花もセリカも緊張の面持ちで見つめる。
するとあれほど暴れていたヒムロは急に大人しくなる。竜人化が進んでいる部分は変わらないが、無闇に周りを襲おうとはしなくなった。
「何とか、なったかもしれません」
「え……本当に、え?」
「ヒムロ、ヒムロ? 本当に?」
天儀は額の汗を拭い、安堵の息を漏らす。まさか本当にどうにかなるとは思わなかった氷花は呆気にとられ、セリカも信じられないといった表情を浮かべていた。
それで氷花はヒムロを解放し、横たえさせる。まるで眠っているかのように呼吸は落ち着いており、眼も閉じて全身を脱力させていた。
するとセリカは振り向き、シオンに向かって指をさす。
「ほら! 見てみなさ――」
セリカが全てを言い終わるよりも早く、彼女の背後にヒムロが迫っていた。飢えた獣のように目を血走らせ、その牙をセリカに突き立てようとしていたのだ。
安堵していた氷花は対応できず、ただセリカが襲われようとする瞬間だけを認識する。手を伸ばし、警告する時間すらない。何をしても間に合わない。
氷花は己の失敗を悔いる。
「セリカ!」
その声が響くと同時に、血が天井まで飛び散った。
◆◆◆
大型ドラゴンが倒されてからは早かった。
まだ多く残っていた小型ドラゴンも散り散りになってどこかへと飛んで行き、この横須賀の空からは消えていなくなる。
郷士は状況確認を急がせた。
「確認取れました。竜人化したドラゴンスレイヤーが十四人です。それと新たに赫竜病になった者が三十人ほどいます」
「そうか。分かった」
導き出された被害は最悪の一言に尽きた。
源三のお蔭で大型ドラゴンのデミオンブレスを暴発に抑え込んだのは良かったが、それが原因で多くが赫竜病に侵された。また共に戦ったドラゴンスレイヤーはほぼ全員が竜人化して処分することになり、残っているのは数名となる。対空砲を護衛していたドラゴンスレイヤーたちにはその被害もなかったので全滅というわけではないが、この戦いで旭は保有するドラゴンスレイヤーの半数以上を失った。
また赫竜病も厄介である。
治療法のないこの病の結末は死か竜人。つまり事実上の死一択だ。
(いや、この程度で済んだと喜ぶべきなのかもしれないな)
防衛部署を管轄する郷士は、今回の大型ドラゴン襲撃によって旭が壊滅することすら想定していた。デミオンブレス一発で旧横須賀基地は完全崩壊し、誰一人として地上に出ることができなくなる。地下シェルターに避難したところで餓死が待っているだけだった。
それがこの程度の被害で済んだのは、援軍とも言うべき存在があったからである。
「感謝する……如月蒼真」
「いや、大したことはできなかった」
「謙遜はいい。キサラギ最強の小隊と名高き君たちこのことは聞き及んでいる。狙撃の援護も六道諸刃だろう?」
「ついでに言うと、最後のレールガンはあいつの体内デミオンで強化してた」
「そうか……本当にありがとう」
郷士は深く頭を下げた。
そして朽ちていく大型ドラゴンの方へと目を向ける。
「例としてあの大型のコアでも差し出したいところだが……あの様子では砕け散ったかもしれない」
「破片ぐらいは残っているハズだから、それを回収すれば足しにはなる」
「そう、だな。後で集めよう」
ドラゴンはコアにデミオンを溜め込み、心臓によって全身へと供給する。故にそのどちらかを破壊されると存在を保てず、消滅するのだ。死体の処理に困らないという点では非常に楽である。
ただ大型ドラゴンほどの巨体が消滅すると、その肉体を構築しているデミオンが散布されることになる。
そのため回収する際はドラゴンスレイヤーであっても防護服が必要だ。
蒼真はインカムを通して諸刃に告げる。
「夏凛さんの所に戻るぞ」
『分かった。大型が朽ちるまで見ていなくていいのか? 一応はドラゴンの肉体が完全消滅するまで観察するのが定石だが』
「旭の連中がやるだろ」
『まぁ、別に構わない』
ドラゴンは肉体を消滅させるとコアを残す。
それを回収するためというのも理由の一つだが、朽ちていくドラゴンの死体を他のドラゴンに捕食させないためにも観察しておくのが決まりとなっている。必須というわけではないが、大型ドラゴンほどならばしっかりと完全消滅を確認するのが普通だった。
蒼真は大型ドラゴンの死体へと目を向ける。
もう既に三分の一は消滅しており、そして周りには小型ドラゴンすらいない。漁夫の利を狙って捕食されることもないだろう。
現に今、大型ドラゴンが大きく崩れた。
「三田のおっさん。俺たちは例の執務室に――」
――先に戻らせてもらうぞ。
そう言おうとして蒼真は違和感に気付いた。大型ドラゴンの死体から発せられるデミオンは、赤い光を発しつつ拡散していた。だが、その発散が止まったのだ。
いや、寧ろ再集結し始めた。
これに気付いたのは蒼真だけではない。郷士はインカムで呼びかける。
「大型竜の死体に異変だ! 警戒しろ!」
近くにいた者は刀を、あるいは銃を構えて死体を見守る。
赤い光を発するデミオン粒子はスモッグのように大型ドラゴンの首の根本あたりへと集まり始めた。そしてその奥に小さな影が一つ。
それは人影であった。
「……まさか」
郷士は嫌な予感がして、そして最悪を予想して後ずさりする。
「まさか、あんたなのか……?」
赤い靄の奥から現れた人影。
それは上半身裸の男であった。胸や腹、腕には大小さまざまな傷があり、そこを避けるようにして深紅の竜鱗が覆っている。獅子の如き毛髪は紅蓮に染まり、瞳はギラギラと輝いていた。そして右手と融合するように、特徴的な竜殺しの刀がある。
竜人、獅童源三。
大型ドラゴンの腹に飲み込まれ、死んだはずの男が蘇った。最悪の存在として。