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「雪香……私達ずっと離れてたからお互いを何も分かって無かったね」
そう言うと、雪香は恐る恐る俯いていた顔を上げた。
「再会した時、雪香は私を羨ましく思ったって言ってたでしょ? でもあの時私も嫉妬してたんだよ。雪香は華やかで、優雅な身のこなしで私とは全然違うと思った。そんな風に差がついてしまったのを悲しく感じた」
雪香は驚愕したように目を瞠る。
「劣等感で雪香とは会いたくなくなった……そうやって遠ざけてたせいで雪香と直樹の関係に気付かなかったんだけど」
直樹の名前を出すと、雪香はビクッと反応して頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「もう謝らなくていいって言ったでしょ? それより私が言いたいのは、その時私が雪香から逃げなければ……二人の裏切りを知った時に、ちゃんと気持ちを言っていたら違った結果になっていたかもしれないってこと」
「……」
「私達強い繋がりが有ると思いながら、本心を隠していた。今頃やっとお互い本音を出したよね?」
「これからはちゃんと話すから……黙っててごめんなさい」
雪香は泣きそうな顔で縋るように言う。でも私は首を振って否定した。
「無理だよ、私はまだ雪香と向き合えない。わだかまりを消せないから、このままじゃまた同じことを繰り返すかもしれない」
それに私達は離れた方がお互いの為だ。怒りを捨てて冷静に考えてもそう思う。
雪香は一人で立てるようになる必要が有るし、私も……また傷付くのを恐れていつまでも人を遠ざけたりしたくない。
変わりたい。もう自分の殻に閉じこもって、一人でいたくなかった。
でも雪香が側に居たら、いつまでも過去を思い出してこだわってしまい前に進めない。
「もう……二度と会えないの?」
雪香が声を震わせ言う。
「それは分からない。沢山の時間が過ぎたら気持ちが変わるかもしれないし、でも今は雪香から離れたい」
私の決意が変わらないと理解したのか、雪香は静かに涙を流す。
儚いその姿に、胸が痛くなった。それでも気持ちは変わらないけれど。
「雪香、泣かないで……私と別れても大丈夫だから。雪香には何より大切な彼を支えるって役目が有るでしょ? それにお母さんも蓮も力になってくれるから、大丈夫だよ」
小さな子を宥めるように言うと、雪香は涙に濡れた瞳で私を見た。
「……沙雪は? これからどうするの?」
私はゆっくりと視線を落とした。
「私は新しいアパートに移る。それから仕事を探して生活していくよ」
「でも、そしたら沙雪は一人になっちゃうんじゃ……」
雪香は不安そうに顔を曇らせる。
「初めは一人だけど、でも私も探したいと思ってる。雪香みたいに強く思える相手を……側に居てくれる人を」
昔みたいに心を開いて、人を好きになりたいと願っている。
「沙雪……私が全部悪かったのに……また沙雪を一人にしちゃうなんて……結局最後迄沙雪みたいに強くなれなかった」
止まらない涙を流す雪香を見ていると、私も込み上げるものを堪えるのに苦労した。
「私はそんなに強く無いよ」
本当は寂しくて仕方ない。
雪香と離れることで失うものは、とても大きいから。
「雪香は……何があっても彼と生きていくんでしょ? だったら強くなるしかない。何もかも捨てる覚悟で消えた日を思い出して……泣いてる場合じゃないでしょ?」
強い口調で言うと、雪香はハッとしたような表情になり頷いた。
「私彼と生きていく。あの日、誰もいない教会で二人で誓ったんだもの、誰も祝福してくれなくても二人で幸せになろうって……」
沢山の人を傷付けた雪香達を、私は素直に祝福出来ない。
でも雪香にとっては本当の、かけがえのない想いだった。
あの時……雪香が私に電話をして来た時に聞いた鐘の音は、弱々しい雪香の声を消し去ってしまい、私に大きな不安を与えた。
でも雪香達にとっては、二人を唯一祝福してくれるものだったのだろう。
「雪香、彼と頑張ってね、辛いことが多いだろうけど誓いを忘れないで……私も頑張っていくから」
静まり返った病室で、私は別れの言葉を口にした。
雪香は大きく歪ませた顔で、私を見返す。そして……静かに頷いた。
まるでタイミングをはかったかの様に、病室の扉がゆっくりと開いた。
雪香がビクッとして振り返る。
「……話は終わったか?」
蓮がそう言いながら近付いて来て、雪香の側で立ち止まった。
ベッドサイドに置いて有る時計に目を遣ると、蓮が言っていた三十分はとっくに過ぎていた。もしかしたら、私達の話が終わるのを待っていた?
