母はよく俺にモノをくれた、服に靴、髪留めに櫛、日焼け止め、バランスの取れた食事に、偏った愛
そして、俺が今宝物をしまっている クッキーの入っていた空き缶。
この缶はまだ誰にも見せていない、“俺だけ”の宝箱
いつかこの缶を俺の“好き”でいっぱいにするのが夢だった。
きっとその宝箱の中には、あの海で拾ったモノがぎっしりと詰まるんだろう。
あそこにはいつも様々な色の硝子片が流れつく
ラムネ色に空色、オレンジに赤みがかった茶色、透明なのから黒色まで沢山
中でもお気に入りなのは、茜色。
夕焼け空よりも濃く、林檎よりも淡い、温もりの色。
俺の求める愛情色、それが茜色。
母のよこす水溜まりの中から拾った、プラスチックの様な泥の様な色では無く、鮮やかで美しい色。
蘇芳色も好きだが、茜色が一番だ。
俺の「葵」とは真逆、俺の名前になる筈だった 姉が無事産まれ、俺が求められる世界線での名前「茜」。
「…早く、埋まらないかな、この缶(アイ)…」
この缶が埋まり、それを誰かに見せられるその日こそ
俺が愛されてると実感出来る時だろう、そう考えながら 今日も缶の蓋を両手で押さえつけ
力いっぱい閉めた。