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「では、マッドブルは頂いていくぞ」
「この事は、チエゴ国にもきちんと伝えて
おきますので―――」
神獣・フェンリルと、その上に乗った獣人族の
少年があいさつする。
黒髪・やや褐色の肌を持つ彼は―――
フェンリルであるルクレセントの夫(予定)、
ティーダ君だ。
マッドブルの群れの暴走を私の『能力』で
止めた後―――
40頭はいようかという集団の内、およそ
先頭の10数頭が再起不能になった。
残りは散り散りに逃げ出してしまい、
地面に身を投げ出している彼らにとどめを刺し……
血抜きを行っていたところ、王都からシーガル様を
含むワイバーン騎士隊、5騎が到着した。
首まで伸びたブロンドの髪を持つ青年が、
上空から『師匠ー!!』と呼びかけてきた時は、
さすがに気恥ずかしい思いをしたが、
状況を説明し、まずワイバーン1体につき
1頭、獲物を王都まで持ち帰ってもらった。
こちらはこちらで―――
ドラゴンであるシャンタルさんとアルテリーゼ、
またワイバーンが4体いたので……
ドラゴンは2頭ずつ、ワイバーンは1頭ずつ
持ち帰る事にしたのだが―――
それでも3頭ほど余ってしまった。
いったん公都まで引き返して、とも思ったが、
すでに血抜きをしてしまい、このままでは
他の魔物を呼び寄せる恐れがあると言われ……
血の処理と同じく埋めようか相談していたところ、
チエゴ国にも緊急連絡が行っていたようで、
急報を受けたルクレセントさん・ティーダ君が
駆け付け―――
残りのマッドブルは彼らに持ち帰ってもらう
事になったのである。
ちなみに、荷物運搬用の道具やロープを用意して
来たので―――
ルクレセントさんの場合、背中に1頭、両脇に
2頭といった感じでくくり付けた。
「じゃあルクレセントさん、ティーダ君。
お気を付けて」
私が片手を振ると、妙齢の女性と少年のカップルは
「じゃあねー♪」
「あ、シンさん。
近いうちに留学組が公都に行く事になると
思いますので―――
よろしくお願いしますっ」
そう言うと文字通り彼らは疾風となり……
あっという間に視界から消え去った。
「では我らも―――
公都まで戻るか」
「シンー!
早く乗ってー!!」
ドラゴンの姿の妻の上に、黒髪セミロングの
もう一人の妻が催促してくる。
こうして私たちは、計8頭のマッドブルを持って、
帰還する事になった。
「マッドブルが8頭か……
公都の氷室に入り切るか?」
ギルド支部到着後―――
ジャンさんに報告を行い、討伐に関する書類に
サインをした後、配分について相談する。
「え?
氷室ってかなり作ったと思うんですが」
そこでアラフィフの筋肉質の男は、白髪交じりの
頭を一度左右に揺らし、
「巨大化させた魚も入っているんだぜ。
方針としちゃ、可能な限り詰め込んで保存
しとけってなっちゃいるが―――
さすがに今回は多過ぎだな」
そこで両腕を組んで、ソファに深く腰掛けた後、
「仕方がねえ。
アルテリーゼ・シャンタルのドラゴン組と、
ワイバーンにもうひと働きしてもらうか。
東の村と、ブリガン伯爵領の―――
カルベルクのいる町……
あとワイバーンの巣へ『おすそ分け』
してきてくれ」
「あー……
それじゃあ、それは私が伝えてきます」
支部長室を出る時、背中に『スマン』と
声を掛けられ―――
私は2人のドラゴンとワイバーンに、もう一度
配達をお願いするため、ギルド支部を後にした。
「これ……かい?」
「ええ。これですね」
アルテリーゼ・シャンタルがマッドブルを
1体ずつ持って、それぞれの村に向かった
後……
私は宿屋『クラン』で、仕込んだミソを
女将さん・メルと一緒に確認する。
クレアージュさんは後ろにまとめた髪を、
より固く結びながら、
「何ていうか、ねえ……」
「いや、うん……
何ていうかアレだよね。
以前作ったぬか漬けのぬかより
アレだよね」
メルが言葉を選びながら感想を口にする。
言いたい事はわかる。
見た目が完全にアレだからなあ。
「う○ちー。
う○ちー」
そして黙りなさいお子様ども。
どうして大人が躊躇して言わない事を
平気で口にするんですか。
「このまま出すわけじゃないから!