話も聞こえていたのかもしれない。
「蓮……ごめんね、待たせて……」
雪香は涙を拭きながら立ち上がり、蓮の隣に寄り添った。
それから、その様子を黙って見ている私に目を向けた。
「沙雪……私行くから……元気で……」
雪香は涙を滲ませ、震える声で言った。
「うん、雪香も元気で」
私は頷き答え、それから蓮を見た。
「蓮も元気でね……いろいろとありがとう」
伏し目がちな蓮に、私は微笑みながら言った。
蓮は雪香と一緒に行ってしまうけど、以前のような悔しさや虚しさは感じなかった。
切り捨てられたとも思わない。蓮は、酷いことを言った私を助けに来てくれた。
三神さんに対して、本気で怒ってくれた。
蓮は私のことも大切に思っていてくれたんだと、気付けた。
「別に、感謝される程のことしてないだろ……雪香、行くぞ」
蓮は素っ気なく言うと、まだ涙の止まらない雪香を支えながら病室から出て行った。
雪香は最後に悲痛な顔で振り返り、でも結局何も言わなかった。
ふたりがいなくなると、部屋は一気に静かになった。
後悔はしていない。それでも、やっぱり別れは悲しくて胸が痛い。
次々に零れ落ちる涙をなかなか止められなかった。
雪香と再会してから今日迄の出来事が、何度も頭に浮かんでは消えていった。
訳も分からずに翻弄された日々。そんな中出会った人達。
直樹と別れて、引きこもっていた頃からは考えられない程、目まぐるしく濃い毎日だった。
頑なだった私の考え方も、少しずつ変わっていった。
雪香の行動で本当に酷い目に逢わされたけど、今となっては恨みや嫌悪だけじゃなく感じる。
本心を全て吐き出せたせいなのか……。
雪香なんて消えていなくなって欲しいと思ってた私なのに、今本当の別れを迎えて、雪香の幸せを祈る気持ちも持っている。
そんな風に思える事が、嬉しかった。
私もこれから頑張っていこう。
今零れている涙が止まったら……もっと素直になって、幸せになるよう努力したい。
どれくらいの時間が経ったのか。
雪香と蓮が出て行った時のままの状態でぼんやりとしていた私は、病室のドアの開く音に気付き顔を上げた。
静かに開いたドアから、蓮がゆっくりと入って来た。
「……蓮? どうしたの?」
忘れ物でもしたのだろうか。まさか蓮が戻って来るとは思わなかったから、涙も拭いていなかった。
きっと酷い顔をしている……慌てて手で頬を拭っていると、蓮は気まずそうな表情をした。
「雪香も一緒?」
問いかけながらドアの方に目を遣ったけれど、病室のドアは閉じていて、雪香が入って来る気配は無い。
「雪香は帰った。駅まで送って俺だけ戻って来た」
蓮は少し機嫌悪そうに言う。
「どうして?」
雪香を一人で帰してまで、私に何の用があるのだろう。
怪訝な思いの私に、蓮は真剣な目を向けて来た。
「どうしてって、戻りたいと思ったからに決まってるだろ?!」
なぜか怒ったように蓮は言う。
「戻りたいって……何か話でも有るの?」
「用が無かったら、来ちゃいけないのかよ?」
「え……いけなくないけど、雪香を一人にしてまで来るなんて」
雪香に対して、過保護な蓮の行動とは思えない。
不審に思っていると、蓮はイライラとしたような声を荒げた。
「お前、本当に鈍いな! 雪香を放ってでも来たかったから来たに決まってるだろ! なんか不満があんのかよ?!」
どうして私が怒られなくちゃいけないのか。
納得がいかなかったけれど、蓮の言った言葉の意味の方が気になった。
雪香と居るより私の所に来るのを選ぶなんて、一体どうして……。
何を言われるのか不安になったけれど、すぐに蓮の用件を察して胸が苦しくなった。
「聞いていたかもしれないけど、私雪香と別れたの……蓮は私と雪香の和解を望んでいたけど、それは出来ない。これは怒りにまかせて自棄になって決めたんじゃないの」
「……ああ、聞こえてた」
伏し目になりながら答える蓮に、私は言葉を続ける。
「蓮は私達の仲を取り持とうと考えているのかもしれないけど、この気持ちは何を言われても変わらないから」
決意を込めて蓮を見る。蓮は視線を上げて見返して来た。
「それも分かってるし、もう無理強いはしない」
「じゃあ……」
もう私には会わない方がいいんじゃ無いの?
