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「…………」
いつもの宿屋の自室で、ベッドから上半身を起こし、
私は状況を整理していた。
昨晩はハンバーグを作りまくった。
そして上機嫌の皆に酒を勧められて……
その後の記憶が―――
「ええと……」
取り敢えず現状確認からいこう。
まず、今の自分はパンツ1枚はいてない全裸な
ワケで……
「……おお、起きたか我が夫」
「……ケ・ダ・モ・ノ♪」
私の左にアルテリーゼさんが、右にメルさんが―――
多分彼女たちも服を着ていないであろう事を
推測する。
通常、こういう場合は叫び声を上げるか驚くか
するものだろうが、いざこうなった時は却って
冷静になるものだと実感する。
しかし本当に何があったのか。
確かに異世界に来る直前も彼女はいなかったし、
それなりに溜まっていたかも知れないが……
いやいやいや女性経験が無いわけではないが、
それでも2人いっぺんとかただれた関係は―――
「と、とにかく……着替えましょう」
ひとまず彼女たちをベッドに残して、私は
取る物も取り敢えず衣服を身につけた。
自室のある2階から下りて行くと―――
女将さんが呆れた顔で話し掛けてきた。
「まあ、ひと晩くらいはいいけどさ。
ウチはそういう宿屋じゃないんでね。
ていうかアンタもそろそろ家を持ちなよ。
金が無いワケじゃないんだろ?」
「は、はあ……はい」
とにかくクレアージュさんに頭を下げまくり、
遅めの朝食を用意してもらう事にした。
そして食事がてら、ドラゴンと人間の女性2名に
どうしてこうなったのか確認する。
心無しか周囲の視線も痛い。
「えーと……
つまり、私の方から?」
「そうじゃ。まさか覚えておらんのか?」
「えぇえ~!?
私とアルちゃんを両手に従えて、そのまま
部屋に連れ込んだじゃないですかぁ~♪」
2人一緒にってどうなんだそれは。
そして2人ともそれで良かったのか。
しかしこうなった以上、責任を取らないという
選択肢は無いだろう。
もしそれをやったら今まで築き上げてきた信用が
ゼロになるどころか、ドラゴンと全面戦争になる
可能性も帯びているし……
「わ、わかりました……
こうなれば私も男。
2人とも大事に―――
ってあの、メルさんとアルテリーゼさん、
2人とも同時に妻になるのはいいんですか?」
不安そうにたずねると、彼女たちはカラカラと笑い、
「別にぃ?
シンさんにそれだけの甲斐性はありますし」
「もっと増えても構わんぞ、我は。
まあ―――
それなりのレベルは要求するが」
ドラゴンの要求するレベルって何だろう……
そしてメルさんはその要求値に達しているの
だろうか。
それはともかくとして、今日からは仕事だ。
あの3人組、そしてギル君・ルーチェさんと一緒に
漁や猟の日々に戻らなければ。
「じゃあ、今日は漁に向かいますので。
メルさん、準備をお願いしますね」
「はぁい♪
行ってらっしゃいませ、ア・ナ・タ~♪」
「留守は任せてくれ、我が夫♪」
気の抜けるような声を背中に、私は宿屋を後にした。
ギルドを始め、いろいろなところへ報告しなければ、
と思いながら……
そして宿屋・食堂に残った2人に、
女将さんが近付く。
「あー……
食ったわね、アンタたち」
年配の女性に2人は両手に握り拳を作って、
それを水平に差し出し、頭を下げる。
「ゴチっ!」
「ゴチっ!!」
それを呆れるような目で見降ろしながら、
クレアージュは話を続ける。
「まあこっちとしても、シンさんにはいい加減
身を固めて欲しいと思っていたからね。
2人とも、ありゃ年はいってるけど
超がつく優良物件だから―――
逃がすんじゃないよ」
彼女がそう言うと人間ではない方が、ほーっ、
と息を付き、
「実を言うと、我も攻めあぐねていたのだ。
人間との色恋など初めてであったし―――
メル殿がいて助かった」
「んっふっふ……
あれは人間族の女に古代から伝わる術―――
『キセイジジツ』というもので……」
「酒に酔い潰れさせただけだろ。
さすがにアレ以上事に及んだら、宿から
追い出したけど」
宿の女将の言葉にドラゴンはきょとんとした
表情になるが、さすがにメルはばつが悪そうな
顔になる。
「それはメル殿に止められてな。
確かに、あそこまでに至って最後まで
なだれ込まなかったのは、少々ツメが
甘いとも思ったが」
「ま、まあ……
そのツメは旦那様にお任せ、という事で?」
そこへ、アルテリーゼの同族であるシャンタルが
駆け付けた。
「どうですか!?
