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昼休みの教室はざわついていた。 席を立つ生徒たちの喧騒のなかで、ナツギは静かに読書を続けていた。
その隣の席に、ハルトの姿がないことに気づく。 見慣れたその横顔が、今日はまだ、視界に入ってこない。
ふと顔を上げたときだった。
――教室の後ろ。窓際。 そこに、ハルトの姿があった。
その隣に、見知らぬ女の子。 長い髪、控えめな笑顔。制服のリボンが少しだけ斜めに曲がっていて、それが妙に目に残った。
ハルトは笑っていた。 ナツギと話すときと同じように、いや、もしかすると――それ以上に、楽しそうに。
心臓がひとつ、打ちそこねた気がした。
昼休みが終わる頃、ハルトが戻ってきた。
「ごめんごめん、遅くなった。なんか転校生と話してたら長くなっちゃって」
「……転校生?」
「うん。今日から来た子。名前は……あ、サヤカちゃんって言ってた」
“サヤカ” ナツギはその名前を頭の中で反芻する。 知らない名前。知らない顔。知らない声。
けれど、そのすべてが、自分の“知っているハルト”の隣にあった。
「なんかね、俺のこと前から知ってたって。クラスに馴染めるように、色々教えてって頼まれた」
「……そう」
ナツギの返事は、それだけだった。
ハルトは、いつものように笑っていた。 けれどナツギの目に映るその笑顔は、どこか遠くにあるように感じられた。
ノイズだった。 “彼女”の名前も、“その笑顔”も、ナツギにとっては雑音だった。
その日の放課後、ハルトはサヤカと一緒に下校した。
ナツギはひとり、教室に残ったまま、机の上の本に手を置いていた。 文字は目の前にあるのに、何も読めなかった。
頭の中で、繰り返す。
――“ナツギくんって、彼女とかいるのかな” ――“ハルトくん、ナツギくんと仲良いよね” ――“ナツギくんのこと、もっと知りたくて……”
誰だ、お前は。 何を、知ろうとしてる。 どこまで、踏み込むつもりなんだ。
ページをめくる手が震えていた。 それが怒りなのか、悲しみなのか、ナツギ自身にもわからなかった。