そう言おうとしているのに、どうしても口に出せない。
「無理に和解させようとして悪かった。雪香の話を鵜呑みにして和解は沙雪の為になると思って暴走し過ぎた」
雪香は蓮にどんな話し方をしたのだろう。
私に話した内容に嘘は無いと思うけど、蓮には嘘を言ったのだろうか。
「以前ミドリにも言われたのにな、思い込みが激しいって……少しも成長出来てなかった」
「……雪香が嘘を言ったの?」
蓮は困ったような顔をした。
「嘘って言うより、肝心なことを黙ってた。ミドリが沙雪が消えたって血相変えて来た時隣の部屋の話になって、その流れで三神の話になった。その時一緒に居た雪香の様子が変だったから問い詰めたら泣きながら全て話したんだ」
雪香の気持ちは少しは分かった。きっと、蓮に間違った行動をしていた自分を知られたくなかったんだろう。
恋愛感情が無くなっても、雪香にとって蓮はいつまでも大切な人なのだろうから。
「だから戻って来たのは、雪香とのことをどうこう言うつもりじゃなくて……ただ沙雪の側にいたいからだ」
「……え?」
思ってもいなかった蓮の言葉に、私は目を見開いた。
「お前、さっき勝手に別れの挨拶みたいなこと言い出しただろ。ムカついたけど雪香もかなり動揺してたから、とりあえず送ってから文句言おうと思った」
……文句って。
私を睨むようにしながら言う蓮に、どう反応すればいいのか分からない。
そんな私に、蓮は早口でまくし立てた。
「前から思ってたけど、お前勝手に決めて、サヨナラとか言うなよ。何が今までありがとうだよ……ふざけんな!」
その剣幕に圧倒されて、私はただ呆然と蓮を見上げる。
「お前はそんなに簡単に別れられんのかよ? 雪香と離れるから俺ともはいサヨナラって、なんだよそれ!」
自分で言いながら興奮してしまっているのか、蓮の声は段々大きくなっていく。
「雪香と俺は別の人間だろ? なんで一緒に考えるんだよ?!」
今までの態度を見れば、二人をセットで考えてしまうのは仕方ないと思うけど。
そんな事を思いながらも、蓮を止めようと私も声を大きくする。
「蓮、聞いて! 私は……」
「沙雪は俺とも離れたいのか?!」
全く話を聞かない蓮に、私も冷静さを失っていく。
気がつけば大声で叫んでいた。
「離れたくないよ! 本当は別れたくない……側に居て欲しい……」
夢中で叫ぶと、蓮はハッとしたような顔になる。私は息が切れて、涙が出て来て止まらなくなった。
「お、おい、落ち着けよ、大丈夫か?!」
蓮は慌てて近寄りながら言う。
「蓮が話を全然聞かないからでしょ? さっき思い込みが激しいのを反省するって言ってたのに……」
蓮のせいで、感情が高ぶって涙が止まらない。
「……悪い、俺が悪かった」
蓮は動揺しながらも、私の背中をさすって来た。
必死に謝る蓮に答えられなかったけど、心の中は嬉しさと、安堵の思いでいっぱいだった。
一人じゃないのが……蓮が雪香よりも私を選んでくれたことが嬉しくて仕方なかった。
なかなか泣き止めないでいると、騒ぎに気付いたのか看護師さんがやって来て、「病人を興奮させるな」と蓮を病室から追い出してしまった。
ふてくされた蓮が出て行く後ろ姿を私は申し訳なく思いながらも、満たされた気持ちで見送った。