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「あ……っ」
国王を暗殺する覚悟を持っていたはずなのに、青年はギルバートを傷つけた事に動揺し、固まった。
「捕らえろ!」
ギルバートは左目からボトボトと大量に血が流れるのを押さえ、冷静に指示を出す。
すぐに周囲で剣を構えていた騎士たちが、青年を取り押さえた。
「嫌だぁっ! 俺は……っ」
騎士は悲痛な声を上げて抵抗するが、圧倒的な数を前に抗う事もできない。
捕らえられた騎士は十月堂から連れ出され、場は騒然とする。
よもやここぞという時にアルトドルファー王国の騎士が反乱を起こし、両国の国王も気まずい顔をしていた。
「一旦、調印式を取りやめますか?」
避難していた司祭が国王たちに尋ねた時、ギルバートの凜とした声がする。
「お待ちいただけないでしょうか?」
混乱し、淀んでいた空気を裂くような声を聞き、皆が彼を見る。
ギルバートは自国の国王の前に膝をつき、流れる血をそのままに深くこうべを垂れる。
「一瞬の出来事だったが、よく止めてくれた。そなたの主張を聞こう」
国王に発言を許されたギルバートは、「はっ」と返事をしたあと、顔を上げてその場にいる全員に訴えた。
「此度の調印式は、誰よりも両国の民が切望しておりました。戦争が終われば民は本来の生活に戻り、騎士たちも傷付く事がなくなります。その調印式でこのような不手際が起こった事、一国の軍を束ねる立場として深く反省し、責任を感じております。この事件が起こった事で、両国の方々も互いを疑っておいででしょう」
静まりかえった十月堂にいる全員が、平和を守った英雄の言葉に耳を傾ける。
「しかしながら、片目を失った私の願いが叶うなら――。このまま調印式を進め、両国の平和とさらなる繁栄を望みたく思います」
彼の言葉を表すなら、鶴の一声と言うべきだろうか。
皆がこれからどうなるか不安を抱いていたなか、ギルバートが示した〝結論〟は全員を安心させた。
安堵した聴衆は「おおっ」とどよめき、拍手をする。
十月堂に万雷の拍手が響く中、緊迫した表情をしていた国王たちも、雰囲気を柔らかくして微笑み合う。
「では、清掃の関係上、明日改めて調印式を執り行いましょう。アルトドルファー王国の皆様は貴賓館でゆっくりお休みください。……ギルバート、お前は両国の平和を守った英雄だ。感謝する」
国王にねぎらわれ、彼は胸に手を当てる。
「勿体ないお言葉です」
「早く傷を診てもらいなさい」
国王に言われ、ギルバートは部下たちに付き従われて十月堂をあとにした。
翌日、調印式は無事に行われ、その事件を発端にギルバートは英雄と呼ばれるようになった。
騒ぎを起こした青年騎士の名は、ベネディクト・フォン・バッハシュタイン。
その名が大逆人として広まる前に、彼は地下牢で毒薬を呷った。
なぜあのような真似をしたのかという理由も明かされず、十月堂事件は一人の騎士の思想的な犯行となる――はずだった。
だがその謎が紐解かれるのは、また別の話となる。
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