何かを「めちゃくちゃがんばったな〜」って時、僕はご褒美としていつもパフェを食べることに決めている。どんなパフェか、それはその時の気分によってそれぞれだけれど、フルーツのたっぷり飾り立てられたものや、モノクロのトーンがなんだか大人びているチョコレートパフェ、もちもちの白玉がお気に入りの抹茶パフェ、あとプリンが乗ったやつなんかもう最高に好き。クレープロールがささってるとちょっとテンションが上がるよね。下の方のコーンフレークは溶けたアイスと絡んでしなしなになってきたくらいで食べるのが好きなのだけれど、最近はお洒落なカフェなんかで提供しているパフェだと下の層はジュレとかになってて、そういうのもさっぱり食べれるので暑い時期なんかは特にそういうのを好んで食べたりする。
それこそバンドを組んだばかりの頃とか、まだデビューして間もない頃の経済的に苦しかった時期なんかは、ツアーを乗りきったあととか、なにか大きな仕事を成し遂げたあとにファミレスに行って800円くらいのパフェを食べるのがご褒美であり、たまの贅沢だった。
いまでは、洒落ているちょっと豪華なパフェを食べに専門店やらカフェやらに行くこともあるけれど、慣れ親しんだ味を求めるのか、やっぱり時々ファミレスのコーンフレークとアイスとフルーツソースやチョコソース、クレープロールがささったりなんかしてるパフェが懐かしくなってしまう。
「はい、どうぞっ」
目の前でコーラを飲んでいる元貴にキャラメルソースのかかったアイスを差し出す。彼はアイスに目がない。昔から、メンバーで打ち上げに行った際に今回はご褒美だからとパフェを頼んだ時は彼にアイスを分けてあげるのがお決まりになっていた。彼は少し逡巡してからスプーンに顔を寄せた。付き合っていない頃には平気でこの「あーん」を受け入れていたくせに、付き合ってからの今の方がなんだか気恥しいらしい。
「うわぁ、懐かしいなこれ」
元貴とファミレスに来てパフェを食べるのは久しぶりかもしれなかった。それこそ昔はメンバーみんなで来たりしたものだけれど、最近ではあまりそういう機会もない。
「でしょでしょ、僕ここのキャラメルバナナのパフェめちゃくちゃ好きなんだよね〜。でもすごいよね、10年以上前から変わらずにメニューにいるって言うのも」
「確かにね……でも良かったの?」
元貴がちょっと不満そうに口を尖らせながら僕に尋ねる。
「折角の俺からの”ご褒美”なんだからさ、もっといいのにしてもよかったのに。さっきのプリンのったちょっと大きいやつとか、というかまずファミレスじゃなくても……」
僕はぶんぶんと勢いよく首を振る。
「だって今日はこれの気分だったの。食べたいパフェなんでもいいって言ったの元貴じゃない」
「それはそうなんだけどさ……そうじゃないっていうか……」
元貴は、うーん、と小さく唸る。そう、今回は自分へのご褒美、ではなく僕のご褒美システムを知っている元貴からの提案だった。実は昨日、新曲のレックを終えたばかりなのだが、僕のパートについてレック本番になってかなり変更を加えたことを申し訳なく思っているらしかった。
「涼ちゃん、俺からのお礼もこめてご褒美パフェ食べに行こうよ」
彼の申し出に僕は嬉しくなって、いいの?と聞くと彼は大きく頷く。
「もちろん、何でもいいよ。今回はかなり苦労かけちゃったし……。ほら、前に気になるって言ってたショコラトリーのパフェとか」
「あ……それなら僕あそこに行きたいな」
そういって、よく皆でたまり場にしていたファミレスの名前を挙げると、彼は怪訝そうな顔をした。おそらく君は忘れてしまったんだろう。
実は昔にも一度、こういうことがあった。あの時僕は明後日にはライブ本番だというのに新曲がまったく上手く弾けなかった。始めたばかりのキーボード。ピアノとは勝手が違うのは分かっていたので、人一倍努力した。それでも、元貴の求める水準には追いつかなかった。何度やっても必ずどこかにミスが入る。全員での合わせが終わっても、ひとり練習スタジオに残ることにしてキーボードを弾き続けた。
「あっ」
ここはさっきもしたミス。あぁ、こっちが出来たと思えばこんどは別のところでミスだ。ぼろぼろと涙がこぼれた。それでも弾いた。あふれる涙でいよいよ目の前の楽譜すら朧気になった時、がちゃりと練習室のドアが開いた。誰か来た、と慌てて涙を拭う。目をやるとそこには元貴が立っていた。
「あ……お疲れ、元貴」
やばい、目もと赤いよね。何とか誤魔化そうとにっこり笑った後にすぐに下を向く。
「涼ちゃん……」
元貴はそのまま僕の方に歩み寄り、そっと僕の手を取る。
「そんな風に根を詰めたら指痛めちゃうよ」
元貴の柔らかな指が僕の指を優しくなぞるように撫でる。
「……ご褒美パフェ、食べに行こ!」
「えっ?」
