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──私の名前はツバキ。
目を開けた瞬間、私の世界は崩れていた。
石造りの天井。見知らぬ広間。古い絵画と紅い絨毯。
昨日まで自分の部屋で寝ていたはずなのに、目覚めた場所はまるで異世界の劇場だった。
あとで聞かされた話では、ここはキューシューの国らしい。
火山と火竜を信仰するこの地には、古くから“紅蓮の神竜が吠える時、聖女が降臨する”という伝承があるらしい。
──もっとも、その神竜が後にパンジャ大陸で鬼の女に殴られ、
温泉を掘らされることを、キューシューの民はまだ知らない。
◇◇◇
「ここは……どこ……?」
昨日まで自分の部屋でカイ様のアニメ見てたのに。
(えっと……昨日は確か……)
(カイ様の新作見て……カッコよかったな……)
(それで寝て……起きたら……ここ……?)
(落ち着け、ツバキ。こういう時、カイ様ならどうする?)
たぶん左目を押さえて言う。
『運命よ、俺の影に跪け』
無理。
左目の奥はぴくぴくしてるし、膝はもう跪きかけている。
「……夢?」
でも、石造りの天井も紅い絨毯も妙にリアル。
大勢の人に囲まれてるのもリアル。
怖いくらいリアル。
「す、すみません……ここはどこですか?」
震える声で尋ねるが、誰も答えない。
代わりに、ざわめきが広場に広がる。
「聖女様だ!」
「聖女様が召喚された!」
理解できない言葉が飛び交う。
頭が混乱し、吐き気が込み上げてくる。
「え?聖女……?違います……」
私の言葉に、周囲の表情が変わる。
困惑、そして怒りの色が見える。
「聖女様、お戯れはおやめください」
「あなた様は我々をお救いくださるのです」
圧倒される声の数々。
後ずさりしようとするが、人垣に阻まれる。
「違う……私はただの人間よ!」
必死の叫びは届かない。
周囲の目が冷たく、鋭くなっていく。
「聖女様ではない……?」
「まさか、偽の聖女か?」
「詐欺師を処刑せよ!」
『処刑』── その言葉で全身の血が凍りつく。
息ができないほどの恐怖が、喉元を締め上げる。
逃げ道はなかった。もう後戻りもできない。
一瞬で様々な可能性が頭をよぎる。処刑。拷問。奴隷。
私に残された道は、たった一つだった。
葛藤する心。しかし、生きるためには──
……震える唇を必死に動かす。
「も、申し訳ありません……
突然のことで……私は……私は……」
言葉につまる。喉が渇き、声が出ない。
周囲の期待に押し潰されそうになりながら、最後の決断を絞り出す。
「……せ、聖女です……」
その瞬間、歓声が沸き起こる。
私の心は叫んでいた。
(嘘だ!違う!違うの!私はただの人間なんだ!)
しかし、その声は誰にも届かない。
*
部屋のドアが開く音。
激しい動悸。逃げ出したい衝動。動けない現実。
「聖女様、王がお呼びです」
従者らしき女性の言葉に、私の恐怖は頂点に達した。
王座の間。
威厳に満ちた王の前で、震える膝をなんとか折り曲げた。
「聖女よ、我が国はモンスターの脅威にさらされている。恐らくは魔王が動き出したのだ。汝の力で魔王を倒し、我が国を救うのだ」
魔王討伐──。
その単語だけなら、カイ様のアニメで百回は聞いた。
でも、画面の向こうと目の前では重さが違う。
カイ様ならここで笑う。
私は笑えない。
唇が震えて、歯がカチカチ鳴っている。
「私には……そんなことできま……」
震える声で本当のことを言おうとした瞬間、
側近たちの冷たい視線が突き刺さる。
「聖女様?今なんと?」
「きっと聖女様のご冗談かと?」
「すべては聖女様にかかっております。」
その言葉の裏に、脅しが見え隠れする。
断れば、私はどうなるのだろう?
さっき聞こえた「処刑」という言葉が、まだ耳の奥に残っている。
「お、お受けいたしました……」
今なんて言った?
自分の声だった?
私の声だけが、この部屋のどこにも置き場所をもらえなかった。
私にできることなど……何一つない。
これは……ただの時間稼ぎ。
生きるための最後のあがき。
「聖女様、魔王討伐の旅に必要な準備は、すべて整えさせましょう」
「え……旅──ですか……?」
足元が崩れた気がした。
私はまだ、ここがどこかも分かっていない。
聖女でもない。
魔王なんて見たこともない。
それなのに、もう旅に出されるらしい。
*
その日の夜。
与えられた部屋のベッドに座ったまま、私は膝を抱えていた。
(私の名前はツバキ……私はここにいる)
(誰か、私を見つけて……)
「誰か……サクラ……カエデ……」
二人の顔が浮かぶ。
子供の頃から、いつも三人で一緒だった。
サクラは無茶苦茶で、カエデは天然で、私は臆病だった。
サクラが前に出て、カエデが笑って、私が後ろにいた。
「……でも、サクラはもういない」
涙がこぼれた。
あの日、サクラは死んだ。
私は何もできなかった。
「だから……せめてカエデだけは……」
拳を握る。
「カエデに、もう一度会いたい」
それが、私が生き延びる理由。
嘘をつく理由。
この状況、サクラなら……きっと……
『うるさい!知らん!とりあえず殴る!』
って叫んで突破する。
カエデなら……きっと……
『わーい!聖女だー!』
って天然で受け入れる。
でも私は、怖くて、嘘をついた。
「……それでも、生きなきゃ。
カエデに、もう一度会うまでは」
怖くても。
震えていても。
私は、前に進むしかなかった。
*
──そしてこの五分後。
左目からレーザーが出た。
そして、なぜか頭の中に、正式名称だけが浮かんだ。
【ホーリービーム♡】
「ん……?」
…
……
………
テーブルには、小さな焦げ跡と、
うっすらと蒸気だけが残されていた。
マグカップは……無かった。
私は焦げた跡を、黙って見つめていた。
──脳裏にアニメのカイ様の名台詞が響く。
『神よ…その手が差し伸べるのなら、俺の影まで抱きしめてみせろ。──Contradiction.』
「んん……?」
「んんん……?」
(つづく)
──遥か、世界の深層。
「……三つ目の鍵。……これで、揃ったか……」
誰の耳にも届かない声が、闇の奥で笑った。
見えない歯車が、かちりと一つ噛み合った。
◇◇◇
──【今週のカイ様語録】──
『神よ…その手が差し伸べるのなら、俺の影まで抱きしめてみせろ。――Contradiction.』
解説:
光だけを求める者に、影の痛みは理解できない。
だがカイ様は“影ごと抱く”と宣言した。
ツバキにとっては神より信じられる言葉。
*カイ様はツバキが影響を受けた厨二アニメキャラ