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あはそ
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「みこちゃん、また靴ひもほどけてる」「えっ、ほんとだ」
「ほら、貸して」
すちは、みことの前にしゃがみ込むと、慣れた手つきで靴ひもを結び直した。
幼稚園のころから、何度も繰り返してきた光景だった。
みことが転べば、すちが手を差し出す。
みことが忘れ物をすれば、すちが一緒に取りに戻 る。
みことが困った顔をすれば、すちは誰よりも早く気づく。
それが当たり前になりすぎて、みことは気づいていなかった。
すちが、ずっと自分だけを見ていたことに。
「すちくんは優しいね」
「….みこちゃんにだけだよ」
「え?」
「なんでもない」
すちは顔を背けた。
けれど、みことには聞こえていた。
その言葉の意味を、ちゃんと理解したのは、それから何年も経った中学三年生の冬だった。
「みこちゃん、ちょっと付き合ってよ」
玄関で靴を履き替えていたみことに、すちは声をかけた。
「どっか行くん?」
「秘密」
「えっ、何か買ってくれるん?」
「..まあ、そんな感じ」
「ほんと?楽しみ!」
みことは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、すちの胸がさらに苦しくなる。
今日こそは、絶対に言う。 そう決めていた。
幼稚園のころには、すでにみことの隣が自分の場所だと思っていた。
みことが転んだら助ける。
みことが困っていたら手伝う。
みことが笑っていたら、自分も嬉しくなる。
そんな毎日を過ごしているうちに、いつの間にか「好き」という気持ちは大きくなっていた。
でも、今まで何度も告白しようとして、そのたびにタイミングを逃してきた。
「みこちゃん、好きな人とかいる?」
「急にどしたん?」
「いや、なんとなく」
「うーん…..好きな人かぁ」
みことは真剣に考え込んだ。
「一緒にいると安心する人なら、すちくんかな」
その答えを聞いたすちは、何も言えなくなった。
嬉しいのに、みことが言っているのはきっと、幼馴染としての「好き」だった。
だから、今度こそ伝えると決めた。
2人がたどり着いたのは、学校から少し離れた公園だった。
そこは、幼稚園のころによく遊んでいた場所だった。
古いブランコも、少し錆びた滑り台も、あの頃のまま残っている。
「うわぁ、懐かしい!」
みことはすぐにブランコへ向かい、ゆっくりと腰を下ろした。
「ここ、よく一緒に遊んだよね」
「うん」
「すちくんが押してくれて、俺が勢いをつけすぎて、2人とも先生に怒られたこともあった」
「みこちゃんが『もっと押して!』って言ったんじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
すちは笑った。
けれど、すぐに表情を引き締める。
「みこちゃん」
「どしたん、すちくん」
「今日は、話したいことがあるんだ」
みことがブランコを止める。
「うん」
すちは、ポケットの中に入れていた小さな袋を握りしめた。
中に入っているのは、青い紐のついたお守りだった。
特別高価なものではない。
ただ、みことが受験に向けて頑張っているのを見て、すちが選んだものだった。
「これ」
「俺に?」
「うん。高校に行っても、みこちゃんが困らないように」
みことはお守りを受け取ると、嬉しそうに眺めた。
「ありがとう。大切にするね」
「….それだけじゃない」
すちの声が震えた。
みことが顔を上げる。
「俺、みこちゃんに伝えたいことがある」
「うん」
「幼稚園のころから、ずっとみこちゃんのことが好きだった」
風の音だけが、2人の間を通り抜けた。
みことは驚いた顔で、すちを見つめている。
「友達としてじゃない。幼馴染としてでもない。俺は、みこちゃんに恋愛感情を持ってる」
すちは、みことの目をまっすぐ見た。
怖かった。
この気持ちを伝えたら、今までの関係が変わってしまうかもしれない。
けれど、もう黙っていることもできなかった。
「みこちゃんが誰かと話してるだけで気になるし、みこちゃんが楽しそうにしてると嬉しい。でも、俺以外の誰かを好きになったらって考えると、すごく嫌だ」
