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#🐟️×🍇
ねぎ茶
27
翌日の撮影を終えた夜、四人はコーディネーターの案内で、旧市街の奥まった一角にある小さな家を訪れた。
日干し煉瓦の壁に囲まれた、こぢんまりとした中庭。
真ん中には古い桑の木が一本立ち、その下に敷かれた絨毯の上で、白い髭を蓄えた老人が静かに四人を待っていた。
頭上には、街灯の届かない濃紺の夜空が広がり、無数の星が、日本では見たことのない密度で瞬いている。
運ばれてきた緑茶からは、乾いた茶葉の香りとともに、微かに杏の匂いが漂っていた。
「よく来られました。まあ、座って」
老人の声は掠れていたが、不思議と耳に残る低さがあった。
四人が腰を下ろすと、老人はしばらく黙って茶を一口含み、風に揺れる桑の葉の音に耳を澄ませるように、目を閉じた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「昨日、コーディネーターから聞いたそうですね。あの、香水の話について」
「はい。ブランドの話とは、少し違うものが伝わっている、と伺いました」
仁人が答えると、老人は皺の刻まれた口元に、微かな笑みを浮かべた。
「──では、お話ししましょう」
その一言を境に、中庭を包んでいた乾いた風の匂いも、桑の葉のざわめきも、少しずつ遠くへ退いていった。かわって満ちてくるのは、もっと古い、もっと乾いた土地の記憶だった。
昔々、乾いた風の吹くある国に、ひとりの騎士がおりました。
名をハヤトといいます。
ハヤトは、まだ幼い頃、将軍家の子として生まれながら、ある部族長の屋敷に預けられ、そこでひとりの少年と共に育てられることになりました。
その少年の名を、ジントといいます。やがて部族を継ぐことが定められた、気高く、聡い少年でした。
二人は、はじめのうち、あまり馬が合いませんでした。
ハヤトは、物怖じを知らぬ、快活な性分。
ジントは、滅多に心を開かぬ、生真面目な性分。
けれども、共に過ごす月日というものは、不思議な力を持っております。
かみ合わぬはずの二人は、いつしか、互いを補い合う、よい間柄になっていきました。
稽古の合間、こっそりと屋敷を抜け出しては、近くの川へ水遊びに行くこともありました。
「冷たくて気持ちいいぞ、お前も来いよ」
「危ないから、気をつけろって」
ジントはそう咎めながらも、裾をたくし上げ、自らも、そっと水辺に足を浸すのでした。
二人だけが知る、小さな秘密の時間。
その記憶には、まだ、何の名も、ついておりませんでした。
ジントには、もうひとつ、人に言えぬ楽しみがございました。
台所の隅や庭先から、サフランやカルダモン、薔薇の花びら、乳香の欠片を少しずつ集めて、香油を調えることです。
出来上がった香油は、ハヤトと、同じ部族の妾腹の少年ジュウにだけ、こっそり分けておりました。
「──やる。お前、いつも汗くさいから」
「ひでえ」
そう笑いながらも、ハヤトは小さな硝子瓶を受け取って、肌身離さず持ち歩くようになりました。
手首に移る香りは、ジントのそばにいない間も、ジントがそこにいるのだと教えてくれる気がしました。
やがて二人は、背丈も伸び、声も変わり、大人へと近づいてまいります。
すると、周りの大人たちの眼差しもまた、少しずつ変わっていくのでした。
主と従者。
それまで、何の陰りもなかったはずの間柄に、見えぬ糸が、絡みつくようになっていきました。
そんな折、ジントに縁談の噂が立ちました。
その噂を耳にした時、ハヤトの胸に、ひとつの想いが芽生えました。
──俺は、ジントを誰にも渡したくない。
ジントもまた、いつも一緒にいたハヤトを、もう、ただの従者としては見られなくなっていたのです。
その宵、二人は物見台にのぼり、月を見上げておりました。
「あのさ」
「……なんだよ」
「俺、たぶん、お前のことが好きだ」
ジントは、しばらく黙り込み、やがて、絞り出すように答えました。
「……知ってる。俺も、たぶん、同じだから」
月明かりの下、どちらからともなく唇を重ねました。
友情と忠誠だと思っていた関係が、はっきりと変わった夜でした。
「これから先も、ずっと一緒にいような」
「……身分とか、関係なく?」
「関係あるかもしれないけど。それでも、俺はお前を選ぶよ」
「じゃあ、俺も。何があっても、お前を選ぶ」
純粋な誓いは揺るがない、と二人は思っていたようでした。
逢瀬のたびに、ハヤトはジントの手首に鼻先を寄せ、あの香りを深く吸い込みました。
「この香りは、俺だけのものにしてくれないか」
子どものような我儘だと、自分でも分かっておりました。
けれどハヤトは、この香りを、他の誰にも嗅がせたくなかったのでございます。
けれど、日が経つにつれ、ハヤトの心には、小さな影が差すようになりました。
ジントの心も、体も、確かに自分のものになっている。
それなのに、二人で並んで、堂々と歩める未来だけは、どこにも見えてこない。
──キリガナイな。
このまま、終わりの見えない関係を、続けていくだけなのか。
──トドカナイ。
どれだけ想いを重ねても、本当に望む明日にだけは、まだ指先すら届かない。
そんな焦りを、ハヤトは誰にも打ち明けられぬまま、ひとり、抱え続けておりました。
屋敷の奥では、ジントの縁談の話が、少しずつ、現実のものになりはじめておりました。
そのことに、この頃の二人は、まだ深く目を向けようとはしていなかったのです。
コメント
1件
うわあああああ待って待って待ってめっちゃエモい!!!!!😭💕 おとぎ話形式で語られるハヤトとジントの幼い頃からの関係、もう全部が尊すぎてやばい…。月明かりの下での告白シーン、どっちからともなく唇を重ねるって表現がもうド直球に刺さった…「この香りは俺だけのものにしてくれないか」って独占欲も切なすぎて鼻奥ツンしたよ…。 でも最後の「キリガナイ」「トドカナイ」の焦りが怖くて、続きが気になって眠れなくなるパターンですこれ!!るりさん、心臓に悪いです(褒めてる)🔥