上手くいきましたか!?」
「ウム! 我の伴侶となる事を認めたぞ!
あっさりし過ぎて拍子抜けするくらいにな」
それを聞いて今度はメルの方を向き―――
「ぜ、是非ともその方法をわたくしにも!
パック殿、あれは得難い人間族の雄……!
そして理解者です!!」
横で聞いていた宿の女将は頭をかきながら、
「やれやれ……
女の方が積極的っていうのは、時代の流れかねえ」
そこからは、同性4名で―――
今後の方向性や方針の話に花が咲いた。
「とゆーわけでして……
メルさんとアルテリーゼさん、2人を
妻とする事になったのですが」
それをいつもの支部長室で聞いた、
いつもの3人は―――
「そりゃオメデトウ―――
と言いたいところだが」
ギルド長の後に、ミリアさんとレイド君が
困惑の表情を浮かべ、
「メルさんはともかくとして……
アルテリーゼさんですか?
ドラゴンとの結婚は今まで取り扱った事は」
「というより―――
人外と結婚したって例は聞いた事が無いッス」
まあそうだろうなあ……
私も聞いた事無いし。
ていうか自分も結婚自体初めてだし。
アレ? でも……
そもそも2人と結婚って出来るのか?
重婚になってしまうんじゃ。
「えーと、結婚相手って何人いてもいいんですか?」
するとギルド長は『ン?』と首を傾げ、
「養えるんだったら別に構わんが?
シンのいたところは、人数制限とかあったのか?」
今度は私が『あー……』という表情になる。
考えてもみれば、一夫一妻制というのは別に、
自然界では原則というわけでもない。
現にハーレムを作る動物はたくさんいる。
『余裕が無い』から一夫一妻なのだ。
ましてや、少し貧しくなれば奴隷落ちが待ち構えて
いるのも珍しくない状況であれば―――
決めるまでもなく一夫一妻制に収まるのだろう。
「そういえば、人間の……というか、
普通の結婚ってどうするんですか?」
その質問に、若い男女はきょとんとして、
「あ、そういえばシンさんは他国の人でしたっけ」
「王族や貴族なら、大々的な行事になるッスが、
平民ならみんなで飲み食いする場を用意して、
それでお祝いして終わりッスね」
ふむ、その程度のものか。
でもそれなら……
「えーと、それは……
昨晩やったハンバーグパーティーの規模くらいで
いいって事ですか?」
するとジャンさんはソファに腰をかけ直して、
「お前さんの場合だと、多分町中でって事に
なるから、もうちょい広い場所が必要に
なるかな?
あとドラゴンが関係者を呼ぶとなったら……
そういや、シン。
2人と結婚するとなったら、家はどうすんだ?
あの宿屋にずっと居続けるわけにはいかんだろ」
「え? まあ……
それはさすがに家を購入しようかと。
でもどうしていきなり家の話を」
関連性がよくわからなかったので、つい聞き返す。
するとギルド長は、
「ああ、ちょうど町の拡張計画の話が
出ていてよ。
ただここは知っての通り、東西を川で
挟まれている。
となると、南北に伸ばすしかないワケだ。
それならいっそ、どちらかの川向こうを新しく
開拓して、住める場所を増やそうって案が出て
いてな」
「あー、なるほど。
新築を建てるならそっちで……という選択肢も
あるという事ですね?」
ジャンさんはそのままソファに背中を押し付け、
「ま、頭の片隅にでも入れておいてくれ。
もちろん結婚の宴はその前にやるけどな。
レイド、ミリア。
お前らも予行練習と思って手伝ってやれ」
急に話を振られた男女は顔を赤くして、
「ンなっ!?
ななな何を言ってるッスか!?
まだそんな」
「そそそそーですよ!!
少し早いってゆーかー!?」
動揺しながらも否定しないところが若いというか。
彼らの番が来たらバックアップしてあげよう。
こうして、一応の報告を済ませると―――
まずは漁のため、カート君、バン君、
リーリエさん、そしてもう一組のカップルを
呼びに孤児院へ向かった。
「へえ、シンさんが……
メルさん、アルテリーゼさんと―――」
「お、おめでとうございます」
まずは出迎えてくれたギル君・ルーチェさんの
カップルに結婚を報告すると、戸惑いながらも
祝福してくれた。
「おめでとうございます。
とすると、この子は―――
シンさんの子供になるわけですね」
続いて院長のリベラさんが、アルテリーゼさんの
子供であるドラゴンを抱いて出てきた。
預けてあるとは聞いていたが、もうすっかり
懐いているようだ。
それを聞いてわらわらと、他の子供たちも
姿を現し、
「シンおじさん結婚するんだ!」
「2人もかー!
