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春の風が心の隙間に入りこんでくる。
あの日の風の匂いが、少しずつ輪郭を取り戻す。
さよならが、出会いの始まりのように感じられる瞬間がある。
風が肩をすり抜け、ノートの端がふわりと浮いた。
光の中で、誰かのまつげが揺れていた。
沈む夕陽が、ふたりの影をゆっくりと重ねていく。
どこへ行くわけでもないのに、同じ方向を向いて歩く。
春の午後、教室の窓から風が吹き込む。
ノートの端がめくれて、彼の指先がそれを押さえた。
光の中で、彼のまつげが揺れていた。
その瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
たぶんそれが、始まりだったのだと思う。
放課後の昇降口で、靴音が重なった。
どこへ行くわけでもないのに、同じ方向を向いて歩いた。
沈む夕陽が、ふたりの影をゆっくりと伸ばす。
影の行き先に、未来がある気がしていた。
けれど、季節は巡る。
桜が散るたびに、何かが少しずつ遠ざかっていった。
気づけば、彼の笑顔は誰かの隣にあった。
ノートの端がめくれても、もう押さえる手はない。
風だけが、私の肩をすり抜けていった。
さよなら、とは言えなかった。
言葉にしてしまえば、消えてしまいそうで。
あの日の風の匂いだけが、心のどこかに残っている。
春が過ぎても、何度も思い出のページをめくってしまう。
めくられたページはもう戻らない。