料理するから出て行きなさーい!」
興味津々で厨房へ侵入してきたのであろう
子供たちを追い出すと―――
調理に取り掛かる事にした。
「えーと……
出汁は出来ていますか?」
「ああ。
魚と海藻で作ったヤツだけど―――」
ぐつぐつと音を立てて煮込まれているそれを
確認すると、
「じゃあまずは―――
これでマッドブルの肉と、各種野菜を
煮込みましょう」
「ン? シン、味噌はー?」
メルの質問に、私の一挙一動を見守る
周囲の料理人たちも聞き耳を立てる。
「それは最後の仕上げですね。
この調味料は、たいてい最後に入れる
ものなので。
後はそうですね……
マッドブルの肉に切り込みを入れて……」
こうして味噌を使った料理に、厨房全体で
取り組み―――
やがて匂いが宿屋『クラン』に充満していった。
「おう、何かすげぇな。
匂いが外まで漂ってきたぜ」
ギルド長が『クラン』の扉を開けると―――
そこにはすでにメンバーが揃い、席に着いていた。
「ソースとはまた違った匂いじゃが……
これはこれで食欲をそそるのう」
「ピュ!」
黒髪・ロングのシンの妻はすでに公都へ戻って
来ており、
「初めての匂いですね、パック君」
同じく、配達から戻ってきたドラゴンの一人、
シャンタルが人間の姿に戻って―――
同じシルバーのロングヘアーを持つ夫に
話しかける。
「最初見た時は強烈な匂いと思ったけど、
熱を通すと美味しそうになるのかな?」
すでに現物を見ていたメルが、その変化を
口にして、
「いやーこれは間違いなく旨いッス!」
「ウン。これはかなり期待出来ます!」
黒髪・短髪の褐色肌の青年と、ライトグリーンの
ショートヘアを持つ、丸眼鏡の女性がうなずく。
そのレイド夫妻の子供のように、土精霊が
同じテーブルに座り、
「不思議な匂いです……
これが豆から作られているのですか?」
グリーンの、絹糸のような髪を持つ少年が
疑問を含めて思った事を言葉にする。
彼の膝の上にいる眷属の山猫も、その匂いに
フンフンと鼻息を荒くしていた。
そしてようやく……
厨房から料理が、各テーブルへと匂いと共に
運ばれ―――
「うおっ!
こりゃ……色がまた」
「これは、お肉と野菜かしら。
具が見えないほどのスープって初めてのような」
焦げ茶の短髪・長身の少年と、三つ編みの亜麻色の
髪をした少女―――
ギル・ルーチェ夫妻がまず驚きの声を上げる。
まずは、肉野菜のミソ煮込みだ。
地球で言うところの、豚汁風の牛汁になったが……
何よりの特色はスープだろう。
こちらのスープは基本的に塩で味付けする。
魚や動物の骨、海藻で出汁を作る料理が
増えてきたものの―――
透明、もしくは半透明というのが基本だ。
そこに来てこの味噌スープは……
衝撃を受けたに違いない。
「じゃあ、私も……」
「ほーい。
アルちゃんもお疲れー」
自分とメルも家族の席に着いて、一緒に
食事を始める。
箸で中の具材を挟み、口に運ぶ。
すると―――
「ふおおぉおおっ!」
「―――!
これは……何というか、深い味わいだ」
「ピュピュ~♪」
だいたい何でも合うからな、味噌は。
しかしこうなると、
「……コメが欲しいな、こりゃ」
「あ! 俺もそれ思ったッス!」
「そう。これは―――
おコメと一緒に食べるものです!」
ジャンさんの言葉に、レイド君とミリアさんも
同調する。
「まあまあ……
少々お待ちください。
すぐ次の料理が来ますので」
私はそれに対し、次を待つよう促す。
味噌は最後に投入さえしてしてまえば、
たいていその味付けにする事が可能。
なので、少量ずついろいろな料理を試してもらう
事にしたのである。
こういった汁物などは大量に作る事が出来るし、
下拵えさえ済んでいれば手間もかからない。
待ちわびる皆のテーブルに運ばれてきた、
次の料理は……
「はい、お待たせ!