スゲー!!」
「ヤルじゃん!
鳥と卵と魚の人!!」
男の子は素直に喜んでくれているようだが、
女の子の方はというと
「えー!?
もしバン様と一緒になれなかった時のために
取っておこうと思ったのに」
「それアタシもー!!
むうぅう~」
「あれ? でも……
おじさんが2人と結婚したって事は、バン様も
複数OKって事だよね!?」
ある意味正直というかたくましいというか……
頑張ってくれ、バン君。
苦笑するリベラさんの後ろから、渦中の人を含む
3人組が姿を現し―――
彼らにも結婚の事を報告すると、そのまま漁へ
向かう事にした。
「へえ、アルテリーゼさんとも……
って事は、ラッチは引き取られる事に
なるんですかね。
寂しがるだろうなあ、チビたち……」
「?? らっち?」
久しぶりに遠くの水場で漁の罠を仕掛け、
一休みしているところ―――
カート君の言った聞き慣れない単語に聞き返す。
すると、リーリエさんとバン君がそれを
引き継いで、
「あ、子供のドラゴンの事です。
チビちゃんたちがそう呼んでいるので」
「最初はみんな『ドラちゃん』って呼んで
いたんですけど、そのうち『ドラッチ』に
なっていって、いつの間にか『ラッチ』に
なっちゃった感じです」
それでそのまま定着したのか。
確かに、名前が無いのは不便だし、暫定的な
名称としては別にいいか。
「んー、アルテリーゼさんが望むのなら、
時々は『ラッチ』を預けに来ますよ。
それに私自身も、ちょくちょく孤児院に行く
用事というか、必要もありますし」
それを聞いて、孤児院に縁が深いメンバーは
全員ホッとした表情になる。
「それを聞いて安心しました」
「泣いている子も、ラッチを抱かせると
すぐに落ち着きますからねー」
ギル君とルーチェさんが現状を説明してくれる。
すっかりペットというか、動くぬいぐるみの
扱いになっているな。
そこで女性陣2名が、基本的な質問をしてきた。
「そういえば、性別がわかるまで名前は
付けないって聞きましたけど」
「あの子、何才なんですか?
まだまだ赤ちゃんに見えますが」
そこは別に隠す必要は無いだろう。
私はアルテリーゼから聞いた情報をそのまま
伝える事にした。
「えっと……
生まれてからまだ30年くらい、って
言ってましたねえ」
私の答えに、彼らは一瞬沈黙し―――
「「「「「ええぇええええっ!?」」」」」
と、水辺に5人の驚きの声が響き渡った。
「ただいまー」
大量の魚と共に、宿屋に帰った私を待っていたのは、
「帰ったか、我が夫!」
「お帰りなさいませー♪
準備は出来てますよ、アナタ♪」
アルテリーゼさんはともかくとして、メルさんとは
ずっと一夜干しを手伝ってもらってきた仲だから、
どことなく気恥ずかしいものがある。
「ピュイ! ピー!」
「あ、ラッチも帰ってきてたんですか」
アルテリーゼさんが抱く『我が子』に、
私も呼びかける。
「らっち??」
「孤児院でそう呼ばれているらしいですよ。
まあ暫定的なものですし」
すると、彼女は抱いたままの子へ視線を落とし、
「……そうだな。
確かに『我が子』では味気ない。
しばらくは我もそう呼ぶとしよう。
良いな、ラッチ?」
「ピュピュイ!!」
そうして、ラッチを今度は宿の女将さんに
預け―――
共同で一夜干し作りに精を出す事にした。
一通り作り終えた後は、リーベンさんに
乾かしてもらうために運び、休憩に入る。
孤児院組もまた、その手伝いのために外へと
向かった。
私は妻となった2人に向かい、労をねぎらう。
「お疲れ様でした、2人とも」
「妻として夫のする事を支えるは当然の事!」
「アルちゃんも、包丁さばきがなかなか
上手になってきましたねー」
メルさんや女将さんに聞いたところ、私が王都へ
行って不在の間―――
私のしてきた事は何でも、という具合にいろいろと
手伝っていたらしい。
今では、ちょっとした料理も出来るとの事。
それを労い、また興味もあったので、それを
彼女に聞いてみる。
「何か、私のやってきた事を覚えてくれている
みたいですけど―――
ドラゴン族でもそういう事を?」
彼女は首を軽く左右に振り、
「いや、初めての事ばかりだ。
それにドラゴン族は閉鎖的というか、
あまり外の世界や人間には無関心なのが多い。
シャンタルなどは例外中の例外だな。
基本的には単独行動の種族であるし―――
知識を得る機会などそうそうあるまい」
「ん? でも巣があるって以前……」
「子供がいる時は仲間で集まって面倒を
見る事もある。
それに大人はともかく、子供は成長に
食料を必要とするからな」
あ、その辺りの事情は人間と同じなのか。
大人なら身体強化であまり食べなくてもいいけど、
それがまだ上手く使えない子供は……
「ドラゴンの姿のままだと、食料以外にも
資源や住処の問題もあるし―――
普段から群れているわけではない」
ふーむ。
確かにあの巨体では、常に群生でいるには
広大な土地が必要になるだろう。
「んん?
