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一応、念を押しておこう、と善悪は仕上げに掛かる。
「それと、念の為に言って置くでござるが、茶糖さんちの家の中を覗いたり、どこかの窓が開いてたりしても入ったりしては行けないのでござるよ」
『あー、そうなんです? まあ、和尚様がやめとけって仰るならそうしますがね、なにしろ、ここいらの仲間の家なら鍵の隠し場所から、外し易い窓まで全部分かってますからね』
マジでか? 農家仲間のネットワークのごん太(ぶと)加減の非常識さを、完全に見誤っていたわー!
『農地で作業中で留守の時に火事でも起きたら、集落にいる者で助け合ったりするんですよ、勝手知ったる他人の家ってヤツで……』
「と、とにかく、茶糖さんの家の中の様子を探るのも、家の中に立ち入るのも駄目でござる! もしも、この言い付けを破ると……」
『どうなるんです?』
そこで直ぐには答えず、僅かにためを作ってから仰々(ぎょうぎょう)しい口調で、
「……仏罰が下されるでござる…… それと、御先祖の供養は、二度とされる事は無いであろう、なあぁ……」
『なっ?』
「逆に! 茶糖家の畑や鶏の面倒を無事完遂し、茶糖家の内部を誰にも窺わせなかった場合には」
『は、はい……(ゴクリ)』
「……今後、御不幸があった場合、戒名(かいみょう)を今よりワンランク、いやツーランク上の物で付けさせて頂くでござるよ! しかも料金据え置きで!」
『っ! わ、分かりました! 是非この四桐鯛男にお任せ下さい! うまく世話し切れた時は、約束ですよ?』
「任せるでござるよ! 院信士(いんのしんし)でも院大姉(いんのしんにょ)でも何でもござれ、でござる!」
『はいっ! ありがとうございます! 頑張ってまいります! では!」
ふうぅ、と息を吐いて子機を充電器に戻した善悪の足取りは、少しふらついていた。
やはり、僧侶という職業柄、嘘の類を言うのは精神的に辛い物があったようだ。
自室までフラフラと辿り着いた善悪は、コユキに悪いと思いつつも、ゴロンと横になり仮眠を取り始めるのだった。
三十分程たった時、善悪のスマホがラインの着信を報せた。
見てみると案の定コユキからで、
『あたし、コユキ、今名古屋駅にいるの』
とあり、行程が予定通り進捗(しんちょく)している旨(むね)が簡潔に記されていた。
善悪も簡潔に、
『りょ』
と返しておいた。
このラインを切欠(きっかけ)に、仮眠を終わらせた善悪は、いつも通り、寺内の清掃を始めた。
コユキの事が心配では有ったが、いつも通りの行動を心掛けることで、心中の不安を払拭(ふっしょく)しようと考えたのだった。
庭、外周、本堂、庫裏と手際良く進めて行くと、再びコユキからの連絡が入った。
時刻を確認するともう少しで午前十時になる所であった。
『あたし、コユキ、今松阪駅にいるの』
オルクス君曰く『馬鹿』状態の悪魔、モラクスとの接触はもう直ぐ(すぐ)だと考えると、善悪の緊張が一段高められる。
『了解、慎重に進むでござる』
送り返した後は、早めにトイレに行ったり、お茶を啜って咽(むせ)てみたりしながら、そわそわと落ち着き無く過ごしていた。
更に三十分が経過した時、スマホが三度(みたび)着信を報せた。
『あたし、コユキ、今門の前にいるの』
ゴクリっと善悪は喉を鳴らし、コユキに返す言葉を捜していた、その時、四度の着信が……
『あたし、コユキ、今…… 貴方の後ろにいるのぉぉ!』
くっ、ふざけやがって! 緊張して損したわっ! と、一気に緊張の解けた善悪は、
『真面目にやれ! 浮かれてんじゃねっぞ!』
と返して、本堂に向かうのであった。
本堂に入った善悪は、昨夜の内に準備していた護摩行の準備を確認すると、オルクスに声を掛けた。
「オルクス君、コユキ殿が目的地に着いたでござる」
その声に頷く事で答えたオルクスは、ロープを伝ってスルスルと本堂へと降り、テクテクと護摩壇(ごまだん)の横で待つ善悪へと近づいて行った。
善悪はいつもの様に、優しい手つきで彼を拾い上げ、不動明王の正面に設(しつら)えた護摩壇の手前に座し、座禅の膝の上にオルクスをそっと置いた。
置かれたオルクスは、明王に背を向けると善悪の法衣に取り付いて、首元まで器用に昇り付くとスルリと善悪の着物の胸元に滑り込んだ。
そのまま、善悪の懐(ふところ)から顔を出して、法衣の両襟を掴んで、不動明王、その手前の護摩壇を見つめる形で、小さな体を固定した。
オルクスが納まった事を確認した善悪は、自身に抹香(まっこう)を塗り、灯火を点し、と、手馴れた様子で手順を踏んで行った。
護摩壇に火が入れられ、本日二つ目のクエスト、オルクス君依頼の『鉤召(こうしょう)の外護摩(そとごま)』が始められるのであった。