味噌煮込みうどんに味噌ラーメンだよ」
女将さんが持ってきたのは、小ぶりのドンブリに
通常の1/3くらいの量のうどん・ラーメンが
入ったもの。
せっかくマッドブルの肉が大量に入ったので、
肉入りのうどんとラーメンを作ってみたのだ。
家族を始め、慣れたメンバーは箸で―――
土精霊様はフォークを使って食べ始める。
「……!
うどんもラーメンも食べた事はありますが、
こんなにも味が変わるのですか!」
目を丸くして驚く少年は、肉をフォークで
すくうと、それを眷属の山猫に差し出し、
食べさせる。
「うにゃっ、みゃっ、にゃぐうぅ♪」
それを喜ぶような声を出して食べる山猫。
眷属にも好評のようだ。
「メン類にも合うんですか、これは」
「これは絶対後で分析しないと」
医者であり研究者でもある夫婦が、一通り
食べ終えてから、残ったスープをまじまじと
見つめる。
それを見計らったかのように、また厨房から
クレアージュさんを始めとして複数のウェイター、
ウェイトレスが出て来て―――
「お待ちどうさまです。
魚と貝とエビの切り身の味噌スープです!」
一杯のお味噌汁程度のお椀に入ったそれが、
テーブルに並べられていく。
少量ではあるが、それをみんな口に付けると、
「……ふぅ」
「こちらは優しい味じゃな」
「ピュウ~」
ホッと一息吐くような感覚。
他のメンバーも飲みながら、
「魚にも合うんだ……」
「何ていうか、どれも味が引き立つ感じ」
ギル夫妻もその味を絶賛する。
「何て言うか、染みるな」
「暖まる感じがするッス」
「ええ、落ち着きます」
ギルド長とレイド夫妻も、どこか穏やかな視線に
なって―――
また他の試食している人たちからも……
『ほー』とか『はー』とか、ため息のような声が
漏れ聞こえてきた。
しばらく無言になり、静寂が食堂を支配しつつ
あったその時……
厨房から『ジャアァアアア』と、何かを焼く音が
飛び込んできた。
「い、今のは!?」
思わず土精霊様が席を揺らすが、
「あ、次が最後ですね。
せっかくマッドブルが獲れたのですから、
肉を最大限に活用しようかと」
私の言葉に、全員の視線が厨房へと注がれると……
湯気と暴力的な匂いをさせながら―――
メインディッシュがその姿を現した。
「はいよ、お待たせ!
味噌漬け肉のステーキに……
白米とお味噌汁のセット。
ステーキ定食だよ!」
トレイからテーブルの上に3セットで、
その料理は並べられていく。
肉は、表面に切り込みを入れて30分ほど
味噌に漬け込んだもの。
しっかりと味付けされたそれは、焼くとさらに
匂いでその美味しさをアピールする。
横にぬか漬けを添えるのも忘れない。
そして、米のご飯と野菜の味噌汁。
肉のおかずに穀物の主食、それに発酵食品の
味噌汁で―――
まさに黄金比の定食が完成していた。
「にゃぐー!!
にゃぐうぅううー!!」
「お、落ち着いて!」
今にも飛び付きそうな山猫を、主である
土精霊様が抱きかかえて止める。
「じゃあ、頂きましょう」
と、私の言葉が合図であったかのように、
全員が目の前の料理に手を付けた。
「いやー、何て言うか……
大人の味って感じだったわー」
「塩でもマヨネーズでもソースでも無い―――
だが、この上なく美味であった」
「ピュルルゥ」
それぞれが『定食』を食べ終えた後、
メルは口元を、アルテリーゼはラッチの方も
自分と交互に吹いて、余韻に浸る。
「これが豆で出来た調味料とはなあ」
空になった皿を前に、ギルド長はしみじみと語り、
「肉にも魚にも野菜にも合うって―――
万能じゃねえッスか」
「マヨネーズもすごかったけど、アレはさすがに
スープまでは無理だもんね」
満足そうに、レイド君とミリアさんも
感想を述べる。
「ボクも、人間の料理を少しは見たり食べたり
してきましたけど……
こうまで変わるものなんですね」
土精霊様が、膝でお腹いっぱいになって眠った
眷属の頭を撫でる。
「はー、美味かったー」
「おコメと一緒だと止まらないよねー」
ギル君とルーチェさんも互いに美味しさを
認め合い―――
「シンさん!
