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Episode 58「ありがとう」
夜風が静かに吹いていた。
三上と黒瀬は、村の外れをゆっくり歩いていた。
空には薄く雲がかかっている。
遠くで木々が揺れる音だけが聞こえていた。
いつもなら。
三上が適当に軽口を叩いて。
黒瀬が少しズレた真面目な返しをして。
それを三上が突っ込む。
そんな雑談が、いつもみたいに自然と始まる。
けれど今日は違った。
二人とも、しばらく何も話さなかった。
足音だけが静かに続く。
やがて。
「……すみませんでした」
黒瀬がぽつりと言った。
三上は隣を見ないまま返す。
「何がだよ」
「……あの時です」
「三上さんに、全部背負わせました」
少し沈黙。
夜風が吹く。
三上は小さく息を吐いた。
「……まあ、正直しんどいよ」
黒瀬が目を向ける。
三上は苦笑した。
「寝れてねぇし」
「夢にも出る」
「今でも残ってるんだよ」
三上がゆっくり、自分の手を見る。
「斬った感触」
「血の匂い」
「死ぬ瞬間の顔」
「頭から全然離れねぇ」
静かな声だった。
感情を押し殺したみたいな声。
「……でもな」
少しだけ間。
三上は前を向いたまま言う。
「俺、あの時の事は全然後悔してねぇんだ」
黒瀬が目を開く。
「もし時間巻き戻って」
「またあの時に戻っても」
「俺、絶対同じ事する」
夜風が二人の間を抜ける。
「だって」
三上が少し笑った。
「お前等に、あんな思いさせなくて済んだからな」
「黒瀬も」
「水瀬も」
「奈央ちゃんも」
「守れて良かったって、本気で思ってる」
少し冗談っぽく肩を竦める。
「それに俺、お前等守れた事、結構誇りなんだわ」
黒瀬は何も言えなかった。
喉が詰まる。
三上は続ける。
「だから、ごめんなさいじゃなくていい」
「ありがとうでいいんだ」
「お前が自分責める必要も無い」
「俺は、あの時あの選択が出来た自分を、ちゃんと誇りに思ってる」
黒瀬の目が少し潤む。
何かを言いかける。
「……すみ」
途中で止まった。
三上が少し笑う。
黒瀬は小さく息を吸った。
それから。
「……ありがとうございます」
少しだけ涙声だった。
三上は笑う。
「ああ」
短い返事だった。
けれど、どこか安心したような声だった。
少し沈黙。
その後。
黒瀬がふいに口を開く。
「……もう少し散歩していきませんか」
「ん?」
「雨、降ってきたので」
三上が空を見る。
降っていない。
黒瀬が続けた。
「乾かしたいです」
「何をだよ」
三上が思わず突っ込む。
黒瀬は少し視線を逸らした。
三上はその顔を見て、小さく笑った。
「……まあ、もうちょい歩くか」
「はい」
その後は、少しだけいつも通りだった。
どうでもいい雑談。
村の飯の話。
水瀬がまた変な薬草を入れた話。
奈央が実は結構怒ると怖い話。
そんな、本当にいつもの会話。
家へ戻る頃には。
二人の話し声は、少しだけ楽しそうだった。
その声を聞いて。
部屋の中にいた水瀬は、小さく息を吐いた。
「……よかった」
奈央も静かに頷く。
やがて扉が開く。
「遅いですよ!もう〜!!」
水瀬がわざとらしく頬を膨らませる。
「心配したんですよ〜?」
「悪い悪い」
三上が苦笑する。
その日の夕飯は。
少しだけ、いつも通りだった。
他愛ない雑談。
小さな笑い声。
まだ全部戻った訳じゃない。
それでも。
確かに、少しだけ空気は柔らかくなっていた。
夜。
布団の準備を終えた頃。
水瀬がふいに言った。
「……今日は皆で一緒に寝ませんか?」
少しだけ沈黙。
いつもなら。
三上が茶化す。
けれど今日は違った。
「……そうだな」
三上が静かに頷く。
四人で布団を並べる。
川の字みたいな、少し無理のある並び方。
電気が消える。
静かな夜。
しばらくして。
「……皆さん、起きてます?」
水瀬の小さな声。
「起きてる」
「起きてます」
「うん」
それを聞いて、水瀬が少しだけ笑う。
「……手、繋いで寝ませんか」
少し間。
「子供かよ」
三上が小さく笑う。
「でも、悪くないかもな」
やがて。
四人の手が、静かに繋がった。
少しだけ温かかった。
そのまま。
いつものような、どうでもいい会話が少し続く。
誰が一番寝相悪いとか。
映画の犯人予想が外れすぎだとか。
そんな、本当にどうでもいい話。
やがて。
静かに声が減っていく。
一人ずつ眠っていった。
三上は、今日も夢を見た。
だけど今日は、いつもと違う夢だった。
黒瀬隊の作戦室。
映画。
ソファ。
騒がしい雑談。
奈央の呆れた声。
水瀬の笑い声。
黒瀬の静かなツッコミ。
いつも通りの日常。
当たり前みたいに過ぎていた時間。
だけど。
本当は、とても幸せだった時間。
そんな夢だった。
その夜。
三上は、人を殺して以来初めて。
深く、眠る事が出来た。
コメント
1件
読み終わりました…三上が「誇りに思ってる」って言ったところ、すごくぐっと来ました。重いもの背負ってそれでも前向こうとする強さがカッコよかった。最後に四人で手を繋いで寝るシーン、じんわり温かくて涙出そうになりました。黒星さん、ありがとうございます🥀