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泣き止まない私を心配してくれた光貴は、とりあえずゆっくり休んでおいで、と笑顔で寝室へ送り出してくれた。
そんな光貴をリビングに残して言われた通り三階の寝室へ向かった。
寝室に鎮座するベッドを見つめた。ここで毎日のほとんどを泣いたりぼんやりして過ごしていた。
立派な新築マイホームで、詩音を失くして泣いてばかりいたから。
毎日泣いていたばかりいた私と、今の私では決定的に心の向いている方向が違う。
でも、だからといって光貴を裏切ってもいいわけがない。
一度きりの酔った勢いの過ちとして、墓場まで持っていくしかない。
新藤さんにはもう二度と会わないようにしようと思い、スマートフォンを取り出した。
見るとメッセージアプリに2件のメッセージが入っていた。
なんだろうと思って見ると、送り主は新藤さんだった。
――律の性格を考えたら、酔いも醒めた状態で旦那に会ったら罪を感じて、もう俺に会わないと言うと思う。でも、それは赦さない。俺はいつでも律と一緒に地獄へ堕ちてやる。俺を裏切ったら、証拠の動画を旦那に見せる。
ドキリとした。新藤さんには私の心なんてお見通しなんだ。
頭が良くて、着眼点が鋭くて、人の性格を掌握していて、次の行動を常に想定している。
人気バンドのフロントマンを努めて大勢のファンの心を掴み、更に優秀なハウスメーカーの営業マンだからこそ、身に着けているスキル。
抗える気がしなかった。
一緒に送られてきていた動画を震える手で再生した。昨日新藤さんに撮影された時のものだった。
彼の名を歌い、乱れ狂う罪のライブの映像が。
鳥肌が立った。AV女優のように乱れる私の姿は、まぎれもなく自分そのもので。
そのおかげで鮮明で強烈な記憶が呼び覚まされた。記憶だけでなく体も熱くなる。
白斗の息遣い。彼に見つめられたあの舞台での出来事。
夢じゃない。もう戻れない。
様々な感情が駆け巡る。無理やり閉じ込めてもあふれ出てしまう。
16年分のあなたへの想い――
こんなものを純粋な光貴に知られるわけにはいかない。
地獄へ堕ちるのは私と白斗だけでいい。
絶対に悟られないように笑顔で光貴を裏切り続ける――私に遺された道はこれしかない。
心がどれだけ痛もうが、どれだけ傷がつこうが、決して知られないように笑顔を続けること。
光貴に笑顔を向けながらその裏で罪の歌を歌う私の姿を想像すると、この場から消えたくなった。
スマートフォンを握り締めて泣いていると、またメッセージが届いた。
心臓が跳ねる。急いでメッセージを読んだ。
――約束を守ってくれたら、動画は誰にも見せないから安心しろ。それより今度いつ会えるか教えてくれ。お前からの連絡、待ってるから。
新藤さんが私からの連絡を待っているということは、また会いたいと思ってくれているんだ。本当に気まぐれや遊びの一夜限りの関係じゃない。
それが嬉しいと思う私は、本当に最低だ。
光貴。
ほんとうにごめんね。
私の好きな男性は光貴だけだと思っていたのに、全部、それは誤りだったと気付いてしまったから。
優しくて、思いやりがあって、私のことをいつも大切にしてくれて、言葉足らずな所もあるけれど、それでも素敵な男性なのに。
自分の奥底の気持ちにもっと早く気づいていたら。
光貴をあんなに追い詰めなくても済んだのに――