「すちくん……」
「俺は、みこちゃんの一番近くにいたい。高校に行っても、その先も、ずっと。だから……」
すちは、ぎゅっと手を握りしめた。
「俺と付き合ってください」
みことは、すぐには答えなかった。
その沈黙が長く感じられて、すちの心臓は痛いほど鳴った。
やがて、みことがブランコから立ち上がる。
「すちくん」
「うん」
「俺、すちくんがずっと優しいのは、幼馴染だからやと思ってた」
「……うん」
「でも、すちくんがいないと寂しいし、すちくんに褒めてもらえると嬉しい。すちくんが他の人と楽しそうにしてると、俺も嫌な気持ちになる」
みことの頬が、少し赤く染まった。
「これって、俺もすちくんのことが好きってことなんかな?」
「……みこちゃん」
「俺も、すちくんと付き合いたい」
その言葉を聞いた瞬間、すちの目から涙がこぼれた。
「え、すちくん泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてるやん」
「これは……嬉しすぎただけ」
すちは慌てて顔をそむけた。
すると、みことが一歩近づいて、すちの袖をそっとつまむ。
「ねえ、すちくん」
「なに?」
「これからも、俺の隣におってくれる?」
「もちろん」
すちは、みことの手を握った。
「幼稚園のころから、ずっと隣にいたんだから。これからも、俺がみこちゃんの隣にいる」
みことは、握られた手を見つめてから、柔らかく笑った。
「じゃあ、よろしくね。俺の恋人さん」
「……それ、反則」
「えっ?」
「かわいすぎる」
すちがそう言うと、みことはさらに顔を赤くした。
夕暮れの公園に、2人の笑い声が響く。
帰り道、すちはみことの手を離さなかった。
みことも、最後までその手を握り返していた。
手をつなぐだけで顔が赤くなり、名前を呼ばれるだけで胸が高鳴る。
それでも、今までと同じように、みんなで笑い合える日々が続いていた。
高校に入学するまでは。
「みことくんって、英語得意なんだね!」
「うん。英語の文章を読むの、けっこう好きなんよね」
「すごい! 今度、勉強教えてよ!」
教室の中心で、みことが女の子たちに囲まれている。
普段は天然で、少しぼんやりしていて、何もないところでつまずくこともあるのに。
英語の授業になれば、流れるように答えを言い、難しい問題まで簡単に解いてしまう。
そのギャップに、みことを好きになる人が増えていった。
「みことくん、今日一緒に帰ろ!」
「ごめん、今日はすちくんと帰る約束が……」
「えー、そっかぁ」
そう言いながらも、相手は諦めた様子を見せなかった。
すちは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
胸の奥が、ざわざわする。
みことは自分の恋人だ。
それはわかっている。
けれど、みことに向けられる視線も、楽しそうな声も、誰かに褒められて照れている顔も、全部が気になって仕方なかった。
「すちくん?」
みことがこちらを振り返る。
「……なに」
「一緒に帰ろう?」
いつもなら、すぐに笑って頷くはずだった。
なのに、その日は違った。
「別に。先に帰れば?」
みことの表情が、ゆっくり曇っていく。
「……どしたん?」
「なんでもない」
「なんでもない顔じゃないよ」
「みこちゃんには関係ないでしょ」
言ってしまった瞬間、すち自身が一番驚いた。
みことも、黙り込んだ。
今まで、こんな言い方をしたことは一度もなかった。
2人の間に、重たい沈黙が落ちる。
「……すちくんのこと、わからん」
みことの瞳に、涙が浮かんだ。
「俺、何かした?」
「違う……違うけど……」
すちは、うまく言葉にできなかった。
嫉妬している。
みことを誰かに取られそうで怖い。
自分より、ほかの人といるほうが楽しそうに見えて苦しい。
でも、そんなことを言ったら、みことを困らせてしまう気がした。
「もう、知らん」
みことは小さく呟いて、教室を出ていった。
すちは、追いかけることができなかった。
喧嘩なんて、したことがなかった。
だから、どうすれば仲直りできるのかもわからなかった。
ただ、みことの周りにいる人たちが羨ましかった。
みことが誰かに褒められて、嬉しそうに笑っているのが苦しかった。自分の知らないところで、誰かがみことの特別になってしまいそうで怖かった。
