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「ん? 何か、今日の晴翔くんは変だぞ」瑞奈は手を腰にあてる。「何か隠している時の晴翔くん、かな?」
俺は自分の目を見開かないでいられただろうか。瑞奈の勘の良さに内心で脱帽する。今、声を出すと裏返りそうだった。でも、何かを言わないと……。
ドア脇の床に置いた俺のバックパックの中でスマホが震えた。長い振動の後、短い振動を二度繰り返す。
「メールじゃない? もしくはLINE。出たら」
瑞奈が言うも、その目はバックパックではなく俺の方を見ていた。腰に両手を添えたまま。何かを見定めるような姿勢だ。
連絡してきたのは朔太郎だろうか? でも、誰にも瑞奈の実家へ行くことを伝えていないため、心当たりがない。
「いいよ。後で確認する」
呼吸が苦しい。部屋が狭まった錯覚に陥っていた。
「ふーん」
瑞奈が腰から手を離し、顎の方へともってくる。
「今、確認しなよ。朔太郎君じゃない」
瑞奈も同じことを考えたようだった。誰も心当たりがないのならば、朔太郎――。
不思議と朔太郎にはそういうところがあった。俺と瑞奈が喧嘩した時にも、そのことを話した訳じゃないのに、タイミングよく朔太郎が電話をかけてきたり、LINEのメッセージをくれたりする。
ふっと体中に張り詰めていた強ばりが緩まった気がした。
俺はバックパックの中からスマホを取り出した。画面を明るくする。プッシュ通知でメールの送信者と件名が表示された。
【倉持春奈】【件名:今日は来てくれてありがとう】
春奈さんだった。ドキりと心臓がはねた。春奈さん――。
再び、喉に管がついた瑞奈を瞬時に脳裏に描く。鼓動が乱れた。俺は頭を振る。その仕草が、瑞奈に不信感を抱かせたようだった。
「どうしたの? 凄く変? 誰から?」
「いや、その……」
言ったそばから、まずい応答をしたと思った。
「何それ、超変。誰? 誰にゃの?」
瑞奈の声が高く大きくなった。
「さ……朔太郎だよ」
「嘘っ。絶対違う。だって目が泳いでるもん。右眉が上がってる。にゃに隠してるにょ!」
瑞奈の手が伸びてきた。俺のスマホをむずりと掴む。
「あ、バカ、おまえ」
瑞奈がスマホ画面に視線を走らせる。途端に鬼の形相になった。
「誰にゃの、倉持春にゃって! 今日は来てくれてありがとう、って書いてる。誰に会ったにょ? 誰にゃの!」
金切り声だった。
「違う。おまえが考えているような相手じゃない」
「あたしが考えているようにゃ相手って、つまりはどういう相手にゃにょっ!」
その時だった、ストン、と瑞奈の膝が折れた。スマホが床に落ちる音が響く。視界の端から瑞奈が消えるように崩れ落ちていく。
「瑞奈!」
前のめりに倒れる前に、瑞奈の身体を支えた。瑞奈の手はだらりと伸びている。倒れる際に、普通ならば顔をかばうために動く手が、動いていなかった。声も聞こえてこない。俺の腕に抱かれたまま、苛立ちを隠し切れないように、激しく呼吸している。
瑞奈の顔を窺がう。
瑞奈は、口を半開きにしたまま、涎が顎を伝っていた。口を閉じることも、涎を拭うこともせずに、ただ、目だけを俺に向けていた。その目が驚きを示していること、腹立ちを示していること、そして諦めかけている心情を示していること、を俺は感じ取った。
動けないのは瑞奈だけではなかった。
瑞奈を抱いたまま、俺も凍りつくように固まっていた。
現実が、ALSの壁が俺に迫り来る、そんな圧を感じた。
絶望――、不吉な言葉が脳裏を過ぎる。瑞奈は力を入れることができないのか、その身体はぐにゃりと柔らかい。瑞奈の体重のすべてが俺に預けられている。でもその重さは、瑞奈の体重以上のものを、深刻さを物語っていた。
「ああああああっ」
正気でいることなどできなかった。