テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
幸い、目黒の怪我は軽かった。
頭を打った影響で経過観察は必要だったものの、大きな後遺症はないと診断される。
ただ一つだけを除いて。
――阿部の記憶だけが、きれいに抜け落ちていた。
___________
事故から二日後。
目黒は仕事へ復帰した。
メンバーもスタッフも安心したが、やはり状況は変わらない。
「おはよう、岩本くん。」
「おはよう。」
「佐久間くん、お菓子ありがと。」
「おう。」
「舘さん、お疲れ。」
「お疲れ様。」
他のメンバーとの会話は何も変わらない。
昔と同じように笑い合っている。
けれど。
阿部が近くを通ると、目黒は少しだけ表情を曇らせた。
「あの……阿部さん。」
その呼び方だけで、阿部の胸は痛んだ。
「あ、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
目黒は少し困ったように笑う。
「今日、体調大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だけど…。」
「それなら良かった。」
以前なら当たり前のように隣へ来ていた距離。
今はどこか遠慮がちだった。
それでも目黒は、時間があれば阿部へ話しかけに来る。
仕事の話。
今日の撮影のこと。
食べ物の話。
天気の話。
どれも何気ない会話ばかりだった。
ラウールが小声で呟く。
「めめ……。」
「あべちゃんのこと、すごく気にしてるね。」
深澤も静かに頷いた。
「たぶん自分でも調べたんだろうな。」
「恋人だって。」
「それとも誰かに聞いたか。」
岩本は目黒を見つめながら言う。
「覚えてないのに。」
「もう一回、最初から関係を作り直そうとしてるみたいだ。」
その言葉に誰も否定できなかった。
目黒自身も理由は分からない。
けれど、気付けば阿部を探してしまう。
話したい。
笑ってほしい。
近くにいたい。
記憶はないのに、心だけが阿部へ引き寄せられていた。
___________
休憩時間。
人気のない廊下で、目黒は思い切って阿部へ声を掛けた。
「あの。」
「少しだけ、いいですか?」
阿部は足を止める。
「どうしたの?」
目黒は申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すみません。」
kaede🍁
12,147
みら

3,070
15,080
#AI
みら

10,531
「皆さんから聞きました。」
「俺たち、付き合っていたんですよね。」
阿部の胸が締め付けられる。
それでも表情は変えなかった。
「うん。」
目黒はゆっくり続ける。
「俺、何も思い出せないんです。」
「でも……。」
「阿部さんを見ると、何だか放っておけなくて。」
「もっと話したいって思ってしまうんです。」
「変ですよね。」
阿部は少しだけ目を伏せた。
(やめて。)
(そんなこと言わないで。)
心の中では叫んでいた。
それでも口にしたのは、まったく違う言葉だった。
「気にしなくていいよ。」
目黒は驚いたように顔を上げる。
阿部は小さく笑った。
「俺たちね。」
「別れたんだ。」
「え……。」
「俺が悪かったから。」
「だから、めめ……いや、目黒が気にすることじゃない。」
その笑顔は優しかった。
優しすぎるほどに。
目黒は言葉を失う。
「そう……だったんですか。」
「うん。」
「だから無理して思い出そうとしなくていい。」
「新しい人生を歩けばいいんだよ。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて目黒は小さく頷く。
「……分かりました。」
「ありがとうございました。」
そう言って一歩下がる。
まだどこか納得できない表情を浮かべながらも、目黒は他のメンバーのもとへ歩いていった。
その背中を見送る阿部は、唇を強く噛み締める。
「ごめんね……。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
廊下の角を曲がった目黒は、一度だけ足を止める。
胸の奥が苦しかった。
理由は分からない。
「……別れた。」
その言葉だけが、どうしても心に引っかかった。
それでも今の目黒には、その違和感の正体を知る術はなかった。
___________
目黒は阿部から「自分が悪くて別れた」と聞いて以来、できるだけ距離を置こうと決めていた。
もう恋人ではない。
相手を気遣わせるようなことをしてはいけない。
そう何度も自分に言い聞かせる。
それなのに――。
「あ。」
収録の立ち位置につくと、気が付けば阿部の隣に立っていた。
「あれ?」
スタッフに位置を確認され、目黒は慌てて一歩離れる。
「すみません。」
(まただ……。)
自分でも理由が分からない。
別の位置へ移動したはずなのに、気付くと阿部の近くへ来てしまう。
まるで身体が勝手に動いているようだった。
___________
収録が始まる。
トーク中、阿部がほんの少し体勢を崩した。
実際には床の振動で身体が一瞬揺れただけ。
ふらついたわけではない。
しかし目黒は反射的に腕を伸ばしていた。
「大丈夫!?」
阿部の腕を支える。
「あ……。」
阿部は驚いた表情で目黒を見上げた。
「ご、ごめん。」
「揺れただけだった。」
目黒は慌てて手を離す。
周囲では誰も何も言わない。
けれど少し離れた場所にいた深澤が、小さく息を吐いた。
「……まただ。」
岩本も静かに頷く。
「身体が覚えてる。」
ラウールは切なそうに目を伏せた。
「記憶はなくても……。」
「自然にあべちゃんを守ろうとするんだね。」
その様子を見ていた阿部は、小さく笑って「ありがとう」とだけ答えた。
___________
休憩時間。
佐久間は目黒を自動販売機まで誘った。
「めめ。」
「ちょっと聞いていい?」
「うん。」
「何でそんなにあべちゃんのこと気になるの?」
目黒は少し考え込む。
「……分からない。」
「距離を置こうって決めたのに。」
「でも。」
「気付くと探してる。」
「近くにいると安心するし、離れると気になっちゃう。」
佐久間は黙って聞いていた。
「俺、おかしいよね。」
「別れたって聞いたのに。」
「なのに放っておけなくて。」
「理由が、本当に分からない。」
佐久間は苦しそうに微笑んだ。
「……そう。」
それ以上は何も言えなかった。
その時だった。
目黒が自動販売機のボタンを押す。
ガタン、と一本のペットボトルが落ちてきた。
目黒はそれを手に取ると、不思議そうに首を傾げた。
「あれ……。」
「何でこれ選んだんだろ。」
佐久間はラベルを見た瞬間、息をのんだ。
それは阿部が仕事の合間によく飲んでいた、お気に入りの飲み物だった。
事故の前、目黒はいつも阿部の分まで買っていた。
「あべちゃん、これ好きだから。」
そう笑いながら、何度も手渡していた一本。
その記憶は失われたはずなのに。
目黒の指は、何の迷いもなく同じボタンを押していた。
「俺、コーヒー飲みたかったのにな。」
困ったように笑う目黒の横で、佐久間は胸が締め付けられる。
(忘れてないじゃん……。)
(頭は忘れても、心も身体も、全部あべちゃんを覚えてるじゃん……。)
込み上げる涙を必死にこらえながら、佐久間は何も言えず、ただ目黒の横顔を見つめ続けていた。
コメント
1件
うわ……第3話、切なすぎる……🥀 記憶は失っても、心臓と身体がちゃんと阿部さんを覚えてる感じが、もう泣ける。特に自販機のシーン、無意識に阿部さんの好きな飲み物を選んじゃうところ、めちゃくちゃ刺さった。「忘れてないじゃん」って佐久間くんの気持ち、痛いほど分かるよ……。 阿部さんが「別れた」って嘘をついて自分を守ろうとしてるのも、優しさが重すぎて苦しくなる。目黒くんの「理由が分からないけど放っておけない」って感覚、執着の本質だと思う。続きが気になる……!