このミソっていうのはまだ余ってますか?」
「これは是非とも持ち帰らないと!」
パック夫妻の要望を受けて……
この事を想定していた私は、その後用意していた
壺を渡し―――
ひとまず味噌のお披露目は無事に終わった。
ちょうど時を同じくして……
ウィンベル王国王都・フォルロワ。
そこである演説が―――
現国王、ラーシュ・ウィンベルによって
行われていた。
「―――王として、この国を継いでから早や五年。
余の戴冠記念式典に参加してくれた方々に
まず礼を述べたい。
そして、この祝う日に……
余の考えを伝えたいと思う。
何も罰則を作ろうというわけでも、
強制しようという話でもない。
ただ、余の話に―――
耳を傾けて欲しいのだ」
まだ30代前半と思われる王を前に、
貴族、平民問わず群衆は静まり返る。
「―――ここに集ってくれた国民に、
余は問いかけたい。
魔力の弱い者、強い者―――
特殊な、または強力な魔法の使い手、
もしくは特筆すべき魔法を持たぬ者。
あなた方、一人一人に問いかけたい」
それは、集まった諸侯や一般人を問わず、
大勢にも個人にも向けられているように思えた。
「今までこの国は―――
いや世界は、魔法や魔力の強弱によって
価値を決めてきた。
では強さとは何を意味するのか?
敵を一方的に屠る事か?
弱さとは、相手を傷付ける能力を持たない事か?
……余はいずれも違うと思っている」
多少のざわつきが生じるが、国王が片手を上げて
制すると、また静寂が戻る。彼は続けて、
「すでに承知の事だと思うが、
我が国はワイバーン騎士隊を設立した。
強さだけを問うのであれば、これ以上の強者は
ごく少数に止まるであろう。
また隣国のチエゴ国では―――
神獣・フェンリルとの婚約が発表された。
現在、かの国との和解と共に、同盟準備を
進めている最中である」
少しの間、どよめきが生じるが……
それはすぐに拍手と歓声に変わった。
それが収まるのを待ち、ウィンベル国王は
演説を再開する。
「何も―――
だからと言って、強力な魔法や魔力を否定する
ものではない。
国民を守る魔法や戦力は必要である。
だが……
最近になって興味深い事を耳にした。
『急進派』と呼ばれる―――
強力な魔法や魔力こそ最高の価値観と置く勢力が
我が国にもある事は知っている。
その中心人物であったデイザン伯爵と
ジャーバ伯爵、両名についてだ」
そこで彼はいったん息継ぎすると、
「何でもその二名は―――
現在、料理に凝っているらしい。
『こればかりは……
美味しくなれ、甘くなれしょっぱくなれという
都合の良い魔法はありませんからな』
そう話していたようだ」
群衆の中に、クスクスと笑う者、軽く吹き出す者が
出てくるが……
それに構わず演説は続けられ、
「皆も―――
この一・二年で、新たな料理や生活技術が
一変している事は、肌で感じていると思う。
それらは決して、新しい魔法が
出てきたからではない。
既存の魔法でも―――
これだけの変化をもたらした事を、
それが現実に起きている事実を、
認めて欲しいのだ」
貴族も平民も身分関係なく聞き入り―――
場は再び静寂が支配していた。
「これまでの魔法の価値観は、上か下かであった。
強いか弱いかであった。
希少な魔法の使い手でも、その魔力の弱さゆえ
隠してきた者も少なくないであろう。
問われるべきは、その弱さでも、使われない
事でもない。
現状で価値無しと判断してしまう事なのだ」
若い王は片腕を天へ突き上げ、
「国民の諸君!
未来を恐れてはいけない!
