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Hotoke視点
青という色は、落ち着く。
深く、静かで、永遠に沈んでいくような安心をくれる。
僕は昔から、青が好きだった。
だから、いふくん――彼の瞳の色を初めて見たとき、思ったんだ。
「ああ、この人は、僕の作品になる」って。
彼は優しかった。誰にでも声をかけて、明るくて、笑い方がうるさいくらいで。
でも、その奥に、ほんの少しだけ孤独があった。
その孤独が、僕にはたまらなく美しく見えたんだ。
僕は人を人形にする。
“壊れない形で残す”のが、僕なりの愛の証明だと思っている。
壊れたら作り直す。忘れられないように、永遠に傍に置いておく。
そうすれば、寂しくない。
誰も僕を置いていかない。
いふくんが僕の家を訪れたのは、夜の九時を少し過ぎたころだった。
玄関を開ける前から、足音がわかった。
彼の歩き方はリズムがある。少し乱暴で、焦っているときは靴の音が強くなる。
その夜は、まるで獲物を追うような音だった。
「いふくん?」
扉を開けて呼びかけると、彼は一瞬だけ動きを止めた。
目は鋭く、僕を警戒していた。
ああ、やっぱり。僕を疑ってきたんだね。
「遅い時間にごめんな、話があって」
「いいよ。上がって」
僕は微笑んで、彼を中に通した。
玄関の匂いには、少し甘い香を混ぜてある。
蜜蝋と少量の睡蓮。
落ち着きを与えるけれど、長く吸い続けると意識が鈍くなる。
人形の材料を扱うとき、集中しすぎると手が震えるから、僕自身にも使っているものだ。
ただ、彼には少し効きすぎたかもしれない。
「なあ、ほとけ。最近……みんな、どこいったんや」
廊下を歩きながら、彼は問うた。
その声には、怒りと悲しみと、ほんの少しの恐怖が混じっていた。
「どうして僕に聞くの?」
「お前が最後に会うとったからや」
「そうだね。確かに、会ったよ。彼らはとてもきれいになった」
「……は?」
僕は襖を開けて、部屋を見せた。
蝋の光の中、静かに並ぶ“作品”たち。
りうちゃんは真っ直ぐな立ち姿で、まるで守るように両手を広げている。
初兎ちゃんは少し俯き気味で、微笑んでいる。
あにきは腕を組んで、穏やかな目をしていた。
ないちゃんは、指を唇に当てて静かにしていた。
そして――その隙間に、青い空間があった。
まだ“彼”を入れるための場所だ。
「これ……なんやねん……」
「僕の家族だよ」
彼は一歩後ずさった。
ナイフの柄が、ポケットの中で鈍く光った。
彼が武器を持っているのは知っていた。
だから僕は、彼を玄関に入れた瞬間から、ゆっくりと“香”を濃くしていた。
意識の奥が霞んでいく。
それを見逃すほど、僕は鈍くない。
「落ち着いて。怖くないよ」
僕は彼に歩み寄る。
「離れろ!」
ナイフを構えた彼の手は、すでに震えていた。
指先に力が入らない。呼吸も荒い。
香のせいだ。
目を見れば、瞳孔が微かに揺れていた。
僕はゆっくりとその手首を掴んだ。
彼は抵抗したけれど、力が入らない。
ナイフが畳に落ちた。
「大丈夫。痛くしないよ」
「やめろ……!」
「すぐ終わるから」
僕は彼を優しく抱きとめるようにして、後ろの棚に手を伸ばした。
そこには、淡い青の瓶がある。
中身は特製の液――蝋を溶かす前に皮膚を固定するための下処理液だ。
少しの痺れと、眠気を誘う。
僕はその瓶の口を開け、布に染み込ませて、彼の口元に当てた。
「ん……ぐっ……!」
暴れようとした彼の体が、だんだんと力を失っていく。
その瞳の青が、少しずつ濁っていくのを、僕は見つめていた。
「きれいだね……青って、静かで、落ち着く」
僕は彼を抱いたまま、呟いた。
意識を失った彼を作業台に横たえた。
人を人形にする作業は、いつも通り静かに始まる。
僕にとってそれは“死”じゃなく、“保存”だ。
時間を止めて、美しさをそのまま残す。
彼の体を蝋の液に沈める前に、筋肉を固める処理をする。
動かぬように固定して、表情を整える。
呼吸を止めるタイミングは難しい。
早すぎれば苦しむし、遅すぎれば表情が崩れる。
だから、僕は彼の胸に耳を当てて、心臓の音を聞いた。
とく、とく――。
青い命の鼓動が、ゆっくり弱まっていく。
その音が止まる瞬間が、僕は一番好きだ。
静寂が訪れるとき、世界が完璧になる。
僕はその瞬間、心の中で祈る。
「ありがとう。僕の中に残ってくれて」
液体蝋の中に、彼を沈めた。
蝋が皮膚に染みて、柔らかく包み込む。
彼の青い瞳はもう閉じているけれど、ほんのわずかに笑っているようにも見えた。
僕はその顔を見つめながら、筆で表面を整えた。
「いふくん……やっと、君を僕の世界に連れてこられた」
蝋の膜が乾いていくにつれ、青が深まっていく。
薄い青ではなく、夜のような、静寂の青。
完璧だった。
僕は人形にした彼の頬に指を滑らせた。
冷たい。
けれど、温かかったころの彼の声が、今もこの部屋に残っている気がした。
数日後、彼を仲間たちの横に並べた。
赤、白、黒、桃――そして青。
五色の人形たちは、まるで虹の欠片のように美しく並んだ。
「やっと揃ったね」
僕はその中央に立って、微笑んだ。
みんな僕を見ている。
笑っている。
話しかけてくれるような気がする。
でも――時々、夜中になると、青の人形が微かに動くんだ。
首を傾けて、僕を見て、何か言おうとしている。
口は動かないけれど、確かに声が聞こえる。
『ほとけ……俺を、返せ……』
僕は笑って、そっと頬を撫でた。
「壊れかけてるね。今夜、直してあげる」
その瞬間、青の瞳が僅かに震えた。
まるで涙のように光ったけど、僕にはそれがとてもきれいに見えた。
今夜も、蝋を温めている。
溶ける音が静かに響く。
青い蝋は、いつ見ても美しい。
彼の色そのものだ。
――明日には、また完璧な青が見られる。
壊れても、また作り直せる。
それが、僕の“愛”のかたちだ。
彼らはみんな、僕と一緒にいる。
僕を置いていかない。
誰も、僕を裏切らない。
僕は微笑みながら、道具を手に取った。
青い蝋が静かに沸き立つ。
その光が部屋を染め、壁に並ぶ人形たちの影がゆらゆらと揺れた。
そして、僕の視線の先には――
またひとつ、新しい“空席”があった。
そこに、誰を入れようか。
考えるだけで、胸が温かくなった。
end,
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