ご褒美パフェ?え、なんで急に?しかも僕、ご褒美をもらえるようなことは何も出来ていないのに。戸惑う僕をよそに、元貴はあっという間に片付けを済ませて僕の腕を引いていく。到着したのはいつも皆で集まる、慣れ親しんだファミレス。
「ほら、俺からのご褒美なんだから好きなの選んで。……とは言ってもファミレスだけど」
メニューを広げてこちらに差し出す彼。
「さ、さすがに年下に奢らせる訳には……」
だって彼、高校生だし。なんだか罪悪感があるっていうか……。
「いまさら年齢のこという?同じバンドメンバーでしょ」
「う……でも、なんかご褒美もらえるようなことしてないし……」
ふぅ、と元貴は息を吐く。
「あのね、ご褒美ってのは何かを成し遂げなきゃもらえないもんでもなくて、何かを頑張ったなって時には、それを最終的にやり遂げるための燃料としても機能するものなの」
元貴は伏し目になって、僕の手を見つめる。
「涼ちゃん、キーボード楽しいって言ってた。それにいつもにこにこ弾いてて、その姿見る度に俺は、あぁここにいるのが涼ちゃんで良かったなって思うし元気にもなる。だから俺のせいでガソリン切れになってほしくない。これは、今日の練習とかだけじゃなくて、俺からのいつもの感謝を込めてのご褒美でもあるの」
だから、はい。と言ってぐいぐいとこちらにメニューを押し付けてくる。彼に心配をかけてしまっていたんだな、と申し訳なく思うと同時に、こうやって気遣ってくれることがありがたくもあった。
とはいえ、バイトをしてスタジオ代を稼いでいるような僕ら。メニューを見て、迷った末にいちばん安価な「キャラメルバナナサンデー」を指さす。注文してまもなく運ばれてきたそれは、小ぶりのグラスに3分の1ほどコーンフレークが敷き詰められ、その上にバニラアイスとキャラメルソース、バナナが層になっている。上には生クリームがたっぷり乗って、丸く形成されたバニラアイスと斜めにカットされたバナナ、それからキャラメルソースとクレープロール、ミントの葉で彩られていた。
「あ、ありがとう……いただきます」
スプーンでキャラメルソースのかかったアイスの部分を掬う。口に運ぶと、じんわりと冷たいバニラアイスの甘さと、ちょっとほろ苦いキャラメルソースが舌先から広がっていく。
「おいしい……」
疲れているせいもあったかもしれないが、今まで食べたパフェの中で、いちばんに美味しいと思った。身体中の緊張していた部分がゆっくりとほどけていくような感じがした。
「元貴も食べて!」
とアイスを掬って彼に差し出すと、彼はちょっと照れくさそうに笑ってから、ありがと、とスプーンを口に含む。
「ん、おいし」
「だよね!うわァ〜おいしい、ありがとう元貴」
「ふふっ、どういたしまして」
頬杖をついた元貴が嬉しそうに笑う。
「よかった、笑ってくれて」
あ……、と僕は息を呑んだ。
「笑えてなかった……?」
どんな時でも皆の前ではせめて笑顔は絶やさずにいようと思ったのに。
「んー……笑顔は作ってるけど、あ、これ笑えてはないなって」
俺、涼ちゃんの笑顔大好きだからさ。と彼は続ける。
「でも無理に笑わなくても大丈夫だよ。俺がちゃんと笑えるようにしたげる」
今日のこれみたいにね、と彼はにっこり笑ってサンデーグラスを指で軽く叩く。僕は熱くなる目頭を誤魔化すように冷たいアイスをたっぷりの生クリームと共に頬張った。甘さが口いっぱいに広がった。
肩の力が抜けたのが良かったのか、翌日の合わせでは大きなミスなくこなせた。あの日から、このキャラメルサンデーは僕の中でちょっと「特別なご褒美」になったのだ。
僕はもうひとさじアイスを掬って、ちょっと不満そうな顔をしている目の前の彼に差し出す。
「えっ、いいよ、涼ちゃんの分なくなっちゃうよ」
「いいの、折角一緒にいるんだから元貴と食べたいの」
君が覚えていなくてもいいや。まぁちょっと恥ずかしいしね。でもあの日、こうやって君と笑い合って、パフェを分け合って食べた記憶が、この10年以上の月日、確かに僕を支える一要素であり続けていた。
「ちぇ、かっこつけようと思ったのに……これじゃあ高校生の頃と変わんないや」
口を尖らせた元貴がそうぽつりと呟いて、僕は思わず笑みをこぼした。
※※※
「スイーツ」をテーマに展開していくオムニバス作品になります
視点も組み合わせもお話の雰囲気も様々!
新しい形の物語を楽しんでいただけたら嬉しいです!(作者はドキドキですが……)
また、気軽にコメントなどいただけたら嬉しいです〜( ˶’ᵕ’˶)💞
コメント
11件
なんだこのかわいい二人は、、!!! もっくんパフェのこと忘れちゃったのかぁ~って思ってたら最後の台詞!ちゃんと覚えてるのがまた😭✨ オムニバスめっちゃ楽しみ!かわいい感じの話が多そう~😻 あと甘いものの誘惑に負けそう笑
ほっこりしてるなぁ ほんとにこういうことありそう
ほっこり、うるうる、じーん、ニヤニヤしました、笑 本当にいろはさんの作品どタイプです❤ 癒されました(* ´ ` *)ᐝ