けれど、それをうまく伝えることができなかった。
「すち」
声をかけられて振り返ると、いるま、らん、なつ、こさめが教室の入り口に立っていた。
「……見てた?」
「途中からな」
いるまが腕を組んだまま、すちを見る。
「みこと、泣いてたぞ」
その言葉に、すちの胸が締めつけられた。
「……わかってる」
「わかってるなら、なんで追いかけなかったんだよ」
「追いかけられなかったんだよ!」
思わず声を荒げると、教室の空気が静かになった。
すちは、拳を握りしめる。
「俺だって、みこちゃんを泣かせたいわけじゃない。でも……最近、みこちゃんの周りに人が多くて。みこちゃんはみんなに優しいし、勉強もできるし……そのうち、俺じゃなくてもよくなるんじゃないかって」
最後の言葉は、ほとんど消えそうな声になった。
「みこちゃんが、俺のことを置いていくんじゃないかって思った」
誰もすぐには返事をしなかった。
やがて、なつが小さく息を吐く。
「それ、みことに言えばええやん」
「……言えるわけないでしょ」
「なんで?」
「重いって思われるかもしれないから」
すちの声が震えた。
「嫉妬してるなんて言ったら、面倒くさいって思われるかもしれない。だから、言えなかった」
「でも、言わなかった結果、みことを傷つけた」
らんが、すちの隣の席に腰を下ろした。
「すちが怖かったのは、みことに嫌われること。でも、みことが一番怖かったのも、すちに嫌われることだったんじゃないかな」
その言葉を聞いて、すちは顔を上げた。
こさめが、みことの机の上に置かれたノートを見つめながら呟く。
「みこちゃん、ずっとすっちーのこと見てたよ。すっちーが怒ってる理由がわからなくて、すごく不安そうだった」
「……みこちゃんが?」
「うん。『俺、何かしたかな』って」
すちの目に、じわりと涙が浮かんだ。
自分だけが苦しかったと思っていた。
けれど、みことも同じように、いや、それ以上に傷ついていたのだ。
「……俺、最低だ」
「最低かどうかを決めるのは、みことだろ」
いるまが立ち上がる。
「でも、謝るなら早いほうがいい。時間を置けば置くほど、言いにくくなるぞ」
すちは立ち上がった。
けれど、教室の扉に手をかけたところで動きが止まる。
「……でも、どこにいるかわからない」
「たぶん、図書室」
こさめが答えた。
「みこちゃん、困ったときはよく図書室に行くから」
すちは、今度こそみことを追いかけた。
図書室の奥。
窓際の席に、みことは座っていた。
開いた教科書には、英語の長文が載っている。けれど、ページはしばらくめくられていないようだった。
「みこちゃん」
声をかけると、みことの肩が小さく揺れた。
「……すちくん」
振り返ったみことの目は、赤くなっていた。
すちは、すぐに謝ろうとした。
でも、言葉が喉につかえて出てこない。
みことも何も言わず、ただすちを見つめていた。
しばらくして、すちはみことの向かいの椅子に座った。
「さっきは、ごめん」
「……うん」
「みこちゃんには関係ないって言ったけど、本当は逆だった。みこちゃんのことが大切すぎて、関係ないなんて思ったこと、一度もない」
みことの瞳に、また涙が浮かぶ。
「じゃあ、なんであんなこと言ったん?」
「嫉妬した」
すちは、震える手を膝の上で握りしめた。
「みこちゃんがみんなに好かれて、誰かと楽しそうにしてるのを見て、怖くなった。みこちゃんを信じてないわけじゃない。でも、俺よりみこちゃんを大切にする人が現れたらどうしようって思った」
「……すちくんより俺を大切にする人なんて、おらんよ」
みことは、涙を拭いながら言った。
「俺が好きなのは、すちくんだから」
「でも、俺、みこちゃんにひどいこと言った」
「俺も、すちくんが何も話してくれなかったから不安だった」
みことは俯いた。
「俺が何か悪いことしたんかなって。すちくんに嫌われたんかなって、ずっと考えてた」
「嫌うわけない」
すちは、椅子から立ち上がった。
「嫌いになんてなれない。幼稚園のころから、ずっとみこちゃんが好きだから」
「……うん」
「だから、これからはちゃんと話す。嫉妬したときも、不安なときも、みこちゃんに言う。怒ったまま黙ったりしない」
みことはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「俺も、すちくんにちゃんと聞く。勝手に嫌われたって思わんようにする」
「……仲直りしてくれる?」
すちが尋ねると、みことの唇が震えた。
「もう、仲直りしてるんじゃないん?」
その瞬間、すちの目から涙がこぼれた。
「すちくん、泣いてる」
「みこちゃんだって泣いてるじゃん」
「俺は……すちくんが泣いたから」
「俺も、みこちゃんが泣いたから」
2人は顔を見合わせた。
泣いているのに、どちらからともなく笑ってしまう。
みんなの作戦
図書室を出ると、廊下の角からこさめがひょこっと顔を出した。
「仲直りできた?」
「こさめちゃん、おったん!?」
みことが驚くと、こさめは気まずそうに笑った。
「えへへ。心配だったから」
少し離れた場所には、らんとなつ、いるまも立っていた。
「盗み聞きしてたわけじゃないからな」
いるまが言う。
「いや、絶対聞いてたやろ」
なつがすぐに突っ込む。
「まあまあ、2人とも仲直りできたならええやん」
らんが笑いながら、すちとみことの背中を軽く押した。
「これで一件落着だな」
「でも、すちは嫉妬したらちゃんと言うんだぞ」
こさめが指を立てる。
「みこちゃんも、すっちーを不安にさせるくらい人気者になりすぎないようにね!」
「それは無理やろ」
なつが笑う。
「みことは天然で勉強できるからな。そりゃモテるわ」
「えっ、俺モテてんの?」
みことが本気で驚く。
その場にいた全員が、一斉にため息をついた。
「そこからかよ!」
すちも思わず笑った。
さっきまで胸を締めつけていた不安が、少しずつほどけていく。
それでも、すちはみことの手を離さなかった。
みことも、握られた手を握り返す。
夕暮れの帰り道
みんなと別れたあと、2人は並んで歩いていた。
いつもと同じ帰り道なのに、今日は少しだけ特別に感じる。
「すちくん」
「ん?」
「今日は、手をつないだままでいい?」
みことが控えめに尋ねる。
「もちろん」
すちは、つないだ手に少しだけ力を込めた。
「……みこちゃん」
「なに?」
「俺、これからもたぶん嫉妬すると思う」
「うん」
「そのたびに、ちゃんと伝える」
「俺も、ちゃんと聞く」
みことは、柔らかく笑った。
その笑顔を見て、すちはまた胸がいっぱいになった。
「みこちゃん」
「うん?」
「……キスしてもいい?」
みことは一瞬目を丸くした。
それから、頬を赤くしながら小さく頷く。
「ここ、人が通るかもしれんよ」
「じゃあ、少しだけ」
すちは周囲を確認してから、みことの顔にそっと近づいた。
触れるだけの、短いキス。
離れたあと、2人とも顔を真っ赤にして俯いた。
「……今の、仲直りのキス?」
みことが尋ねる。
「うん。それと、好きっていう意味」
「じゃあ、俺も」
みことは背伸びをして、すちの頬にそっとキスをした。
「俺も、すちくんのことが好き」
すちは驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに笑った。
「これからも、俺の隣にいてくれる?」
「幼稚園のころから、ずっとおるよ」
みことはそう言って、すちの手を握り直した。
夕焼けの道を、2人はゆっくり歩いていく。
もう、どちらも一人で不安を抱え込まない。
すれ違っても、喧嘩をしても、そのたびにちゃんと相手のところへ戻る。
2人の隣には、これからもずっと、お互いの居場所があるから。
コメント
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みぅです🤍 読ませてもらいました〜〜 最初の靴ひものシーンからもう…「みこちゃんにだけだよ」って台詞、ずるいよすちくん!😭 幼馴染で一途なすちくんの気持ちが痛いくらい伝わってきて、みこちゃんの天然なところとのギャップが最高でした。 喧嘩しちゃった後の「仲直りしてるんじゃないん?」ってセリフ、じわじわ泣ける…。 最後のキスシーンとか、夕焼けの道を手つなぎながら帰る2人を想像したら胸がきゅーってなったよ。 嫉妬する気持ちも、ちゃんと話せるようになった2人がすごく尊いです。伊織さんの描く関西弁の会話も自然で、読んでてあったかくなりました✨ 続きも楽しみにしてますね!