彼の瞳が希望から絶望に変わるのに、時間は要さなかった。
狂ったようにハイライトしかなかったような眼光が、一瞬にして虚無に染まる。
その瞬間に、背後に冷たい何かが流れる様な感覚がした。
二度くらいしか会ったことのない兄。とはいえ、彼は早い段階から俺らの兄弟関係に気付いていた。
初めて弟として兄と話せる機会で、最初の話題が死亡宣言。
まるで犯罪でもしてきた後のように、すっかり沈んでしまった彼に、なんと声をかけても兄失格な気がして、彼が話し始めるのを待っていた。
しばらくして、幾度かこちらの顔色を窺っていた切斗が、再び地面に視線を落として、言葉を絞り出した。
全ての行動が裏目に出ているように思える。
「……本当に死んじまうのか」
「そうだ。これはお前と、お前の弟の為だ。信じてくれ」
「そういうことがいいたいんじゃなくて!!普通に死んでほしくない、というだけ……それじゃだめなのか」
「そっか。ありがとな、でももう引き返せないから」
「……分かってはいるけど」
「ま、お前は強い奴だから、俺無しでもなんとかなるよ」
「その兄ちゃんが敵なんだろ、無理だろ」
「いけるいける。少しくらいなら神器側から動けるらしいし、抑えられるだけ抑えるから。それに、多分上手くいってれば星斗も助かってるだろうから。あいつもお前くらい強いからさ」
「……」
「お前には謎の第二能力があるだろ?あれが即死なのか威力が高すぎて即死になってたのかわかんねぇけど、あれ使えば勝てるって」
「禁忌の能力って呼ばれてるやつか?」
「そ、あれ相当強いんだろ?大丈夫だよ、俺とbloodなんて余裕余裕。だからどちらかと言えば精神面が不安なんだけど」
「……」
「あんな能力手に入れられてラッキーだよな。でもなんでだろ、あれ普通は出力しちゃいけない能力だろ」
「……あれは、ちょっと色々あって」
「ただのラッキーじゃない感じ?」
「うん。あの……兄ちゃんはさ、第一ゲームのこと覚えてる?」
おそらく彼が言いたいのは、ネームドの配置の話だろう。
本来ならば、切斗の近くにスポーンするのは星斗、花芽、貴志の中の二人だったはずなのに、なぜか星斗・花芽と貴志・天神が合流してしまい、結果として切斗が死んでしまったこと。
あの辺りから、今回の流れは今までの定番の流れと大きく異なっており、上もかなり困惑していた。
そのどさくさに紛れて黒幕である貴志の殺害が可能になり、そこから俺らによる復讐が始まった。
「覚えてるけど、それがどうした?」
「配置、たまにバグる事あったよね」
「あー」
配置は、基本happyとblossomが行っていた。
あいつがここで……みたいな指示を出して、それに第一ゲームのネームド、俺と花芽と切斗が従う。
二人体勢になっているからか、ミスがあっても片方が気づくことが多く、ミスが露呈することはほぼなかった。
しかし、初期の頃や「伝説の72回目」などではミスることもあった。
すると、本来の配置と異なることで、ノルマが達成できなかったり、こちらが損害を負うこともあった。
「もしかして、今回の194回目も」
「そう。てっきり兄ちゃんかambitionあたりがなんとかしてくれてたんだと思ってたんだけど」
「いや、どちらかといえば配置が違うことを聞いてから動き出したから、第一ゲーム当初は普通に動く予定だったけどな」
「私も、配置が違うって気づいたときはワンチャンあると思った。でもそれだけじゃなかったんだ」
「それだけじゃない?」
「実は、この194回目、もう一つミスがあったんだ。……私に禁忌の能力を渡したことだな」
「能力を管理してるのは……blood辺りだよな」
「bloodが意図的にやってくれたのかは分かんないけどさ、禁忌の能力によってネームド同士で殺人できるようになって、正直助かったな」
「そーだな。じゃあ、194回目はそういう人為ミスが重なってできたのか、結果としてラッキーってことなのかな」
「だね。……でもさ、もし私に勇気があったら、禁忌の能力で色々できたのかなって思っちゃうんだ」
「例えば?」
「ambitionだって殺せたはずだし、emptyとかもいけたんだろ?そしたら花芽さんが死ぬこともなかった。なんなら、bloodに会う機会があれば……。でも、私は」
「そういうことか。あのな、別にお前は殺人とかしなくていいんだよ、お前がしたことは合ってる」
「……でも”俺達”兄弟だから!だから……そういう悪い事も分割してれば……」
「だからいいって。そもそも、そういうことを背負うやつは一人で十分なんだよ。お前は脱出したら星斗と何のゲームするかだけ考えてろ」
「……星斗と?そりゃいいけど、やっぱり兄ちゃんとゲームしたい」
「素直になるのが遅すぎないかな……。最初から弟してくれてたら良かったのに。お前思春期すぎて近寄れなかったじゃん。保護されて数日の保護猫みたいだったぞ」
「壁作ってた部分はあると思うけど……ごめんなさい」
