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中也ってそーいえばお酒好きだったな・・・って思い出したんだよ(今更)
二つの話が入ってます。
一つ目は、新婚太中♀の初夜です。
カチャリ、と鍵の回る音が静かなリビングに響いた。
「ただいまー……。いやぁ、今日のエノキは一段と首の括り心地が良さそうだったのだけど、まさか根元から折れるなんて思わないじゃないか。おかげでまたびしょ濡れさ。おまけに川底の藻が絡まって、まるで私が怪獣のようになってしまったよ」
いつも通りの気だるげで、それでいてどこか楽しげな声が玄関から聞こえてくる。太宰治がいつもの「入水」から帰ってきたのだ。
濡れたトレンチコートを玄関のフックに掛け、濡れた髪を軽く手で払いながらリビングへと足を踏み入れた太宰は、しかし、すぐにその足を止めた。
視線の先、リビングのソファ。そこにいたのは、彼の愛しい新妻だった。
「おや……? 中也、起きているのかい?」
いつもなら「遅えんだよ唐変木!」と怒鳴り散らすか、あるいはとっくに寝室に入っているはずの時間だ。しかし、ソファの上にいた中也は、どこか様子がおかしかった。
彼女の傍らには、すでに空になった高級ワインのボトルと、心許なげに転がっているグラス。
「……んぅ? ぁ……だ、ざ……?」
中也は座った姿勢のまま、とろんとした、およそ普段の彼女からは想像もつかないほど締まりのない目で太宰を見上げた。
頬は薔薇色に染まり、いつもはきっちりと着込んでいる服が大きく乱れている。お気に入りのシャツのボタンは上から三つほど外れ、華奢な鎖骨が露わになっていた。それどころか、肩からずるりと生地が滑り落ちて、白く滑らかな肌が部屋の灯りに照らされて怪しく光っている。
おまけに、いつもはきつく結ばれているか、あるいは綺麗に整えられているオレンジ色の髪が、今は無防備に乱れて頬や首筋に張り付いていた。
無自覚な色気が、部屋の空気ごと彼女の周囲に立ち上っている。
太宰は一瞬、息を呑んだ。
その瞳の奥に、普段の飄々とした彼からは決して見せない、昏く、深い光が灯る。
そう、太宰治という男は、世間的には「自殺マニアの変人」で通っているが、その本質は極めて潜伏性の高い、底の知れない好色家であった。これまでは中也が「素直になれない拗らせ女子」であることや、籍を入れて間もない新婚であること、そして何より彼女がこの手のことに関して完全に『処女』であるという純真さを気遣って、理性という名の薄い氷の上を歩くようにして手を出すのを我慢していたのだ。太宰自身はそれなりに経験のある身だからこそ、壊れ物を扱うように慎重に、タイミングを計っていた。
だが、目の前の光景は、その薄氷を容赦なく叩き割るに十分な破壊力を持っていた。
「中也。ずいぶんとご機嫌だね。私を置いて一人で晩酌かい?」
「んぅ……おせ、ぇ……。おまえが、おっそいからぁ……」
中也はふらふらと立ち上がろうとした。しかし、ただでさえ低い身長だ。おまけに完全に泥酔している。
平均身長を三寸ばかり超える太宰の胸元に、踵をめいっぱい浮かせてようやく届くか届かないかというその小さな体が、重力に逆らえずにぐらりと揺れた。
「おっと。危ないじゃないか」
太宰が長い腕を伸ばしてその身体を支える。
瞬間、中也は太宰の胸に顔を埋める形になった。水に濡れて少し冷たいはずの彼のシャツに、熱い体温をそのまま押し付ける。
「あー……だざい、だ。ほんとに、だざいだぁ……」
「そうだよ、君の旦那様さ。……って、中也? 何をっ……」
驚いたことに、中也は太宰の衣服に顔を擦り付けた後、信じられないほど甘い声をあげて彼の首筋に腕を回した。
「すき……」
「え?」
「だざい、すき。だいすき。愛してる……」
「っ……」
太宰の背中にドッと冷や汗のような、あるいは脳を焼くような熱い衝撃が走る。
普段なら「死んでも言わねえ」と顔を真っ赤にして突っぱねるような言葉が、その小さな唇から次々と溢れ出てくる。
「ほんとに、愛してるんだぞ、おまえ……。どっか、いっちゃうから……すぐ入水とか、するからぁ……。おれ、おまえの奥さんになったのに……寂しいじゃんか……。すき、すき、愛してる……」
「中也、君……自分が何を言っているか分かっているのかい?」
「わかってる、よぅ……。だざいが、すきなの。世界で一番、愛してる……」
完全に正しい思考を失っている。素直になれない拗らせ心は酒の海に綺麗に溶けて、後に残ったのは太宰への純粋で、濃密な愛情だけだった。
連呼される「好き」と「愛してる」の弾丸に、太宰の理性の壁が目に見えてみしみしと音を立てて軋み始める。
(……あぁ、もう。これは、私が悪いんじゃないよね?)
