テラーノベル
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◇
ポケットの中にある小さなベロアの箱が気になって、勇斗はさっきから何度も何度も上着の上からそれを確かめていた。
中に入っているのは、シルバーの指輪がひとつ。少し形は歪だけど、仁人の好みを調べに調べ、慣れないアクセサリー工房に何度も内緒で通い詰めて一生懸命手作りした世界に一つだけの指輪。
(……いや、でも待てよ。本当にこれで喜んでくれるか?)
ふいに頭によぎるのは、前にお揃いの指輪をプレゼントした時に「俺の好みじゃない」とバッサリ切り捨てられた苦い記憶。あの時は俺の好みを優先して大失敗したからこそ、今回は死ぬ気で仁人の好みに合わせたつもりだ。
だけど、いざ出来上がったものを手元に置くと、急に怖くなってしまった。
断られたらどうしよう。
気に入ってもらえなかったらどうしよう。
そんなことばかりが頭をぐるぐると回り、いつ切り出せばいいのか完全にタイミングを見失っていた。
「……なぁ、勇斗。さっきから何なの?」
怪訝そうな仁人の声に、俺はビクッと肩を揺らした。
「え? 何が?」
「何が、じゃないよ。さっきからずっと挙動不審だし、チラチラこっち見てきて……。何か隠し事してるでしょ」
「隠し事なんてしてねぇよ……! 」
嘘が下手くそなのは自分が一番よく分かってる。本当は「お前だけを思って指輪を作ってたんだ」と言いたかった。でも、恥ずかしさと恐怖が邪魔をして、どうしても言葉にならない。
俺があーだこーだと言い延ばしていると、仁人の目の色があからさまに変わった。
普段は理性的で冷静な仁人が、見たことがないくらいイライラした様子で俺を問い詰めてくる。
「嘘つくなよ。そんなにあからさまなのに隠すとか……俺、そんなに信用されてないわけ?」
「だから違うって! なんでそうなるんだよ!」
ヤバい、怒らせたいわけじゃないのに。焦れば焦るほど言葉が空回りして、売り言葉に買い言葉で、俺たちの口論はどんどん激化していった。
一歩も引かない仁人に、俺も余裕をなくしてムキになってしまう。
「もういい!」
限界を迎えたように叫んだ仁人は、俺の制止も聞かずに、乱暴に家を飛び出して行った。
「おい、仁人! 待てって!」
バタン!と激しく閉まったドアの音にハッと正気を取り戻し、俺は慌てて上着を掴んで外へ飛び出した。
夜の冷たい空気の中、少し先を歩く仁人の背中が見える。
「仁人!!」
何度も名前を呼んで追いかけるのに、あいつは頑なに振り返ろうとしない。だけど、街灯の光に照らされたその横顔が、涙でぐしゃぐしゃに濡れているのが見えた。見ことがないくらい傷ついた表情で、俺から逃げるように歩いている。
(あんな顔、させたくなかったのに!俺が、うじうじしてたせいで……!!)
激しい後悔が胸を突き刺す。今すぐ追いついて、抱きしめて、全部話して謝ろう。そう思って足の速度を上げた、その時だった。
――激しいクラクションの音。
「え……?」
仁人が歩を進めた交差点。赤信号を無視して猛スピードで突っ込んできた車のライトが、仁人の身体を容赦なく照らし出していた。仁人は完全に注意力が散漫になっていて、その光に気づいていない。
「仁人……っ!!」
喉がちぎれるかと思うほどの悲鳴が、俺の口から飛び出していた。地面を蹴って足を踏み出す。必死に、必死に右手を伸ばした。あと数メートル、あと数センチ。頼むから間に合ってくれ!仁人だけは――。
俺の指先が、あと一歩で仁人に触れるというその刹那。
ドカッ、とすべてを破壊するような鈍い衝撃音が鳴り響く 。
その瞬間――世界からすべての音が消え、奇妙なほど歪なスローモーションへと変わった。俺の手は虚しく空を切り、仁人の身体が、嘘みたいに高く宙を舞った。重力に従って、アスファルトへ叩きつけられ、ぐったりと動かなくなる仁人。頭部からは、真っ赤な血がじわじわと広がっていく。それを認識した瞬間、世界は残酷なほどの正常な速度を取り戻す。
「嫌だ……嘘だろ……仁人っ……仁人!!!」
世界が真っ白になるほどの絶望が俺を襲った。駆け寄り、どんどん冷たくなっていく仁人を狂ったように抱きしめる。
「おい、目ぇ開けろよ! 嘘だって言えよ仁人!!」
周囲に人の集まる気配がする。誰かが「救急車!」と叫んでいる。だけど、今の俺には何も聞こえなかった。ただ、目の前で命の灯火が消えかけている仁人しか見えない。
やがて、けたたましいサイレンと共に救急隊員たちが駆けつけ、仁人の身体をストレッチャーに移そうと俺の腕から引き離そうとした。その瞬間、俺の脳内で何かが完全に焼き切れた。
「触るな……ッ!! 俺の仁人に触るんじゃねぇ!!!」
野生の獣のように牙を剥き、救急隊員の手を激しく振り払って凄む。
もう、何もかもが敵にしか見えなかった。俺の仁人に触るな。俺から奪おうとする奴は、誰であれ絶対に許さない!
「落ち着いてください! 助けるために運ぶんです、離してください!」
「うるせぇ!うるせぇ!! 離さねぇ……!俺から仁人を奪うな……っ!!」
必死の説得にも応じず、仁人の手を絶対に離そうとしない俺の異常な気迫に押され、結局、俺は仁人の手を握りしめたまま、救急車へと押し込まれた。
ゅ に ゃ 。 🍒🍼
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コメント
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じゅんじゅんさん、第2話読みました…!🤍🥀 勇斗の指輪、めっちゃ想い込めて作ったのに言葉が出なくてすれ違っちゃうのが苦しい。仁人の涙、あれ見た瞬間もう胸が潰れるかと思った…。そしてまさかの事故…「俺の仁人に触るな」の執着、崩壊寸前の勇斗が痛いくらい伝わってきて、続きが気になりすぎます。丁寧に描かれた感情の闇、本当に美しくて苦しいです。次話も楽しみに待ってます…🌙