でもアルちゃん、人間の姿になれるじゃない?
ずっとそのままではダメなの?」
軽い口調でメルさんが彼女にたずねるが、確かに
それなら問題は解決するはず。
「人間の姿、というか―――
ドラゴン以外の姿になると、たいていは
弱体化するのでな。
能力まで完全に人間化するわけではないが……
その辺は必要に応じて、という感じだ」
ドラゴンの姿でいればほぼ無敵、
だけど土地や資源がそれなりに必要になる。
人間の姿になれば、弱体化するがコストは
少なくて済む。
痛し痒しだなー……
「我が夫ならば、我がドラゴンの姿でも勝てぬ
だろうがな」
自慢げに夫である私を称えるアルテリーゼさん。
私の場合は強さというより能力によるものなので、
ちょっと複雑な気分だが。
「う~ん……
ちょっと考えていたんですが―――
結婚の宴なり宴会に、アルテリーゼさんの
関係者を呼んだら、誰か来てくれますかね?」
すると彼女は腕を組んで悩み始め、
「いや、来ないであろうな。
先ほども言った通り、ドラゴンは外の世界に
無関心なのだ。
招待して来るのであれば、シャンタルのように
呼ぶまでもなく来ているであろう」
ふーむ……
と、私はそのまま視線をメルさんに向ける。
「あ、私も呼ぶような人はいませんよー」
片手をひらひらさせながら、彼女は答える。
「そういえば、メルさんはどうして冒険者に?」
「私、本当は―――
王都の向こう側の村の出身なんですけどね。
成人するちょっと前に両親が病気で死んで
しまって……
一人娘でしたし、冒険者か奴隷落ちかで
選択肢は事実上一択でした」
な、なかなか重い過去が……
冒険者である以上は、そうなった理由をある程度
覚悟はしていたが。
「それが、どうしてこの町に?」
「ちょうどその時、遠征依頼を受けた先でギルド長と
会ったんですよ。
で、町の方がまだ仕事あるぞって言われて、
こっち来ました」
面倒見が良過ぎだよジャンさん……
彼女を嫁にしたら、ますます頭が上がらなく
なるな。
そこへ、一夜干しの風通しが終わったのか、
リーベンさんと荷物持ちの5名が帰ってきた。
「魚、一通り終わりましたよ、シンさん」
「お疲れ様です。
孤児院組はいつものように、持って行く料理が
出来上がるまで待っていてください」
孤児院メンバーがはーい、と元気よく返事した後、
リーベンさんはそこで別れ―――
残った彼らは思い思いに時間を潰し始める。
そして私は妻2人に向き合い、
「そういえば2人とも、今はどこに泊まって
いるんですか?」
メルさんはこの町に住んで長いだろうけど、まさか
持ち家はあるまい。
それに家を買うまでの間とはいえ、適当にどこかで
宿泊させるのも……
「私は安宿を転々としてますよ。
ゼータク言わなきゃ銀貨2枚くらいでも泊まれる
ところはありますし」
「我は肉を持っていくのと引き換えに、
その日その日で宿を提供してもらっている」
私はアゴに手をあてて考え、
「……メルさん、お金の方は私で何とかしますから、
この町で3名で泊まれるくらいの部屋を確保して
もらえますか?」
「メル、でいいですよ~♪
ア・ナ・タ♪
ていうか、家を買った方が早くないですか?」
そこで私は、ギルド支部で言われた事を説明する。
「……なるほど。
つまり、この町の近郊に新たに住処を拡大する
予定があるので―――
それまでの暫定的な宿が必要、という事だな」
アルテリーゼさんは飲み込みが早く、その言葉を
理解したメルさんは彼女の手を取って、
「わっかりましたぁ!