我々は魔法に支配される事も使われる事も無い。
古い価値観にも縛られない。
なぜなら―――
我がウィンベル王国は魔法の可能性を信じ、
魔法を使いこなし、
新しい価値観を作っていくのだ!!」
一瞬の静寂の後……
パラパラと拍手が聞こえ、
それはやがて歓声と共に、地響きと思えるほどの
熱狂の渦へと変わっていった。
「……という事が、陛下の戴冠記念式典で
ありまして」
「そうですか」
味噌のお披露目から一週間ほどして―――
珍しいお客が王都からやって来た。
一人は、ブラウンの短髪を持つ精悍な顔つきをした
青年……
ドーン伯爵家の長男であるギリアス様。
そしてもう一人は―――
金髪の巻きロールをした、人形のように整った
顔立ちの女性。
2人並んで座る姿は、まさに美男美女だ。
「でも、それをどうして私に?
王都の様子を知る事が出来るのは
ありがたいのですが」
冒険者ギルド支部の応接室で、その話を
妻2人と一緒に聞いていたのだが―――
(ラッチは例によって児童預かり所)
なぜ自分にわざわざそれを報告しに来たのか
わからず、思わず聞き返す。
そこへ、一人立っていた支部長が口を開き、
「元凶っつーか原因がお前だからだろ。
料理も施設も、ワイバーン騎士隊の創設も……
遠からずお前が関わっているんだ。
ドーン伯爵サマも、お前に知らせておくのが
スジだと思ったんだろうよ」
それを言われたら返す言葉も無いが……
つまり意識改革に一役買ったから、という
事なのだろうか。
「う~ん……
確かに関わりはしましたけど、それは
受け入れてくれた方たちのおかげでも
ありますので」
頭をかきながら答えると、
「モルダン様からもお聞きしておりましたけど、
シン殿は本当に謙虚な方なのですね」
彼女の方へ視線を向けると、ペコリと一礼し、
「申し遅れました。
私はフォス子爵の三女―――
イライザと申します。
以前、マリサ・ドーン副団長と共に、
王都で子供たちの救出作戦に参加して
おりました」
(68話 はじめての にげきり参照)
そこで私は記憶を引っ張り出し―――
先にメルが口を開く。
「あ! 確か……
子供に食事を食べさせたり、寝ちゃった子を
抱きかかえて運んだりしてくれた人ですか?」
「おお、そうじゃ。
子供の扱いに慣れておるな、と覚えが」
アルテリーゼも思い出したように彼女を語る。
「そ、そうです!
よく覚えていてくれました!」
それを聞いたイライザ様の顔はパアッと
明るくなる。
「私の家は兄弟が多くて―――
弟妹もたくさんおり、それで小さい子の
扱いはお手の物だったんですよ」
次いでギリアス様が、
「あの救出作戦は、妹であるマリサが主導した
という事もあって……
その後、彼女から引き取った子供の様子や相談を
受けたりしていたのです」
実際には、イライザがギリアスと『お近付き』に
なるため―――
子供を理由に伯爵家へ足しげく通っていた
だけなのだが。
そんな事情を他の人間が知るはずもなく。
「引き取られた子供たちは元気にしていますか?
モルダン様は、『両親に取られた』って言って
おりましたが」
「いえそれが、シン殿が来るまで話していたん
ですけど―――
急に下の弟妹たちが、『お兄ちゃん』
『お姉ちゃん』になっちゃったんですよ」
すると、人間の中では一番の年長者が
アゴに手を当てて、
「ああ、そうだな。
ウチのチビどもも、自分より下の子が来たら
変わったし」
「私は長男ですが、わかる気がします。
自覚というか変わるんですよね。
もっとも、私自身は良い兄では無かったと
思いますが―――」
それを聞いたイライザ様は、なぜか即座に反応し
「そ、そんな事はありませんわ!
ギリアス様は立派な方です!!」
「フォス子爵令嬢……」
少し陰のある表情で苦笑するギリアス様。
何か微妙な空気になったなあ、と思い、
誰からともなく飲み物を口に付ける。
「そんで、お二人はあの救出作戦をきっかけに
付き合い始めたって事でいいの?」
「おぶふっ!?」
メルの持ち前の空気クラッシュで、イライザ様は
飲んでいたサイダーをブチ撒けた。
「いいい、いいえ!?
お父様から出来れば縁を、とは言われて
おりますがでもそれとは関係なく私と
しましては本気でっ!?」
言い訳しようとして逆に墓穴を掘る方向へ
彼女は突っ走り、
「あ、あの……!
確かに彼女は家庭的で魅力的な女性とは
思いますが、まだ私は若輩の身でありましてっ」
今度はそれが伝染したかのように、ギリアス様が
暴走する。
面倒くさ……もとい面白い人たちだなー。
「それでお主らは何をしに来たのだ?