「もうゲームする時間はないかな。だから、色々話させてくれ」
「分かった」
「まず俺と別れた後、お前は最下層の広場で待機してろ。その時にこれだけ持っとけ」
「……え、これって、神化香?なんで……だって、jealousyの部屋に」
「有能な大怪盗を味方につけたんだ。その話も後でする」
「ふーん……」
「で、しばらくしたら星斗が来る。ワンチャン残り面子も来るかもしれねぇ。ただ、ネームドはお前だけだからお前に殴りかかってくる忌むべき存在もいると思う。そしたら俺から色々話されたって言え、多分通じる」
「参加者の人にも会ってるのか」
「お前ほどちゃんと時間取ってないけどな。偶然、超インテリの女が居て助かった」
「そして、俺が準備出来次第最下層の広場に飛び降りるから、特にキャッチもせずに見守っててくれ」
「超霊媒体質でなんとかするんだっけ」
「おう、広場はなぜか吹き抜けになってるから飛び降りるのは余裕、そして多分bloodも拒否らずに俺を神器にする」
「そしたら戦闘開始。残り面子にも戦えそうなやつそんないないから、基本兄弟対決になると思え。そして、お前たちは絶対に勝てる。本当にそれだけは信じてくれ」
「……」
「兄ちゃんはそこまで超人じゃないから、多分グロい形相になると思う。臓器全部吐き出すやつな。お前には説明する時間を作れたが、星斗には作れてない。俺の準備期間の時に、その話もしといてくれるといいな」
「上手く説明できるかな」
「多分猫手でお手本は見てる。あれを金髪がするってだけ。再放送。そう説明すれば十分だろ」
「……」
「所々吐こうとするのやめようぜ?マジでここで吐くなよ?」
「……吐かないって」
「流れは大体それで終わり。黄楽天を引きはがせたら、黄楽天も時間の問題で消滅する。そしたら多分すごい揺れになって最終的に飛行船は地面に落ちる。で、脱出。どうだ?」
「頑張る」
「ありがとな。本当、お前なら俺よりいい兄になってくれるだろうよ」
「無理だ」
「無理じゃねえって。てか、これだけの説明で覚悟決めれるの、相当じゃね?俺はここまで来るのに194回もかかっちまったからな」
「それは機会がなかったからじゃないの?」
「機会はあった。”72回目”に関してはそうだろ?あそこで俺があの能力を使えてたら、って時々考えちまう」
72回目。
一番惜しかった回とも呼ばれる。
そもそも、この194回目がここまでいいところまで来ているのは、いくつもの条件を潜り抜けてきたからだ。
禁忌の能力が上(happy、jealousy、blood、empty、blossom)以外に渡されている事。
第一ゲームの配置が異なり、いつもの流れからずれること。
輝煌貴志が動ける状態ではないこと。
禁忌の能力保持者が生存している事。
jealousy、bloodの神器が存在していること。
黄楽天が無効化されること。
上が最後に倒すblood以外全員死んでいる(blood戦でblood単騎になる)こと。
それら全てを達成している時、計画は可能になる。
194回目は、今のところ全て達成できている。
72回目は、輝煌貴志が動ける状態でない事以外達成できていた。
それも、その条件もケアできる状態だった。
当時俺が保持していた、禁忌の能力を使えば。
でも、俺は撃てなかった。使えなかった。
そのせいで、194回目なんて言うところまで来てしまい、余計に弟たちを苦しめてしまった。
あれを貴志に撃ててたら。
「たとえあの状況だったとしても、私も撃てるわけないと思うけど」
「まぁ、今回は撃たないとだめなんだけどな……ほんと、お前に酷い事任せて悪いな。こんな兄貴を許してくれ」
「だ、だから兄ちゃんは何も悪くないって!ただ……私が兄ちゃんのようになれるかどうか」
「俺みたいに撃つのひよっちゃだめだからな、頼んだぞ」
そう、後は弟たちにかかっている。
もう俺ができることは全てやったんだ。
こんな重荷を負わせたくはない。
俺だって兄になることの辛さは分かっている。
でも。でも、やらせるしかない。
本当に、この計画しか思いつかなかった俺の事が大嫌いだ。
心底存在してほしくない。頭を誰かと取り替えたい。
俺はこの計画が嫌いだ。
しかし、この計画を達成できない限り、弟たちは死ぬ。死に続ける。苦しみ続ける。
もう進むしかない。
切斗の心の痛みが共鳴している。
最もつらいのは俺じゃないってのに。
痛みを共有できるほど、俺達は兄弟だったんだろうか。
最後の弟としての顔を俺に見せ、切斗は壁にもたれかかった。
俺も、最後に兄として笑顔を見せ、上階に向かった。
「じゃ、逝ってくる」
「……じゃあね、兄ちゃん」
「星斗を頼んだ。それから、無理しすぎるなよ。俺みたいになるから」
「分かったって」
……あとは、あの剣さえ機能すれば全ての可能性をケアできる。
大丈夫だ、絶対に勝利は近いのだから。
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