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それからのオレはと言えば。
思ってた以上の社長代理としての仕事に、毎日追われていて。
社員として働いていた時は、社長と直接会う機会もなかったから気付かなかった。
なんとなくたまに聞く話で、親父が大変そうにしていることは知ってはいたけれど。
実際何をしているのかとかも知らなかった。
だけど、社長代理として改めて知った社長の忙しさ。
こんなことを今もこなしているのかと思ったら、確かに倒れてしまうのは分かる気がした。
「樹。どうだ? もう仕事は慣れたか?」
仕事の移動中の車の中で、隣に座っている秘書の神崎さんが声をかけてきた。
「神崎さんから見ててどう? オレこれでちゃんと出来てんの?」
「頑張ってるんじゃないか?」
「へ~神崎さんから見てそう思ってくれるんだ」
「とは言っても、社長に比べたらお前なんてまだまだだけどな」
「わかってるよ」
神崎さんは、オレが若い時から親父の秘書としてずっと支えてくれた人で、よく家にも来たり、仕事以外の時も、オレの面倒まで見てくれた兄貴みたいな存在。
兄弟のいない自分としては、神崎さんは面倒見のいい兄貴代わりの存在で心を開ける一人だ。
だから二人の時は秘書としてではなく、たまにこんな風に昔からの気を遣わない話し方で接してくれる。
「でも。こんな大変だとは思わなかった」
「まぁ社長が自ら望んでやってることだからな、この仕事のやり方は。いくつかある支社や店舗も、社長が自らチェックをしに行く」
「よくやるよ、あの人ももういい歳なのに。こんな動き回ってさ」
あえて同じように社長のそのままの仕事を引き継ぐこと、それを怠らないことが社長の指示。
「それが社長の楽しみなんだよ。自分が手を離れてる場所でもすべて把握しておきたい、もっとたくさんの人が喜んでもらえるモノをつくりたい、そういう人なんだよ昔から」
「そう、なんだろうね。昔からあの人、会社のことになると家族もそっちのけでそっちばっか優先の人だったから」
子供の頃のオレは、そんな親父だから嫌だった。
オレより母親より、会社のことが大事なのかと。
だけど、親父の代わりに顔を出す場所全部で、社長は大丈夫なのかと心配する声と、いつも親身に相談に乗ってアドバイスをくれること、楽しそうにいつも笑顔で話を聞いてくれると、オレが今まで知らなかった親父が次々にわかっていって。
そんなに心配されるほど親父はしょっちゅう顔を出していたんだなとか、そこまで大きくないお店だったりも顔を出してアドバイスをしていることだとか、意外な話を聞いて正直驚いた。
そして、家ではオレの前ではずっと寡黙で無口だった親父なのに、社長としては楽しんでそんな笑顔をたくさんの人が見ているということ。
全部オレの知らない親父の姿だった。
もっとドライでシビアで冷静な人なのだと思っていた。
なのに、社長の仕事をすればするほど、親父の知らなかった人柄や、この会社に対しての愛情が伝わって来て、オレは今まで感じたことない感情に覆われる。
それは決してこうならなければ知り得なかったこと。
息子として家族として、一社員としてだけでは、きっとわからなかったこと。
ずっと親父に対して反発して好き勝手にやっていた感情が、今度は宙ぶらりんになる。
だけど、それと同時に、そんな親父の代わりをちゃんと務めなければいけないと言う気持ちと、この会社を今は親父の代わりにオレが守らなければいけないという使命感が、今のオレを奮い立たせる。
「だけど、社長の大変さや会社をどれくらい大切にしてるかがわかったってとこかな?」
「えっ・・なんでわかんの!?」
少し笑いながら神崎さんは今のオレの気持ちをズバリと当てて来る。
「何年樹といると思ってんだよ。お前のことなんて何でもお見通しだよ」
そう。
神崎さんはいつもこんな感じで。
オレが一人寂しくしてる時も、いち早く気付いてくれて慰めてくれた。
オレがホントは親父に伝えたかった喜びも、親父が忙しくて気付いてくれなかった時、神崎さんが代わりに一緒に喜んでくれた。
いつだって神崎さんはオレをわかってくれる。
「オレ・・親父の代わりなんてこの先ホントにやっていけんのかな・・・」
だから、つい神崎さんには弱音を吐いてしまう。
「何? もう自信なくなった?」
「いや・・そうじゃないけど・・。オレ的には頑張ってるつもりではいるけど、あまりにも親父が慕われてるんだなってわかったっていうか・・。だから、ホント親父がいてこそ、なんかどれも成り立ってることなんだなって・・・」
「だからだよ」
「え・・何が?」
「だから社長は樹に任せたんだと思うよ。それだけ大切にしているこの会社を、樹にも知ってほしかったんじゃないかな」
「確かに・・こんなことがないとわからなかった。こんな大変なことも、こんなに大切にしていることも」
「だろうね。樹はこの会社入社する時もホントに嫌がってたからね」
「いや、あれは! まぁ・・そうだけど・・」
その当時も、やっぱり神崎さんはそばにいてくれて。
嫌がるオレを説得したのも神崎さんだった。
最終的に神崎さんがいてくれるから、この会社に入社を決めたみたいな部分も正直あった。