じゃ、さっそく行って来まーす!」
と、アルテリーゼさんと一緒に町の中へ
駆け出していった。
「ホラ、出来たよ。
暖かいうちに持っていきな」
ちょうどそこへクレアージュさんが現れ―――
声に振り向いてテーブルを見ると、その上には
各種サンドやいろいろな料理が山と積まれていた。
「ありがとうございます!」
「じゃーシンさん、失礼しまーす!」
妻も孤児院メンバーも出て行った後は―――
嵐が通り過ぎた後のような静けさが、室内に
戻ってきた。
そこへ女将さんが私の対面の席にやってきて、座る。
「アンタがここを出て行くとなると、
寂しくなるねえ。
そういや、部屋代無料と引き換えにしていた、
マヨネーズも……
まあ、散々儲けさせてもらったし、そもそも
こっちが得しかしないようなモンだったから」
多分、女将さんはこれまで通りの取引が終わる事を
心配しているのだろう。
私は首を左右に振って、
「あー……
別にマヨネーズや他素材の値段を変える気は
ありませんよ?
もともと、この町で売るのは利益度外視、
外に売って儲ける方針でしたし。
それに、もう肉や魚や新作料理の提供は、
ここが中心となっているんですから―――
混乱させないためにも、これまで通りで
お願いします」
「いやしかしねえ。
アンタも妻子持ちになるんだから、お金は……」
そこまで話して、会話がピタ、と止まる。
「こう言っちゃなんだけど、今アンタ、収入は?」
「んー、町でやっている分は雇用の関係もあるので
トントンですけど―――
確かドーン伯爵家との取引で……
月金貨500枚前後?」
その上、それまで溜めたお金に加え―――
ワイバーン撃墜の報酬とアルテリーゼさんが
お土産にと持って来てくれた数々のお宝、
それらを合わせると……
「……問題無さそうだね」
「ハハハ……
ま、まあそういう事ですので。
今後ともよろしくお願いします」
それを聞くと女将さんは達観したような
苦笑いをし、この宿屋へ初めて来た時の
思い出話などから、昔の話で盛り上がった。
「うぉわ」
町の北地区、居住区域にメルさんの案内で
連れて行かれた私は―――
その豪邸の前で絶句していた。
「えーと、宿屋という話はどこへ?」
「それがですねぇ~……
今、宿屋はどこも新規の冒険者さんでいっぱい
らしいんですよぉ」
うーむ、そこまで住宅事情が深刻なのか。
「でも、よく一軒家が空いてましたね?」
「町の拡張計画の中で、老朽化もあって取り壊される
予定の建物らしいんです。
2・3ヶ月で出て行くのなら、という条件で
貸してもらえましたー♪」
それまでに新規地区の開拓を終わらせれば何とか
なるかな?
ところで、気になるお値段は―――
「で、家賃はどれくらい?」
「取り壊し予定までの間という事で―――
金貨150枚払えば、後はいいとの事です!」
という事は日本円に直して300万円くらいか。
月収1千万円前後の収入があるから別にいいけど。
何か、金銭感覚がマヒしつつあるなあ……
「アルテリーゼさんはここでいいですか?」
「人間の基準はわからんし、我が夫が良いので
あれば、反対はしない」
「ピュイィ、ピュ~」
こうして、地球では思いもしなかった
マイホーム(暫定)で―――
新婚生活がスタートする事になった。
―――2週間後。
結局、町の中央広場で―――
結婚の宴が開かれる運びとなったのだが……
町、冒険者ギルド、そして孤児院のメンバーを収納
出来る建物など、どこにもなく―――
外にテーブルやら屋台やらを出す形式で、お祭りに
近い形になった。
すでに秋も終わり近くになり、冬の初め。
まだ本格的には寒くはないが―――
「子供たちは大丈夫ですかねえ、コレ」
「みんな厚着させてますし、後でお風呂に
行かせますから」
私の疑問に、すかさずミリアさんが答える。
「シンさんたちが主役なんですから、
今日は楽しんでくださいッス!」
次いでレイド君も―――
2人はこの二週間、本当にお世話になった。
宴会の場所の選定や告知、招待客の人選……
それらはみんなこの2名が手配してくれた事だ。
そして、ギルド長も挨拶に来た。
「そういうこった。
それに、あっちはもうかなり飲んでいる
ようだぞ?」
この宴会はもう一つサプライズがあった。
それはジャンさんの視線の先―――
「シン殿~!!