太宰は低く息を吐くと、中也を抱き上げたまま、すぐ後ろのソファへと腰を下ろした。
普段ならここで「可愛いね」とからかう心の余裕があるはずだが、今の太宰にそんなものは微塵も残っていなかった。彼の奥底に眠る、執着に満ちた男の顔が鎌首をもたげる。
太宰が腰を下ろすと、中也は自ら進んで彼の膝の上に跨がってきた。
小さな体で、太宰の腰を挟み込むようにして座る。ずるりとさらに捲れたシャツの裾から、白く細い太ももが太宰のズボンに擦れた。
「おい、きーてんのかよぉ……」
中也は太宰の反応が薄いと思ったのか、ぷっと両方のほっぺたを膨らませた。
それは、彼女が拗ねた時の癖だったが、今の状態で行われるとあまりにも破壊力が高すぎる。中也は太宰の肩を小さな手で掴み、自分の存在を主張するように、その場で腰をゆさゆさと揺らした。
「きけよぉ、だざい。おれの話、きいて……すきって言ってるんだから、おまえも言え……っ、あ……?」
太宰の腰のあたりを無自覚に揺らし、擦り付けていた中也の動きが、ぴたりと止まった。
泥酔していたはずの脳の片隅に、何やら強烈な違和感が走る。
自分の臀部の下に、先ほどまではなかった、明らかに硬くて、熱くて、恐ろしいほど存在感を主張している『何か』がせり上がってきたのを感じたのだ。
「へ……? にゃ、にゃんで……?」
中也の顔が、瞬時にカッと沸騰したように赤くなった。
お酒の赤さではない。恥ずかしさと、本能的な恐怖と、そして何より「自分が何をしていたか」を遅まきながら理解したことによる驚愕の赤さだ。
いくら処女とはいえ、成人した女性である。自分の下で猛り狂い始めているものが何であるか、そして、それを引き起こした原因が、他ならぬ自分自身の「腰を揺らす行為」であったことに、ようやく気づいたのだ。
「気づいたかい?」
太宰の声は、先ほどまでの優しげなトーンとは完全に異なっていた。
低く、低く、鼓膜を心地よく震わせるような、酷く男性的で、肉食獣のような響き。
太宰の手が、中也の細い腰をがっちりとホールドする。その力は強く、もう中也が逃げ出すことなど絶対に不可能なのだと無言で告げていた。
「あ、あの……だざ、い……? おれ、その……」
「散々、無自覚に煽っておいて、今更『なんで』はないだろう、中也」
「ひゃ……っ!」
太宰の長い指先が、中也のシャツの隙間から滑り込み、剥き出しの脇腹を愛撫するように這い上がる。その冷たい指先が触れるたび、中也の身体はビクビクと小さく跳ねた。
「中也が悪いんだよ。こんな格好で、そんな可愛い声で『愛してる』なんて連呼して、挙げ句の果てに私の特等席で腰を振るなんてね。……私を聖者か何かと勘違いしていやしないかい?」
「ち、ちが……おれは、ただ……っ」
「言い訳は聞かないよ。……覚悟はできているね? 私たちの『初夜』だ」
太宰の瞳は、もう完全に据わっていた。好色家としての本性を剥き出しにした彼は、驚いて完全に固まっている中也の顎をすくい上げると、有無を言わせぬ勢いで唇を塞いだ。
「んぅ――!?」
中也の小さな悲鳴は、太宰の口内へと吸い込まれていく。
これまでにしてきたどのキスよりも深く、激しい。舌が容赦なく侵入し、中也の口内のすべてを蹂躙し、味わい尽くそうとする。中也の甘いワインの味が、太宰の理性をさらに狂わせた。
「ん、は……っ、んむ……あ……」
息が続かなくなり、中也が太宰の胸を小さな拳でトントンと叩く。
太宰は名残惜しそうに唇を離したが、その糸を引くような銀の筋すらも、中也の唇の端から指で乱暴に、しかし愛おしそうに拭った。
「ふあ……っ、は、だざ……待って、まだ、おれ……心の準備が……っ」
「待たない。もう限界なんだ」
太宰は中也を軽々と横抱きにすると、ソファから立ち上がった。
中也の身体は驚くほど軽い。太宰の胸にすっぽりと収まるそのサイズ感が、今はたまらなく愛おしく、そして嗜虐心をそそった。
