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【ご報告】

2021年4月20日、当社所属のお笑いコンビ「ねじまがりサンダー」(笠木心平・秋野大樹)は、両者の話し合いの結果、解散する運びとなりましたことをご報告申し上げます。

「ねじまがりサンダー」は結成以来、コントを中心に精力的な活動を続け、多くの皆さまにご声援をいただいてまいりました。これまで応援してくださったファンの皆さま、関係各位に心より御礼申し上げます。

なお、解散後は、笠木心平は引き続き当社に所属し芸能活動を継続してまいります。秋野大樹は、本人の意向により当社を退所することとなりました。

両名とも円満な話し合いのもとでの決断となりますので、今後の個々の活動にも変わらぬご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

2021年4月20日

朝凪芸能株式会社



2021年4月19日

★東京【朝凪芸能】オフィス内・会議室

____________________


午後三時過ぎ。曇りガラス越しに差し込む光が、会議室の古びたテーブルにぼんやりと落ちていた。

外の喧騒は締め切られた窓に遮られていて、ただただ静かだった。冷房の風が低く唸りながら、背後の換気口からゆっくりと流れてくる。その音すら、妙に耳に触る。目の前には、何度も使い古したミーティング用の長机と、スチール製のグレーの椅子。壁際にはホワイトボードと観葉植物。よくある会議室。でも今日だけは、なぜだか居心地が悪く感じた。いつもより椅子のクッションが固く感じるし、テーブル越しに向かい合う秋野の存在が、妙に遠かった。

何度もネタ会議をしてきたこの場所。怒鳴り合ったり、バカみたいに笑い転げたりしたこともあるのに──今日は、妙に狭く、息苦しかった。

「……十二年か、長かったな。結構、ここまでやれたの」

秋野がぽつりと呟いた。眼鏡の奥で伏せられたまなざしが、机の上を彷徨っていた。

声は静かだったけど、言葉の奥にあるものは重たかった。かすかに手が震えている。

唇をかみしめるようなその表情は、何かを飲み込んでいるように見えた。


「そうだな」


それ以上、何を言えばいいのかわからなかった。言葉を重ねれば重ねるほど、崩れてしまいそうだったから。

俺の中にも、言いたいことはたくさんあったはずなのに、それらが全部、喉の奥で詰まって動かなくなっていた。


約十二年──


客が三人しかいなかった地下ライブハウス。出番前に缶コーヒーを分け合った楽屋。

徹夜明けで作ったネタを、笑いながらボツにした夜。

たくさんの「まだダメだったな」と、たまにある「ウケたな!」を二人で繰り返してきた。

その全部が、背中を押すように浮かんでは消え、浮かんでは消えた。

明日、解散報告を告げる。もう、決まったことだ。会議は難航した。事務所の担当者も、一時は引き止めようとしてくれた。

ファンのことを考えてくれとも言われた。わかってる、わかってるよ。それでも、俺たちは“解散”という言葉を、自分たちの手で選んだ。


「ここで、おしまいか」


ポツリと、俺がそう言ったのとほぼ同時に、秋野が肩を少しすくめた。


「……結局さ、ファンの子たちにも悪いことしちゃったな。ほら、笠木が休んでた頃……そのままあやふやになっちゃってさ」

「……」

「責めてるわけじゃねーよ。ごめん」


秋野はすぐに首を横に振った。自分の言葉がトゲになったことに気づいて、慌てて取り繕ったように。

でも、俺は怒ってなんかいなかった。ただ、苦しくて、情けなくて、うまく呼吸ができなかっただけだ。

謝るなよ──って、言おうとした。でも、その一言すら、口にする気力が出なかった。

だから俺はただ、テーブルの上のマグカップを見つめていた。

誰も手をつけなかった、ぬるくなったコーヒーのにおいが、やけに漂っていた。


謝るようなことじゃないのに。けど俺も、ちゃんと向き合ってなかったのかもしれない。

曇りガラス越しに、外の光がぼんやりと差し込んでいる。ここ数日、ずっと天気は冴えなかった。春のはずなのに、肌寒い。


「俺のせいだ、ごめん秋野」

言葉が、喉からこぼれ落ちた。言わない方がよかったかもしれない。でも、どうしても飲み込めなかった。

秋野は、少しだけ目を見開いた。それから、息を吐くように笑った。


「それは、言いっこなしだろ……俺だって、どうしてよかったかわかんなかったし」


秋野の声は、ひどく穏やかだった。静かに、何かを手放すみたいな優しさがあった。

怒ってもいいのに。責めてもいいのに。そうしない秋野の言葉が、逆に胸に刺さった。


「笠木が謝ることじゃないよ」


俺は、俯いた。外では、車のクラクションが鳴った。ビルのすぐ下にある交差点で、誰かが信号を無視したのかもしれない。

それなのに、この部屋の中だけが、別の時間を生きているように静かだった。

マグカップの中のコーヒーは、すっかり冷めていた。手を伸ばそうとして、やめた。


たぶん、秋野も同じことを考えていたんじゃないかと思う。もうすぐ、この部屋を出ていく時間がくる。

明日になれば、俺たちはもう「ねじまがりサンダー」じゃなくなる。でも、今はまだ。

この静けさの中で、何かを終わらせる勇気が出ないまま、俺は秋野の指先を見ていた。

ねじまがりの先で

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