ノロケか? ノロケを見せつけに来たのか?」
若干呆れつつ、アルテリーゼもツッコミに入る。
そこでパン! と大きな音が室内に響く。
ジャンさんが両手で一度柏手を鳴らしたのだ。
「要するにまあ、アレだろ。
陛下が価値観の改革に言及した事で、
その遠因ともいえる公都が狙われる
可能性がある。
それを警戒してくれって事でいいな?」
ギルド長が強引に話をまとめると―――
ばつが悪そうに、伯爵家の次期当主と子爵家の
令嬢が頭を下げる。
「まあ、その通りなのですが……
どこまで影響が出るのかわからないというのが
現状です」
「ですが、注意しておくに越した事はないかと
思われます。
ギリアス様やシーガル様の話を聞くに、
シン殿は特に……」
ええ……、と不満と共に私は間の抜けた声を出す。
「でも、陛下は別にこれまでの価値観を
否定したりとかはしてないんですよね?」
演説でも、かなり旧来の価値観には気を使って
いるようにも感じるが―――
「危機感を覚えているヤツらはいるかもな。
この程度で終わるはずがない、と。
もしくは―――
これまでの価値観以外は一切認めないとか、
そんなところか」
両腕を組みながらジャンさんが分析した事を
口にする。
「何それー。器小さ過ぎ」
「狭量よのう」
妻2人が不満を隠そうともせず、ストレートに
述べる。
「他に何か無かったか?」
ギルド長が話を仕切り直すと、
「あ、はい。
冒険者ギルド本部から言伝を頼まれて
おりまして―――
先ほどの件についての警戒もそうですが、
シュバイツェル子爵から、結婚式について
相談したいとの事」
(※シュバイツェル=オリガ・シュバイツェル。
クラウディオの恋人・結婚予定)
ギリアス様の言葉に、私は首を傾げ―――
「それはドーン伯爵家とレオニード侯爵家が
共同で作った、結婚式専門機関があるのでは」
以前、結婚の相談で忙殺されているドーン伯爵を
見かねて……
カーマンさんを通じ、それ専門の商売組織を
起ち上げる事を提案したのだ。
結果、縁続きとなった伯爵家&侯爵家で、
結婚イベントを行う専門の機関がすでに作られた
……はずなのだが。
「もしかして、楽曲の選定とかでしょうか」
追加で質問すると、2人は顔を見合わせ、
「そういえば、そんな事を言っていたような」
「公都で、新しい曲のお披露目もあったと―――
その事について詳しい話を聞きたいらしくて」
すると、今度はメルとアルテリーゼが視線を
交わして、
「近い内に、王都でもやるって言ってたよ」
「楽団もそろそろ帰るからのう。
その時に聞いて、決めればいいのではないか?」
実際、季節も春先……
かなり暖かくなってきたので、そろそろ楽団も
王都へ帰還し―――
新曲の公表をすべきでは? と、ミラントさんと
話していたのである。
当人はまだ帰りたくない様子だったが……
私の話を聞くと納得したのか、いったん話は
それで打ち切られ―――
彼らはギルド支部を後にした。
そして我々の方はと言うと―――
応接室から支部長室へと場所を移し、
「多分―――
王族……ライオネル絡みだな」
今回の、王様の演説についてジャンさんが
改めて説明してくれた。
「本部長が?」
私が聞き返すと、彼はガシガシと頭をかいて、
「前々から、魔力偏重主義というか、
強い・使える魔法こそ正義っていう価値観に、
アイツはウンザリしていたからな。
俺もその一人だが―――
実際、お前の存在は渡りに船だったと思うぜ」
そこまで評価されると、返って気恥ずかしい
ものだが……
「んじゃ、前々からこういう機会を
狙っていたって事?」
メルの質問に、ギルド長が振り向き、
「まあな。
とはいえ、ドラゴンやワイバーン、
フェンリルとまで手を組むというのは、
アイツに取っても想定外だろう。
そういう超が付くほど印象が強い事実も
あって―――
今回の件を前倒しで実行したんだろうよ」
「ま、我らやワイバーンが出ていけば―――
少なくとも人間の強弱は問題ではなかろうしの」
確かにそうだ。
ジャンさんも強いが、本気を出したドラゴンや
ワイバーン、フェンリルに一人でどこまで
抗えるか。
(いや抗えるだけでもすごいんだけど)
個人の強さなど吹き飛ぶ存在がいる―――
となれば、人間同士の強弱など、取るに足らない
レベルにまで格下げされる。