寝室へと運ばれ、広いベッドの上にそっと下ろされる。
シーツに沈み込んだ中也は、お酒の力とキスの余韻で、未だにぽやぽやとした視線を太宰に向けていた。しかし、太宰がその上に覆い被さり、彼の長い身体が自分を完全に覆い隠すのを見て、ゴクリと喉を鳴らした。
「……痛く、するなよ?」
上目遣いで、消え入りそうな声でそう呟く中也。素直になれない彼女が、精一杯の降伏宣言だった。
太宰の胸が、愛おしさで破裂しそうになる。
「優しくするよ。……でも、中也が可愛すぎるのがいけないんだからね。もし途中で泣いても、絶対にやめてあげないから」
太宰はそう言って、優しく、しかし確実な足取りで、中也のシャツのボタンをすべて外していった。
静かな寝室に、衣擦れの音と、熱い吐息だけが満ちていく。
互いの肌が触れ合うたび、中也の小さな身体がビクリと跳ね、その度に太宰は彼女の額や、目元や、頬に優しいキスを落とした。
言葉にできないほどの甘さと、男としての獰猛さが入り混じった、初めての夜。
「あ……っ、だざ、い……すき……っ」
「あぁ、私もだよ、中也。愛しているよ」
夜はまだ、始まったばかりだった。
はい。
じゃあ次。
一生両片思いの執着が入り混じった太中♀です。
お酒のせいにして卑猥なことする話です。
重たい硝子硝子の底で、琥珀色の液体が揺れている。
薄暗いバーのカウンター、二人分の席を占拠しているのは、かつて横浜の裏社会を震撼させた「双黒」の成れの果てだった。二十二歳。名実ともに成人し、互いに異なる組織に身を置きながらも、奇妙な腐れ縁だけは切れずに続いている。
太宰治はグラスの縁を指先でなぞりながら、隣に座る小柄な女――中原中也を盗み見ていた。
普段ならきっちりと着こなしているマフィアの外套は背もたれに掛けられ、チョーカーに縁取られた白い首元が、心なしか赤みを帯びている。普段から大酒飲みを自称する中也だったが、今夜のペースは明らかに異常だった。強い蒸留酒を、まるでお茶でも啜るような速度で胃に流し込んでいる。
「おい、太宰」
「なんだい、中也。そんなに急いで溺死したくなったのかい? お酒で心中なんて、私は御免だよ」
「るせぇ……。誰がてめぇなんかと」
絡みつくような声だった。いつもならもっと鋭く、容赦のない言葉が飛んでくるはずなのに、今日の中也はどこか柔らかく、そして決定的に脆い。
太宰は、胸の奥がじりと焼けるような感覚を覚えた。
分かりきっている。自分たちが、もう何年も前から、互いに対して異常なまでの執着と、それ以上の恋情を抱えていることくらい。だが、それを口にすることは絶対にできない。太宰は武装探偵社、中也はポートマフィア。光と影に分かたれた今、想いを告げることは、そのまま互いの足場を崩す凶器になり得た。何より、プライドの塊のような二人が、今更「好きだ」などと素直に認められるはずがなかった。
だからこそ、一生想い合って、一生すれ違う。それが二人の選んだ、あるいは選ばざるを得なかった距離感だった。
だが、今夜は違った。
中也のグラスが空になり、新たな注文が重ねられる。太宰もまた、普段のセーブを忘れたかのように、強い酒を喉に流し込んだ。
アルコールは確実に、二人の「まともな思考」を奪っていった。脳の芯が痺れ、境界線が曖昧になる。いつもなら何重にも張り巡らせている警戒心や、理性のストッパーが、アルコールの洪水によってじわじわとふやけ、崩壊していくのが分かった。
「中也」
「あ?」
「君、本当に不細工な酔い方をするね」
「んだと、手前……。誰のせいでこんなに飲んでると思ってんだ」
中也が睨みつけてくる。潤んだ青い瞳が、至近距離で太宰を射抜いた。その瞳に映る自分が、酷く歪んだ表情をしていることに太宰は気づく。
ああ、もう駄目だ。理性が、完全に悲鳴を上げて融解していく。
