魔の森。瘴気が漂う呪われた土地。凶暴な魔獣や魔物が湧き出て周囲に広がり、その勢力圏を拡大させようとしているらしい。
支給された対瘴気用マスクを着用して、森に近づく。
森の境界線は、焼け落ちたり、枝葉のない木の残滓が残っている。ここで戦闘があったのを容易に想像させる。
「アンジェロ」
「はい」
「この辺りの木が何故、切られているかわかるか?」
「いえ……」
レクレス王子は前衛の騎士たちと共に周囲を警戒する。
「魔の森は油断するとそのテリトリーを広げてくる。そこでは瘴気も濃くなるし、植物の成長速度も異常になる。つまり、境界にある木が急激に成長したり森化したら、侵食が進んでいるとわかりやすいわけだ」
なるほど。
私は王子に続いて、森のテリトリーに入る。あと十数メートル進めば、紫の草木が生い茂る魔の森だ。
昼間なのに、枝葉が家根のようになって薄暗い。しかし地面、いや木の根付近が紫色に発光していた。
「ツァルト先輩、あれは――」
「闇の魔石だな。汚染された木の根や日陰にキノコのように生えている」
魔石が豊富な土地に魔石は生成される傾向にあるから、汚染されていなければ魔石の採掘地となっていただろうに。
「これも浄化したら、普通に魔石になるんですよね」
「だろうな」
「面白いことを考えるな、アンジェロは」
レクレス王子が話に加わった。
「しかし、もっともらしくもある。この森に生えている闇の魔石を浄化したら、採掘量が凄いことになりそうだ」
「大きさを考えなければ、そこら中に生えていますからね」
ツァルトも同意した。私は、彼が斜め上を警戒しているのに気づく。
「見えますか? フライヤー」
地上はやんわりと光っているのだが、魔の森の木は発光しない。
「……いや、今はいない」
「ボクはフライヤーという魔物を見たことがないのですが、どんな姿をしているんです?」
「何と形容すべきだろうか……。虫に近いか。頭は胴体と一体化していて、角のようなハサミが生えている。それに挟まれると、人間とて体を真っ二つにされてしまう」
なんという力。そういえば虫型の魔物って、力が獣型より遥かに強かったわ。
「大きさは小さいので5、60センチ。大きいと1メートルくらいになる。羽根はないのに、ふらりと空中を移動する。飛んでいるだけあって、あっという間に近づいてくるが、目で追えないほど速いわけではない」
「とても気味が悪いぞ」
レクレス王子が口を挟んだ。
「声を発さないし、飛んでいる時も音がしないから、見落とすと食らいつかれる」
「それは厄介ですね……」
音がしないのは、本当に危ない。夜の闇に紛れてきたら気づかずやられてしまうのではないか。
「森の中だと、やつら枝葉を突っ切ってくるから、引っかかって音がする。そこはまだマシだな」
「……あと、空中でフライヤーが止まったら、汚染された石を吐き出してくるから注意な」
ツァルトが言った。
「石を吐くんですか?」
「当たると即死するわけではないが、強い瘴気で肌が焼け爛れる」
やめて、背筋がゾッとしたわ。予備動作を見逃さないように、とベテラン先輩は教えてくれた。
「他に、注意すべき魔物はいますか?」
「この森で主に見かけるのは、汚染されたネズミ、狼、ゴブリン、大蜘蛛、ワームにトレント……それとフライヤーだな」
「ネズミは城内で見ました」
「ネズミというには大きいが、基本噛みつきがメインだ。噛まれるとこれまた汚染毒にやられるから注意だな。少々すばしっこいのは厄介だ」
狼は、いわゆるグレイウルフなど、一般的な狼系魔獣と同じ。複数で動き、こちらの喉を狙って飛びかかってくるという。ネズミ同様、汚染毒持ち。
「この森の敵は、全部毒持ちと思っていい」
レクレス王子が肩をすくめた。私は聞く。
「ゴブリンもですか?」
「そうだな。だがここのゴブリンは、どちらかというとゾンビに近い。小細工を弄する頭がないのか、闇雲に近づいてくる感じだ」
ゴブリンは悪知恵が働く、というか小狡さが目立つ魔物だ。武器を持ち、罠を仕掛けたりと、とにかく卑怯なのだ。臆病であり、劣勢となればすぐに逃げるのだけれど……ゾンビに近いというからには、この辺りの汚染ゴブリンは別物と考えたほうがよさそうだ。
大蜘蛛は、巨大な蜘蛛で大きさは人間と同程度。……それでも充分化け物なのだけれど、外見が蜘蛛に似ているだけで蜘蛛ではないかもしれないらしい。
「糸は持っていない。毒を吐く」
そしてワーム。巨大なミミズで、地面から飛び出してくるんだけど、長さが2メートルから3メートルと大きい。……ああもう嫌になるわ。できれば出てきて欲しくない。
「トレントといえば、木の化け物ですよね?」
冒険者として、そういう魔物がいると聞いたことがあるが、実物は見たことはない。
「そうだ。見た目はそこらの木のように見える。不用意に近づくと、枝を腕のようにして捕まえようとする」
「見分け方はありますか?」
「ざっと見回した時、他の木に比べて何か違うと感じたやつがあったら、それがトレントだ」
「何か、とは?」
「雰囲気?」
レクレス王子がツァルトを見た。
「そうですね。これ、という見分け方は説明が難しいのですが、何かが違う。多くは色合いが、いやに黒っぽかったり、逆に明るかったり。他が元気なのに枯れな葉をつけていたりとか」
「普段から見比べる癖をつけておかないといけないですね」
私は、森の木を見やる。紫色の葉をつかた魔の森の木々。……どれも同じに見えるけれどなぁ。
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