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『えっ、この店にこんな可愛い子この店におったっけ? え、あの時ぶつかった子!? どうりで運命感じるわけやわ~。沙織ちゃん、俺と結婚してくれん?』
「きゃ――っ!!」
脳内の山梨さんは指輪と花束を持って跪いていて、私のテンションはぶち上がり!
再会してすぐプロポーズなんて気が早いけど、私の心はとっくにあなただけですっ!
頭の中ではカランカランと教会の鐘の音が響いて、いつでもお嫁にいけますっ!と心で叫んだ時、ぐ――――っとお腹の虫が鳴いた。
「…………」
皆さん、どうしてだと思いますか?
お腹の虫って、一度鳴り出すと空腹アピールすごいですよね?
そしてなにか食べるまで、全然鳴りやまないですよね?
頭の中にハンバーガーのシルエットが飛び始めて、あの匂いや味も思い出しちゃう。
(―――あぁっ ダメだっ!)
何とかしなきゃ、このままだとハンバーガーの出前とっちゃうよーっ!
悶絶したその時、お母さんが出社前に言った言葉を思い出す。
『沙織、お腹がすいたらこれを食べときなさい』
(そうだっ)
出がけに渡され、カバンに入れていたミント味のタブレット。
今まで一度も食べたことがなかったけど、これはお母さんによれば『魔法の粒』らしい。
何が魔法なのかわからないけど、魔法の粒なら、きっとこの気持ちを鎮めてくれるはず……!
そう思って口に放り込んだ瞬間、強烈な清涼感が鼻に抜け、思わず口を押えた。
「うぅっ」
お、お母さん、これ、甘さゼロ!
確かに思い出していたハンバーガーの味も匂いも消えたから、ある意味、魔法は成功かもだけど!
すっごく鼻がツーンとして涙目になっちゃうよ。
(め、めげちゃダメ。待っててくださいね、山梨さんっ!)
もう空腹を忘れて寝るしかない……。
私は誘惑を振り切るようにベッドへダイブした。
***
「滝沢さん。これ出張のお土産だよ」
勤務中に部長が笑ってくれたのは、大阪のデパート限定のチョコレート菓子だった。
(あぁっ)
それ、食べたかったやつ……!
お菓子のパッケージのまわりに無数のキラキラが飛んで見える……!
めちゃくちゃ食べたい、けど……。
「ありがとうございますっ。だけど私、少し前に虫歯になっちゃって、今甘いものを食べられないんです……。せっかくなのにごめんなさい!!」
私はぐっと拳を握り、涙をこらえて言った。
「え、滝沢さん、虫歯なの?」
「そうなんです、まだ歯医者予約できてなくて……」
本当は虫歯になったなんて嘘です。
私は子供の頃からずーっと虫歯ゼロの優等生!
でも……そう言った理由は、ダイエットの記事を読み漁っていた時に知った、ある言葉にあるの。
『誰かにお菓子をもらいそうになったら、虫歯になったと言おうね☆』
そう、そうすれば、角が立たずにお菓子を断れるらしいんです!
本当はお菓子のパッケージを見ただけで、お腹がぐ――っと鳴っちゃう。
でもでも、私、ダイエットすっごい頑張ってるんですよっ?
今日でダイエット開始一週間。
朝の定番メニュー、メロンパンとシュガーパンは封印中だし、代わりに食べてるのは6枚切りの食パンなんですよっ?
コーラもやめて、朝は牛乳。
あとこれまでほぼ飲んだことのなかったお水をずっと飲んでるんです。
本当は、本当は、すっごいすっごい、しんどいけど、でもっ。
私、やると決めたらやる女ですっ!
山梨さん好みの女になるため、絶対にここで折れたりしないんですから!
「部長ごめんなさい、皆さんで食べてください! 私、皆さんにコーヒー入れて来ますね!」
にこっと笑い、お菓子の幻影を振り切るように廊下へと足を向けた。
「あぁぁぁ、苦しかった……」
廊下に出たと同時に思わず脱力しちゃう。
大阪限定のお菓子、本当に食べたかったよ。
「……って、ちがうっ! あれでいいの!」
誘惑には負けないもん。
一日も早く、山梨さん好みの女になるんだからっ!