飲んでますかぁ~!!」
完全に出来上がったシャンタルさんが絡んできた。
そして後ろにパックさんが続く。
「シャ、シャンタル!
迷惑をかけるんじゃありません!」
「すっかり酔っているな、シャンタル。
嬉しいのは理解出来るが」
それを同族のアルテリーゼさんが微笑みながら
ながめる。
そう―――
今回の結婚の宴は私とメルさん・アルテリーゼさん
だけではなく……
パックさんとシャンタルさんの物でもあった。
「メル殿もぉ~!!
おかげで、わたくしもパック殿と結婚
出来ましたよぉ~!!」
と、今度はメルさんに抱き着く。
「?? メルさんが、どうして?」
「い、いぃえぇ~♪
そこは女同士の秘密、でね?」
この辺りはあまり突っ込まない方が良さそうだ。
こうして、祝いか祭りかわからない雰囲気の中、
宴会の時間は過ぎていった。
「ふー、さっぱりしたぜ……
あ! こら!」
「チビたち、ちゃんと体拭くッス!」
宴会が終わり、その後―――
主なメンバーと子供たちとで、浴場へと
向かった。
ジャンさんやレイド君、孤児院組、もちろん
パックさんもいて―――
ひと風呂浴びて出た後は子供たちの世話に追われる。
「男の子は大変そうだな、メル殿」
「わ、私はどっちでもいい……かな?」
「わたくしも、パック殿との子なら……♪」
あっちも新婚組が子供の話題で盛り上がりながら、
着替えを終えて合流する。
「おお、我が夫!
この風呂というのは気持ちがいいものだな!」
「まったくです、アルテリーゼ。
これもシン殿が作ったというのだから」
正確には下水道を作りお風呂を広くした
だけなのだが……
もうすっかり入浴に馴染んだなあ、2人とも。
「みんな揃った?
じゃあ、そろそろ帰りますよー」
ミリアさんの号令の下、帰り支度に入るが、
「あ、もうちょっと待っててもらえますか?」
「?? どうかしたんですか、シンさん」
実は今日、もう1つサプライズがあった。
それは―――
「お待たせ、シンさん」
「例の物、持ってきたぜ!」
「ちゃんと冷えているぞい」
そこへ、クレアージュさんと、ブロックさん、
ダンダーさんが浴場へと入ってきた。
手にはお椀のような器を乗せたトレイを持って―――
「ん!? 何だこりゃ?」
ジャンさんを始め、全員が初めて見るそれに
注目する。
「果物が入っているのはわかるッスけど……」
「これは雪? 小麦?」
レイド君とギル君も目を丸くして疑問を口にする。
「子供たちから配ってあげてください。
人数分あるはずですから」
そして、恐る恐るスプーンで口にした子たちは……
「甘ーいっ!!」
「何コレ、ぷるぷるふわふわしてるー!!」
「ピュウゥ~♪」
次に大人の女性たちが色めきだつ。
「ふおぉおおお……♪」
「う~ん……♪
口の中でとろけるぅ……♪」
「冷たいですぅ♪」
ミリアさんとルーチェさん、リーリエさんも
感想を口にし、
「な、何なのですかコレは!?」
「さすがは我が夫……!
祝いの後でこのような甘味を」
「うまっ!
果物の酸っぱさと甘さが混ざってうまっ!!」
新しく妻となった女性陣も、新作のスイーツを
絶賛する。
実はこの2週間―――
干し柿とフルーツを使ってのデザートを
思考錯誤していた。
干し柿をそのまま出しても食べてもらえないと
思った私は、糖分としてのみ使用する事を考案。
そして卵白は泡立てればメレンゲになる事は
知識としてあったので、ブロックさんや
ダンダーさん、他ギルドのブロンズクラスを雇い、
身体強化でやってもらった。
さらにそこへ、同様の手段ですり潰した
干し柿を投入。
酢を少々混ぜ合わせた後、いったん茹でる。
殺菌のためだが、熱を通した後も多少は固まった
ものの、プルプル感は残り―――
フルーツを投入して冷やした結果、新作のデザートが
完成したのであった。
そしてその後……
女性陣と子供の要望により、さらなる干し柿の
大量生産が決まった―――