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そのカラスはひどく黒かった。その黒さと言ったら半端なものではない。夜を詰め込んだ桶の底の色を引き出したような色をしていた。その黒さの前にはどんな狩人さえ思わず足に力が入らなくなり、座り込んでしまう程であった。まるで誰もが眠りについてしまう夜のように力が抜けてしまうのだ。だけどカラスは夜が嫌いだった。
ある日、カラスはいつもどおり空を飛んでいた。カラスの羽は大きく羽ばたき、まるで自由を象徴しているようだった。ちょうど川を渡ろうとしたとき、ある鳥が見えた。その鳥はシロサギだった。カラスはその白さに思わず翼が止まってしまった。カラスの瞳にはもうその鷺しか目に入らなかったのは言うまでもない。羽は小さく水面を揺らし、その水滴はまた、水面を揺らす。日光に反射して水は輝きを成していた。
カラスは急いで鷺のもとへ向かった。翼を懸命に動かした。鷺は少し驚いたような顔をしたが、また水を優雅に泳ぎ始めた。
「ねえねえ、君ってとっても素敵な色をしてるね」
「そう」
カラスが話しかけても鷺は冷たい返事だった。 それからというものカラスは毎日毎日鷺に話しかけに行った。本当は行ってはだめなのに。
「僕、こんなにきれいな色を見たことがないよ」
「何を食べたらこんな色になれるんだい?」
来る日も来る日も話しかけ続けた。けれども鷺の返事は冷たいままだった。
「あなたは間違えてる。私は白鳥じゃないわ」 そういったのは太陽が20回登って沈んでを繰り返したときだった。カラスはそれでも不思議そうに語る 。
「君の種族なんてどうでもいいよ。僕はその色に惚れたんだ」
そう笑って答えた。鷺はうつむき、いつものように「そう」と答えた。 次の日、鷺は自分のことを少しずつ話しだした。
「私は、よく白鳥に間違えられる」
「そのたびに罵倒されてきた」
「だから私は白いこの体が嫌い」 ま
たカラスは笑って答える。クルンとターンを決め、当たり前のことのように語る。
「それでも僕は君の色が好き。君だから好きなんだ。白鳥じゃない君がすきなんだよ」 当然のことのようにそういった。まるでそれが世界の常識のように。そんなカラスはまさしく鷺の太陽だった。鷺は羽を少し震わせる。目を細め、静かに感謝の言葉を口にしようとした。
だけど、そんな時間は続かなかった。 大きな耳の奥を引き裂くような射撃音が聞こえた。 鷺は知るよしもなかったが、その美しさからカラスは狩人に狙われていたのだ。その美しさは、空の上ではあまりにも目立ちすぎた。ここに通うのも本来なら避けるべきだった。けれど、カラスは鷺に会いたかった。
「僕は…ずっと自分の羽が…嫌いだった」 「夜はみんな…寝てしまう」
「だから君の白さ…憧れた」
そう笑った。最後の笑顔はひどくいびつでへたくそな笑いだった。それでも鷺はその笑みが好きだった。瞳からこぼれ落ちた雫が地面で爆ぜた。声が震える。だけどそれでも苦しくても言おうと思った。
「ねえ、私も君の色、嫌いじゃなかったよ」
そう言って、鷺はカラスだったものに触れた。 その時、不思議なことが起こった。鷺の色に夜が交じる。深い深い夜。その夜は白と交わる途中で藍色に変わっていった。それと同時にカラスの色が消えていく。白でも黒でもない、透明になっていく。色が光に溶けて、まるで始めて会ったときの水滴のようだった。カラスの美しさ、つまり色はなくなってしまった。だけど鷺はカラスの心の綺麗さを知っていった。だから寂しくなかった。それに羽がまだある。 そうして鷺、いやアオサギは朝日に向かって飛び立っていった。カラスの色を纏って。