そして、ダイエットを始めて二か月が経ち、私は仕事終わりに繁華街に来ていた。
今は金曜日の午後19時半。
サラリーマンさんやOLさんは、この時間からが楽しい時間!
そして私も鼻歌でも歌いたくなっちゃういい気分なんですっ!
え、どうしてかって?
あっ、その前に、皆さんちょっと聞いてくれますかっ!?
さっき買ったこのスカート、Lサイズじゃないんですっ。
念のために言いますけど、LLサイズでもありませんからねっ?
な・ん・と!
華奢な女の子御用達の、Mサイズなんですっ!
恋のパワーって本当にすごい。
この気持ちがあればなんでも出来ちゃう気はしていたけど、こんなに痩せるなんて自分でもビックリですっ!
チョコもケーキも菓子パンも、ハンバーガーもピザも一度も食べませんでした!
揚げ物は衣を外して食べてたし、飲み物はほぼお水ばっかり。
正直すっごくつらくて、夜中にミント味のタブレット食べ過ぎて、胃が痛くなっちゃったこともあったなぁ。
でも……今の私は、自分でも見違えるようなんですっ!
お化粧だって一から勉強し直したし、会社でもすっごい評判がいいんですよっ?
『滝沢さん、すごい変わったね~』
『本当、七福神のえびすって顔だったのに、よく見たら結構かわいかったんだね~』
そうそう、そうだった!
昨日ついに恵比寿様を卒業して、かわいいって言われたんだった!
……これで準備はすべて整いました。
山梨さん。沙織はあなた好みの女になりました。
ターゲットロック!!
滝沢沙織、今日から山梨さんの捜索、開始します!!
(まずは、一番山梨さんと会える確率の高い場所を捜索だよね……!)
山梨さんがきれいな夜のお姉さんといた、あのクラブで働けるようアプローチするんだ!
すでにお店の下調べはばっちり。
あのビルに入っていたクラブはひとつだけで、名前は『club Cuore』
あっ、読み方はクラブ、クロリスですっ。
痩せたら入店させてほしいって言いに行こうと決めてました。
そしていざ!Club Cuoreの前に立ったのが、つい数分前。
ビルのらせん階段をあがり、シックな文字で書かれた店名を眺めて気合を入れている最中ですっ。
そして思い切ってドアをあければ―――目に入ってきたのは無数のシャンデリアと、大きな花瓶に飾られたお花……!。
「いらっしゃいませ、おひとり様でしょうか」
「えっ、あっ、えっと、」
「あいにく、本日はすでに満席でございます。入店いただくのにお時間をいただいておりますが、よろしいでしょうか」
入るなりスーツのお兄さんに聞かれ、はっとする。
そ、そっか!
華の金曜日、夜のお店は大繁盛で忙しなんだ。
今入店したいなんて言ったら、迷惑になっちゃう!
「わ、わかりました、それだったら大丈夫です!」
あぶない、私としたことが、出だしから失敗するところだった。
絶対にこのお店で働きたいけど、忙しそうな今、それを言うのはなし!
まずはwebで求人募集してるかチェックだ!
帰りの電車で求人を検索すると、ラッキーなことにクロリスはホステスを募集しているみたいだった。
しかも、体験入店可だって!
よかった、よし、応募……っと!!
(あっ、そういえば!)
ゲームアプリで、キャバ嬢になって№1を目指すやつがあったはず。
これで入店までシュミレーションしていれば、掴みはばっちりだよね??
さっそく検索すれば、出てきたアプリは『恋のキャバ嬢 24時間☆★』
(わっ、これいいかも~!)
これは田舎から出てきた女の子が、指名№1になるまでの育成シュミレーション。
クロリスはキャバクラじゃなくてホステスだし、私は田舎出身じゃなくて東京生まれ東京育ちのOLだけど、このアプリにビビッときちゃった!