それも組み込んでの演説だったのだろう。
「だがこれからが正念場だぜ。
恐らく、これで大人しく意識を変える連中も
出てくるだろうが―――
逆に古い価値観にしがみつくヤツも残る。
数が少なくなり、立場が悪くなると……
今度は考えが先鋭化する」
「どゆこと?」
彼の話にメルが聞き返す。
「人数が多い場合は―――
いろいろな意見が出て、妥協点というか
現実的な案に落ち着く場合が多いんだ。
ただ、人が少なくなった勢力は―――
一発逆転とか過激な行動に出る事も
考えられるんだよ」
「なるほどのう」
私の解説にアルテリーゼが答え、
「しかし……
公都にはドラゴンの他にワイバーン、
フェンリルもいた事があります。
魔狼は今のところ動けませんが、ラミア族も
いるんですし―――
狙うにしてもちょっと」
この世界ではオーバーキルと言えるほどに、
ここは戦力が揃い過ぎている。
それを聞くと、ジャンさんも両目を閉じて、
「それなんだよ。
俺なら公都は狙わず―――
弱いところを攻めるだろう。
この辺りで関わりのある場所なら、東の村か
それとも……」
そこで別方向への対策を、彼と私、妻2人とで
講じる事になった。
翌日……
私はメル・アルテリーゼと共に、西側地区の南、
魚の養殖を行う専用施設にいた。
「シン殿。
修行、と聞きましたが……
ここで何を?」
ギリアス様も同行していたが―――
さすがに魚介類の『巨大化』『進化』について、
話す事は無い。
ここへ連れてきたのは、また別の目的があった。
「じゃあ2人は念のため先へ行って」
妻たちにそう伝えると、その『施設』へと
入っていく。
ドーム状の強固な土壁で覆われたそれは―――
以前、巨大化したエビの件を受けて……
(94話 はじめての そば参照)
その対策で、土魔法を得意とするラミア族を
中心に、急ピッチで屋根付きの建造物に
したのである。
その前で、私は目的を彼に伝える。
「こちらに警戒を―――
そう言ってくださったのはギリアス様です。
なのでご協力をと思いまして」
「……どういう事ですか?」
すっかり敬語になっている伯爵家次期当主様に
違和感を覚えつつも、
「公都にはドラゴンもワイバーンもおります。
魔狼にラミア族、フェンリルすらいた事が
ある場所―――
ここを襲撃する戦力を考えるには、まだ時間が
かかると思われます」
私はギリアス様の目を見つめて、
「ジャンさんとも相談したのですが……
この近くで狙われるとしたら、公都の
東の村か―――
王都からこちらへの間にある、
ドーン伯爵邸です」
「……!」
自分の実家を出され、さすがに彼の表情が強張る。
「もちろん、ギリアス様の実力はギルド長も
認めています。
ゴールドクラスに匹敵すると。
ですが、実戦経験に乏しく、これといった
魔物討伐の実績も失礼ながらありません。
チエゴ国との戦争も、手柄は全て妹である
アリス様に譲られたと聞いておりますし……
そこで、あと一押しとなる『拍(はく)』が
ギリアス様に欲しいとの事」
「『拍』……ですか?」
意味はわかるが、それが修行と何の関係が……
と彼は思っているのだろう。
「実はここは―――
ドラゴンであるアルテリーゼが、
獲物を捕まえてくる施設でもあるのです。
普段はとどめを刺してから持ってきますが、
今回は生きたまま、壁の向こう側におります。
ギリアス様にはそれと戦って頂きたい。
アルテリーゼもいるので、ご安心を」
それを聞いたギリアス様は、さすがに
顔色を変え、
「い、いやしかし―――
魔物の討伐は確かに名が上がりますが、
ドラゴンと一緒に倒したとあっては」
『しょせん、ドラゴンのおかげだろう』と、
まともに評価されないかも知れない―――
その懸念はもっともだが、
「物は考えようです。
ドラゴンと共闘するほどの人物―――
とも受け取れます。
『ドーン伯爵家に手を出せば、ドラゴンが
黙っていない』、と……
そう敵に思わせればいいのです」
なおも『う~ん……』とうなる彼に私は、
「それに、結婚を考えておられるなら―――
いい『贈り物』になります」
そこでギリアス様は観念したように、
「……わかりました。
シン殿にそこまで言われては。
フォス子爵令嬢に、『お土産』を用意すると
しましょう」
同意を得られた私は、施設の方へ目を向けると
「シンー!
