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前回までのあらすじ……
善悪と練習した。
記憶が改竄(かいざん)された。
畜産(ちくさん)農場に着いた。
「ははは♪ 怒ったか善悪 ………… ふぅ~」
善悪の怒りの返信を見て、コユキは少し肩の力が抜けた気がしていた。
実の所今しがたまで、手足が震え、心臓の鼓動が痛いくらいに早鐘を打っていたのだ。
新幹線が名古屋駅に到着する直前から、少しづつ恐怖心が強まって来たコユキは、誤魔化す様に偽メリーさんを演じていたのであった。
オルクスが『馬鹿』になっていた時の邂逅(かいこう)でさえ、死を覚悟するほどに恐ろしく、半ばパニック状態に陥ったのである。
自らの高い霊力値で、ある程度自我を保てていたオルクス相手でさえ、それ程の恐慌に襲われたのだ。
ましてや、今から目にし、恐らく戦う相手、モラクスは、動物を依り代にして正真正銘の『馬鹿』状態であり、理性は残っていないと思われるのだ。
そんな状態の悪魔を相手取るのに、こちらは自分一人である。
心の支えとも言える善悪もオルクスも居らず、たった独りで挑むのである。
心を恐怖心と不安感が覆い尽くしていても不思議じゃない、それ処か普通なら逃げ出してしまったとしても誰にも責められるような事は無い。
にも拘(かかわ)らず、コユキは心中で、強く覚悟を決め、反して気楽過ぎる程の口調で呟くのだった。
「よっしゃ、チャッチャと行くとするか~♪ 待ってなよ、リョウコ、リエ、みんな!」
そう言って、農場の入り口を開け進み出したコユキの足取りは、ス――――では無く、不思議な事に普通の足運びに戻っていた。
それだけでは無い、通常不可逆的に失われる筈の記憶を取り戻しつつ有ったのだ。
もはや彼女の中に閣下は存在しておらず、小さな頃から良く知っている善悪が戻って来ていたのである。
あわよくば、古代龍退治の英雄に成りすまそうという善悪の野望は、本人が知らない内に潰(つい)えたのであった。
各種組合関係者や、飼料業者など人の出入りが多い農場とは言え、そこは立派な他人の敷地である。
だというのに、コユキは一切の遠慮を見せずに、堂々とズカズカ進んで行った。
コンクリート製のひび割れた動線を進んで行くと、突然右前方の牛舎から、二人の中年男性が飛び出して来て叫び声を上げた。
「うぁ――――! ば、化け物だぁ――――!」
「日影が! 秋日影(あきひかげ)が化け物に変えられちまった――――!」
緩やかな斜面を転がるような勢いで走ってきた二人の元へ、コユキはススススっと残像を残して近付いていった。
「大丈夫?」
「「ヒッ!!」」
息を切らせて倒れ込む二人の男性に、声を掛けるコユキであったが、突然の巨漢の登場に化け物の事も忘れ息を飲む二人。
一瞬の後、いち早く、コユキを変わった形だが人間だと理解した、日影日影と騒いでいた男が、牛舎を指差してコユキに伝えた。
「ウチの牛が化け物にされちまったんだ! 秋日影が! 俺らも逃げるから、あんたも早く逃げなきゃ!」
「必要ないわ、その子はアタシが助ける! アイツを倒してね、その為に来たんだから!」
フンスっと鼻息荒く、牛舎に向けて足を踏み出したコユキの目には、今正に鉄製の牛舎の扉を破壊して外へと出て来た、巨大な黒い悪魔が映るのだった。
秋日影は戸惑っていた。
自分の体が自分の意思で制御する事が出来なかったからだ。
それだけでは無く自分の心、思いという物ですら、激しく突き上げてくる怒りの感情に塗りつぶされそうになる。
必死に飲み込まれ無い様に耐えてはいるが、それもいつまで保っていられるか分かりはしなかった。
今は只、この『秋沢農場』のお父さん、秋沢(あきざわ)明(あきら)さんが逃げ切るまで、僅か(わずか)でも体の動きを阻害して、時間を稼ぐ事しか出来なくなっていたのだった。
朦朧(もうろう)と薄れそうになる、意識の中、倒れ込んだお父さんと出荷組合のおじさんの横から、丸々と太った人間がこちらに向かって来ているのが見えた。
その人間から、僅(わず)かに漂う気配、秋日影の中に入り込んだ存在がその気配に気が付いた時、爆発的に高まった怒りの感情に、秋日影の自我は完全に消失するのであった。
悪魔はどのようにして、他の動物を依り代にするのか。
オルクスは語った、『属性に合った感情に支配された動物』を選んで依り代にするのだと……
自我を失う瞬間まで、秋日影は只々、育ての親とも言える、秋沢農場の主、秋沢明さんの無事だけを願っていた。
優しく、頑張り屋の性格が窺い知れる。
そういった生き物にも悪魔は憑依し、肉体を奪うことが出来る物なのだろうか?
こことは違い、私の生きる世界には悪魔は存在していない。
ここは、少し遡って観察をして見る事にしたい。
秋日影の心を経験し、モラクスが如何(いか)にして入り込んだのかを解き明かしてみよう。