きっと、私に必要ななにかを授けてくれるはず……!
(よーしっ、入店までに極めるぞー!!)
意気揚々とプレイ開始。そして数時間後―――。
私は早くも画面上で究極の選択を迫られることになっていた。
【彼と一緒について行きますか?】
「うぅぅ―――」
眉間にしわを寄せ、選択肢の【はい】か【いいえ】を何度も交互に見つめる。
仮想キャバクラでゲットした、超VIPなお客さんとのデート中。
『これからイイ所に行かないか』って誘われちゃって、ただいま絶賛悩み中なんです。
(ど、どうしよう~)
イイ所ってどこなんだろう?
これがカラオケとかなら【はい】だけど、これがいわゆるオトナな場所なら?
「わぁぁっ! けどやっぱり№1になるためには【はい】かなっ!? けど、それで軽い女だって思われたらマイナスだし、やっぱり自分を安売りしちゃだめだよねっ」
ゲームとはいえ、お水のいろはを学んでいる私は、簡単に決断はできない。
そんなこんなで一晩中ゲームに没頭してたら、気付けば朝になっていた。
寝不足で顔はむくんで、目の下もクマだらけ。
自分の悲惨さにビックリしちゃったけど、でも後悔は一ミリもしてません!
だって、さんざん悩んだ甲斐あって、イケメンでお金持ちのお客さんもゲットしたし!
まさかのイケメンキャストからも迫られちゃったし、気分はるんるんなんですっ。
これでお水のお姉さんとしてのシュミレーションはバッチリ!
ただ……ちょっと課金しすぎちゃったかも?
でも、でも!
ちょっとでもかわいく、ちょっとでもきれいに見せたいって思うのは、女の子なら当然ですよね??
ゲームとはいえ、デートならかわいい洋服でデートしたかったし!
メイクもドレスもやっぱり自分が一番!って納得できるものにしたかったし!
だから……課金もやむなしかなっ!
(メロンパン&シュガーパンとコーラの習慣をやめたら、ちょっとお財布が重くなったから、そのぶんを自分に投資だと思おーっと!)
今でも菓子パンが食べたいし、菓子パンが悪魔だなんて、どうしてもどうしても思えないけど!
それでも食べずに我慢してられるのは、山梨さんがいるからだし!
(よーしっ!!)
お水の知識もバッチリ、準備万端だー!
そしてお昼休憩時にスマホを見れば、クラブから面接の連絡が入っていて……!
(やったー! 面接できるんだ!)
よかった、第一関門突破!
るんるんで仕事をしていると、営業の山下さんに声をかけられた。
「あれっ、今日はいつも以上に機嫌がいいね。なにかあった?」
「えへへ。いいことがあったんです」
「合コンとか? 違うか」
「違いますよー、合コンは卒業したんです!」
確かにすこし前の私なら、合コンがある日は鼻歌を歌いたくなったはず。
そういえば山下さん、私のことよく見てますね!
「えっ、そうなの? だれか相手できた?」
「やめてくださいよー、それセクハラですよっ、セ・ク・ハ・ラ!」
まぁ、独身の山下さんが私を気になっちゃうのも、わかるんですけどねっ。
残念ながら、心に決めた人がいるんですっ。
「お、おう、気をつけるわ」
「はいっ」
次聞かれたら、山梨さんのことを「彼氏」って言いたいなぁ~!
(か、彼氏! 素敵な響きー…!)
キャーっと叫びたくなっちゃったけど、だめだめ今は仕事中!
仕事終わってから妄想しよーっと!
それからバリバリ仕事し、退勤後はそっこーで『club Cuore』のメッセージに返信!
そしてとんとん拍子に話が進み、今日これから!
体験入店させてもらえることになったんです!!
(わぁぁぁっ)
なになに、この展開!
すっごい幸先よくない?
それから1時間後。
私はネオン街のど真ん中にある、あのクラブの前にいた。