いつでもいいよ!」
「今取り押さえておる!
入ってきてくれ!」
メルとアルテリーゼの声に、私は彼と一緒に
施設内へと入った。
「……! こ、これは……」
その『魔物』を目の前にして、さすがに
ギリアス様も驚きの声を上げる。
巨大なハサミに、胴体だけでも2メートルを
超えるそれは―――
飛び出した2つの目玉を、新たな侵入者である
こちらへと向ける。
その両脇をドラゴンの手がしっかりと
つかみ、拘束していた。
「『キング・クラブ』ですか……
話には聞いた事がありますが、未だ見た事も
戦った事も無い魔物……」
元はただの沢ガニだが、巨大化は確認出来たので
『進化』を確かめるべく、シャンタルさんと
アルテリーゼ、ドラゴン組で―――
ロープで縛って取っておいたのだが……
今回はギリアス様の手柄となってもらおう。
私が彼に目配せすると、
「いいですね、相手に取って不足無し!
いざ!!」
そこで彼は両腕を前方へと構える。
ギリアス様の魔法は、身体強化―――
そして石弾・火球。
剣の腕もジャンさん直伝であり、接近・遠距離
どちらも対応出来るオールラウンダーだ。
巨大ガニも、アルテリーゼから解放されたものの、
さすがにドラゴンに歯向かう事はせず―――
そのままブラウンの短髪の青年と対峙する。
構図としては、私とメル・アルテリーゼ組が
対極の外壁近くにいて……
その中心でカニとギリアス様が向かい合う。
どうでるか、と思っていると……
カニの姿がうっすらと透け始めた。
「え!?」
「な、何じゃ!?」
妻2人も驚きの声を上げる。
そしてその巨大な姿は完全に消え……
空間移動、もしくは移転かと身構えるが、
ガサガサと素早く移動する足音は聞こえていた。
「『キング・クラブ』では無い……!?
シン殿、これは」
「落ち着いてください!
姿は見えなくなりましたが、実体はあるはず。
状況はいわば暗闇のようなもの……!
持てる全ての感覚と手段を講じ―――
位置をとらえるのです!」
アドバイスを聞いた伯爵家の次期当主は考え、
「(……そういえば以前、シン殿は―――
カルベルクという『飛走』の使い手と
戦った事があるとか。
(31話 はじめての あふたーけあ参照)
目にも止まらぬ高速移動を行う相手を、
両目を閉じ、音と振動だけで位置を見極め、
仕留めたと……!
気配だけで仕留める事は恐らく私には無理。
しかしシン殿は言った。
全ての感覚と手段を講じろと……
―――ならば!)」
青年は片腕を施設の天井へと突き上げ―――
同時に石弾を発動させた。
「おりょ?」
「上に向かって?
しかも多いな」
小粒ではあるが、無数の石弾が上に向かって
発射された。
いや、数を増やすために小さくしたのか?
半分くらいは天井に当たったが―――
届かなかった残りも含め、それは当然重力に
従って落下する。
「……なるほど」
パラパラと落ちて来たそれは、ある部分だけ
空中で弾かれる。
それはつまり、そこに何らかの存在が
いるという事で―――
「そこだ!!」
今度は火球がその位置に向かって放たれる。
標的(カニ)に移動されても面倒なので、
私はこっそりと小声で―――
無効化させるためつぶやく。
「こんなに巨大で、ましてや……
周囲の景色に完全に擬態し姿を消す
甲殻類など―――
・・・・・
あり得ない」
次の瞬間、『ドン!』という衝撃音が聞こえ、
その場所には―――
胴体部分を大きくへこませた巨大ガニがおり、
やがてそれは……
前のめりにゆっくりと倒れ込んだ。