どちらからともなく席を立ち、バーを出た。まともな会話は成立していなかった。ただ、互いの体温を求めるように、引きずり合うようにして、ネオンの光が届かない路地裏の、一際いかがわしいホテルへと滑り込んだ。
部屋の扉が閉まった瞬間、弾かれたように身体が重なった。
今夜はお酒の所為にして、二人は全てを曝け出すように貪り合った。
それはおよそ、恋人同士の睦み合いとは呼べないほど、荒々しく、衝動的なものだった。
ベッドに押し倒された中也は、乱暴にブラウスのボタンを千切り飛ばされながらも、太宰の首に腕を絡めて離そうとしない。
「太、宰……っ」
「中也、君が悪いんだ。こんな風に私を煽るから」
言い訳のような言葉を吐き捨てながら、太宰は中也の唇を塞いだ。アルコールと、煙草と、中也自身の甘い香りが混ざり合って、脳のキャパシティを限界まで押し上げていく。
中也の身体は、女性特有のしなやかさと、重力を操る異能力者としての引き締まった強さを併せ持っていた。太宰の大きな手がその腰を掴み、乱暴に引き寄せる。
「痛っ……、くそ、加減しろ、包帯無駄遣い装置……!」
「嫌だよ。君を離したら、明日にはまた他人の顔をするんだろう?」
太宰の言葉に、中也の身体が一瞬、強張った。
図星だった。お互いに、明日の朝になれば、この過ちをなかったことにする。そんな不文律が、言葉にせずとも二人を支配していた。だからこそ、今この瞬間だけは、すべてを壊しても構わないという衝動に突き動かされている。
太宰の手が、中也の衣服を完全に剥ぎ取っていく。露わになった白い肌、細い肩、そして切ないほどに波打つ胸元。太宰はそこに容赦なく、己の印を刻みつけるように歯を立てた。
「あ、はぁっ……! ん、んぅ……」
中也の口から、抑えきれない艶っぽい悲鳴が漏れる。その声が、太宰の理性をさらに狂わせた。
太宰は自身の衣服も乱暴に脱ぎ捨てると、中也の細い両脚を割り、その間に割り込んだ。まだ十分な準備も整わないうちに、衝動のままに自身を突き入れる。
「っあ――あ゙っ!?」
中也の身体が大きくのけ反り、シーツを掴む指先にぎゅっと力がこもる。
「痛い……、馬鹿、太宰、おまっ……」
「すぐに良くなる。……いや、良くしてあげるよ」
太宰は中也の涙に濡れた目元にキスを降らせながら、腰を動かし始めた。
きしむベッドの音と、二人の荒い呼吸、そして肌と肌が衝突する生々しい音が、狭い部屋に響き渡る。
お互いに、相手が愛しくてたまらないのに、その言葉だけは絶対に口にしない。代わりに、肉体の結合という最も原始的な方法で、互いの存在を確かめ合っていた。中也は太宰の背中に爪を立て、太宰は中也の腰を壊さんばかりに強く揺さぶる。
「太宰、太宰……っ、あ、奥、そこ、だめ……っ!」
「だめじゃない。君は私のものだ、中也。今だけは、私のものだ」
熱い、熱い泥の中に二人で沈んでいくような感覚だった。思考はとっくに麻痺しているのに、中也の身体の緊密さや、自分を締め付ける熱さだけは、恐ろしいほど鮮明に脳裏に焼き付いていく。
何度も何度も、互いの名前を呼び合いながら、貪り、貪られ、夜の深淵へと堕ちていく。
最後は、どちらが先ともつかないほど同時に、二人は激しい絶頂へと達した。中也の身体が大きく震え、太宰の背中を抱きしめる腕に強烈な力がこもる。太宰もまた、中也の首筋に顔を埋め、熱い吐息を吐き出しながら、全てを解き放った。
激しい暴風雨が去った後のような静寂が、部屋を包み込む。
二人はしばらくの間、重なったまま荒い息を整えていたが、やがて太宰が身体を離し、中也を抱き抱えるようにして眠りについた。
――朝。
遮光カーテンの隙間から、容赦のない白い太陽の光が差し込んでいた。
中也は、頭を割るような酷い頭痛とともに目を覚ました。
「……う、あ……」
うめき声を上げようとして、自分の喉が酷く枯れていることに気づく。それと同時に、身体のあちこちに残る、鈍い痛みと、異様なほどの倦怠感。
そして、自分のすぐ隣に、見覚えのありすぎる男が眠っていることに気づいた。
「――――ッ!?」
声にならない悲鳴が、喉の奥で詰まった。
一気に脳内にフラッシュバックする、昨夜の記憶。お酒の所為にして、自分たちがどれほど破廉恥で、衝動的で、そして狂ったような行為に及んだか。
太宰の、あの執着に満ちた瞳。自分の、あのみっともない鳴き声。
「嘘、だろ……」
中也の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。それは羞恥と、そして言葉にできないほどの「気まずさ」だった。
付き合っていない。自分たちは、ただの元相棒で、今は敵対組織の人間同士だ。それなのに、あんな、まるで互いを狂おしいほど愛し合っているかのような真似をしてしまった。
隣を見る。太宰はまだ、規則正しい寝息を立てて深く眠っている。包帯の取れた素肌には、自分がつけたであろう爪痕がいくつか残っていた。
(起きたら……なんて言えばいいんだよ)
(『いやあ昨日は楽しかったね中也』とか言われたら、俺はこいつを殺さなきゃならねぇ。それとも、いつもみたいに嫌味を言い合うのか?)
無理だ。今の精神状態で、太宰の顔を見るなんて絶対にできない。この気まずさに、一秒だって耐えられる気がしなかった。
中也は音を立てないように、慎重にベッドから這い出た。身体が悲鳴を上げたが、奥歯を噛み締めて耐える。床に散らばった自分の衣服を拾い集め、大急ぎで身に付けた。破れたボタンはどうしようもないので、外套を深く羽織って隠す。
バッグから財布を取り出すと、手がわずかに震えた。
中也は、一万円札を数枚掴み出すと、備え付けのテーブルの上に乱暴に置いた。
「……これで、文句ねぇだろ」
掠れた声でぽつりと言い残し、中也は逃げるように、文字通りそそくさとホテルの部屋を後にした。ガチャリ、と扉が閉まる音が、静かな部屋に響く。
……その数秒後。
ベッドの上の太宰が、ゆっくりと目を開けた。
その瞳には、眠気など微塵もなかった。中也が身動きを始めた瞬間から、太宰はとっくに覚醒していたのだ。
太宰は上半身を起こし、誰もいなくなった部屋を見回した。そして、テーブルの上に置かれた数枚の紙幣――明らかにラブホテルの滞在費の、中也の分の支払いに目を留める。
「……ふっ、はは」
太宰の口から、乾いた笑いが漏れた。
置いていかれた紙幣。逃げるように去っていった中也の足音。
どこまでも素直になれない。お互いに、あれほど求め合っておきながら、朝が来れば「なかったこと」にするために、お金を置いて消えるのだ。
「本当に……どこまでも不器用で、可愛い人だ」
太宰はシーツに残る中也の微かな温もりをなぞりながら、ぽつりと呟いた。
一生、想い合っている。
けれど、一生、こうしてすれ違い続けるのだろう。
太宰は、中也が残していった紙幣を愛おしそうに指先で弾くと、再びベッドに倒れ込み、まだ中也の香りが残る枕に、深く顔を埋めた。
コメント
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中太みてからの太中だとギャップで毎回苦しめられます🤦🏻♀️💘 リクエスト良ければやって欲しいです! 完全に私の癖なんですけどちゅやの行動一つ一つで不安になってしまって泣いてしまうただただ可愛い泣き虫だざさんが見たいです!
お疲れ、夏の穂!第12話読んだよ〜。 いやもう、最初から最後まで甘さと切なさが凝縮されすぎてやばかった。新婚太中♀の初夜、中也がワインで素直になって「すき」「だいすき」連発するところ、完全に心臓持ってかれたわ。太宰の理性崩壊するのも納得の破壊力やった。そして二本目の一生両片想いパターン!酒の勢いで全部曝け出して、朝には金置いて逃げる中也の背中が泣ける…太宰が起きてたの気づいてるのアツすぎるだろ。お互いに「愛してる」と言えないまま執着し合う感じ、めちゃくちゃ刺さった🔥 また続きも読ませて!